53. 噂は色々のようです
食堂に着くと、まず人だかりを何ヵ所か見つけました。
その中からレイドリークス様のいるであろう群に見当をつけます。
じっと観察していると、いくつかの人だかりの中で一つ、キラキラとしたまるで金糸のような特徴ある頭髪が目に入ったので、そちらへと歩みを進めました。
「殿下、お待たせしました」
「ルル! 今日も君は花のようだね。席は確保しておいたから、さ、座って」
私が声をかけるとレイドリークス様がすかさず自分の隣をすすめてきましたが、もちろん座るわけにはいきません。
すると空気で察したのかカシューが助け舟を出してくれました。
「殿下、わたくし達は空いている向かいの席に三人して座りとうございますの、よろしくて?」
「あ、ああ。勿論だよ、君たちの友情を邪魔だてするつもりはないんだ。どうも駄目だね、ルルを想う気持ちが未だ強すぎて、前のめりになってしまう」
「そのお気持ちわかりましてよ。ルルはなんというかこう、お可愛らしくてらっしゃるから、かまいたくなりますもの」
「! わかってくれるかい? そうなんだよ。もちろん、周りを気にかけているその心根とかそれ以外にもいっぱい」
「殿下。申し訳ありませんが、まず席につかせていただかせてもよろしくて?」
白熱する私という題目の議論を、ララが一旦止めてくれました。
助かります、もう頬が熱すぎて私では到底口を挟めなかったので。
言われて私達がまだ立っていることに気づいたのか、殿下が席を勧めてくれました。
遠慮なく向かいに座ります。
そう、今日は前回食事会をした皆さんとのお食事です。
レイドリークス様がごねたので。
というのは冗談で婚約者同士でたまには、という会に私と彼が相乗りした感じです。
私もレイドリークス様も知り合いが少ないという今回の計画での難点をカバーする、という目的と。
彼が単純に友達が欲しかった、という目的とがあって本人が頑張ってお声がけされたみたいです。
こういうことさらっと頑張れるって、単純にすごいなと思います。
私ちょっと、苦手なので。
感心している合間にも、レイドリークス様とカシューは馬があったらしく熱弁を奮いあっています。
何についてかは――聞かないでください、私耳に入れないことにしましたので。
そうしているうちに給仕の方が、食事を運んできてくださいました。
今日は皇子がいる事と人数が多いということで特別仕様です。
普段は受取口まで行って各自持ってくる、ということになっていますよ。
さて、皆さんの食べ物と飲み物が揃いましたので、食事の時間です。
「それでは、今日も大地の恵みと手掛けた全ての人々に、感謝を」
「「「「「感謝を」」」」」
レイドリークス様の号令で祈りを捧げ、各々一口目を頬張ります。
今日のお食事はお魚メインです。
程よく脂がのったお魚が蒸してありちょうど良い弾力、身にソースが絡んで、旨味が口一杯に広がります。
さらに、つけ合わせのお野菜の優しい甘みといったら……!!
美味しくて、思わず調子良く食べすすめます。
……いけません、皆さんと一緒に食べているのだから、ペースを合わせなくては。
そのうちに、ララがレイドリークス様に向けて話し始めました。
「単刀直入で申し訳ありませんが、殿下はルルをどうするおつもりで?」
「どう、とは?」
ぶふっ
思ってもみなかった話の内容に、思わず私の口にあった飲み物が出かけます。
危なかったです、美味しい紅茶勿体無……じゃありません。
出会って間もないララが、私の為に危険を冒してまで殿下に聞いてくれています。
私は思わず、呆けてしまいました。
なおも彼女は続けます。
「ご自身のお噂は知っておいでですか」
「ああ、ある程度までは把握しているよ」
「好意的な物が多いのも事実ですけれど。……口汚い者はルルのことを、婚約を滅茶苦茶にした挙句尻尾を振るだけ振って殿下を弄ぶ性悪女だ、と言っていると聞きます。それについて何かございまして?」
これは、呆けている場合じゃありません。
「ら、ララ、私は」
「私殿下にお聞きしているのよ、ルル」
「……その噂は、俺も聞いた。ルルにはとても申し訳なく思っている。近く婚約解消の手続きが終わり発表できる手筈になっているし都度そのような事実はないとの話も、すると誓おう。全ては俺の至らなさで、やけっぱちになってしまった自分の責任だ、と考えているよ」
「事態の収束、考えてらっしゃるようで安心いたしましたわ。まだ浅いお付き合いですけれど、私ルルのこと気に入っておりますの。――泣かせたら、許しませんわ」
「肝に銘じておく」
レイドリークス様は、ララに言葉をかけながらも私の方を真剣に見つめてくださいました。
そのまっすぐな瞳に吸い込まれるように、私の瞳も彼の方へと向いてしまいます。
「ごほん」
不意にマシュカ伯爵令息が咳をし、はっと夢からさめたように殿下から目を離します。
み、見つめすぎですね……自分の迂闊さに頬が熱を持つのがわかり俯きました。
ちらりとだけ、彼の方を見ると、瞳に驚きと――嬉しさのようなものが宿り始めているのが見て取れます。
私は慌てて理性を総動員して表情を消しました。
間に合ったかどうかはわかりません、もうレイドリークス様の方は見れませんので。
うう……、下手をうってしまいました。
状況がよく飲み込めていなさそうながらも、マシュカ伯爵令息が言葉を発します。
「俺は噂などについてはよく知らんが、ジュラルタ嬢のことはカシューから聞いて知っている。愛しい者の大切は俺も守りたい。噂の打ち消しが必要ならば協力したいところだが、迷惑にならないだろうか」
「……事情はよくわからないけれど、僕も、ララの友達のことは看過せずにいたい、かな」
ガンレール侯爵令息も、後に続いて協力を申し出てくれます。
お優しい、素敵な方達です。
レイドリークス様が感謝とお願いを述べ、また今度ある大規模演習などの雑談へと戻りながら、その日の昼食は時間が来てお開きとなりました。




