42. 投げ飛ばされるんです
わかっていてもガツン! と頭を殴られたような感覚に、ふらふらと一時限の授業を受けました。
折角の先生のお話なのに、何も頭に入っていません。
いずれそうなるだろう事は、わかっていました。
跡取りというものはそういう存在です。
私も後々、お父様が傍系か事情に口堅く縁続きになってくれる家の人を、選定してくるはず。
だからそれまでのほんの瞬きほどの自由だと理解して、片想いを続けると決めました。
振られる事まで織り込み済みの、初恋込みの二度目の恋。
もう少し、大事にできる期間があると思ったのに……貴族ってままなりません。
こんな気持ちのままでは、守るべきを守れない、ですね。
私は明日以降の計画変更を考えながら、午後の授業を終えたのでした。
放課後。
帰り際ふと、建国物語の本を借りたくなり、図書室へと向かいました。
今日の空は曇り空で、廊下もいつもより薄暗く感じます。
新緑にきらめく春の日差しに慣れていたので余計にその暗さを強く感じたのかもしれません。
とにかく、薄暗く感じたところに……突然、後ろから声をかけられました。
「ルルーシア」
この第三皇子、侮れません。
朝もう二度とその顔を見たくないと思った相手がそこにいました。
少し気が抜けていたとはいえ、気づけなかったことを悔やんでいると相手が近づきます。
私はなるべく距離を取り続けます。
「避けないでくれないかい……今日は図書室が休みだと、知らせようと思っただけなのだから」
一重の瞳をすがめて微笑みながら声をかけてきます。
その声には、こちらへの好意は微塵も感じられずあるのはある種の執着のようでした。
逃げなければ。
逃走ルートを頭に思い浮かべますが、ここは校舎三階端の図書室前です。
特別教室より奥まった所にあるここは行き止まりで、殿下が道を塞ぐ形になってしまっています。
「それはどうもありがとうございます。では私は帰りますので、ご機嫌よう」
私はそう言うと殿下の脇を通り過ぎようとしました。
この時私は見誤っていたのです、流石に学校で下手なことはしないだろう、と――
その見通しは全くもって間違いでした。
通り過ぎる刹那強く腕を引っ張られ床へと投げ飛ばされたのです。
強か背中を強打し、一瞬息が出来ませんでした。
「……っ!」
油断した! 慌てて体勢を立て直そうとしますが間に合いませんでした。
目に見えない力で床に押し付けられてしまいます。
「な……!」
「……君は今、皇族を害したのだよ。だから、仕方ないだろう?」
ニタリと笑いながら暗に特例として押し切ると言われ、頭に血が上ります。
お父様に全力で逃げろとお墨付きをもらいはしましたが、ここまでの想定はしていなかったのでどこまで実力排除をしていいのか迷います。
こんなことなら、きちんと考えて聞いておけば良かったです!
助けて影の方!
と思いましたが、そういえばちょっと前から気配がしません。
どこ行ったんですか、今ですよ今!!
あ、でも皇族ですから手出しが難しいでしょうか……腐っても皇族、厄介です。
そんな余計なことを考えているうちにも、ゆっくりと、あえて恐怖を煽るように、時間をかけて殿下が側へとやってきます。
余裕があるふりをしていても実際はそんなものとっくに消し飛んでいました。
はったりでしかなく、見習いの私は実践経験もないのでこれから何が起こるのかどうすれば良いのか考えがまとまりません。
やがて殿下は私に辿り着き、体を跨いで両膝をつくと、つつつ、と制服の合わせ目に指を這わしました。
するとブチブチブチッと音がして制服とシャツのボタンが弾け飛んでいきます。
「なぜ。こんな、ことを」
「……君も、俺の愛を疑うのかい? つれないね。……と言っても、信じないだろうね。教えてあげてもいいけど…………知らないことによる恐怖が、なくなってしまうのは嫌だなぁ」
歯の根が合わないまま質問すると、よくわからない答えが返ってきました。
殿下の表情は、どこか恍惚としています。
怖い。
見習いとして失格かも知れませんが、純粋なる悪意にカタカタと震えが止まらなくなります。
と、急に彼は顔を近づけてきて私の頬をべろぉぉぉっと舐めました。
その後正面からも顔を近づけようとした時。
突然殿下が勢いよく吹っ飛んでいきました。




