45. 落ち着くんです
怖かった、悲しかった、お側にいたかった。
色んな感情が混ざってぐしゃぐしゃに涙へと溶けていきます。
お昼ご飯、本当はとっても楽しみだったんです。
たくさんお話もしました。
お料理のうんちくだったりとか、味の好みだとか、美味しい物情報とか。
もっとお話を、してみたかった。
怖かったんです。
見習いとはいえ影として、日々鍛錬したりしているのに、いざという時まるで歯が立たなかった。
自分の力の、なんとか細い事か。
何より、悲しかった。
気持ちなんてどこにもなくて、そこにあるのは道具としての利便性。
殿下にとって、何か得があるから私を手に入れようとしている。
人でなく物になった気がして、混乱しました。
「わた、私、は……私、です。ちゃん、と、気持ちがありますっ。家族が、大事、です。大事に、されてると、思う、ですっ。わたし……っ、自分を大事、して、良いですっ、よね」
だいぶ引いてきた涙と裏腹に、しゃくりあげた喉はうまく動いてくれなくて、つっかえつっかえ訴えます。
先生は、静かに背中を撫でながら力強く頷いてくれます。
その優しさに、段々と気持ちは落ち着いていきました。
「……はしたないところを、お見せしてすみません」
「何謝っちゃってるの、僕はせんせーなんだから、頼ってなんぼだよ?」
どーんと頼っちゃいなね、と胸を叩いて得意げにするハンスヴァン先生に、思わず笑ってしまいます。
「少しは落ち着いたみたいだね、はいホットチョコレート」
冷めただろうホットチョコレートを、先生に手渡してもらいます。
けど予想に反してカップが温かく、私は少しぎょっとしながら先生を見ました。
彼はウィンクをしながら内緒ね、とでもいうように人差し指を唇に当てています。
……無詠唱での魔法……その底知れなさに、この学校ってやっぱりすごい、そう思いながらカップを覗き込みました。
気遣いに感謝して口にしたホットチョコレートは、甘すぎず、とろりと喉へ消えていったのでした。
帰宅には、先生が早馬を出してくれ、すぐ下の弟が迎えにきてくれました。
一緒に馬車に乗り込んで家へと帰ります。
「とんぼ帰りさせてしまってごめんね」
「姉上が謝ることじゃないだろ? というか、どうして俺に言わなかったんだよ、いくらでも協力してやったのに。これでも俺だって修行積んでんだぜ?」
「うん、お姉様が頭でっかちでしたね。なんというか、自分の問題だから、まず自分でって、思ってしまったのかも」
明日からがっつり頼りますね! と言うと、少し嬉しそうな顔をガリューシュがします。
「にしたって、兄弟喧嘩に姉上巻き込むとか、皇族ってめんどくさいのな」
迎えに来てくれたガリューシュには、包み隠さず全てを話しました。
家に帰ったら、家族にもきちんと報告するつもりです。
権力に逆らう気も国家転覆する気もありませんが、おもねる気だってありません。
今回の失敗は、根回し不足と危機管理不足ですから、今度はしっかり情報共有をしようと思っています。
「というか、兄弟喧嘩、なんでしょうか?」
「だろ? 多分、情報が古いけど姉上が第四皇子の想い人だと思い込んで、襲ってきたんじゃないかって気がする」
「その根拠は?」
「んー……俺第四皇子と同級生じゃん? クラス違うけど、階は同じだからたまにかちあうんだよ。そしたらさ、どっかからすごい怨念みたいなの感じるんだ。んで大抵“根暗“がいるっていう」
根暗というのは、第三皇子のことです。
「そうだったんですね、それは知りませんでした」
「ま、今日父上にも報告して指示仰ぐし、学校では姉上は俺が守るし、心配すんなよな。あ、マークスには、あんま今日のことしゃべんない方がいいよ、あいつブチ切れるから」
「え?」
「忠告、しといたからな?」
言うなり家に着いた馬車からさっさと降りて、ガリューシュは家の中へと入っていきました。




