20. 押し倒されるんです
「え、ちょ、ルル?!」
殿下が焦ってらっしゃいますが、どうやったらこうなれるのだろうという気持ちが勝ってしまい、研究するように続けているうち――
「ね、ルル……もしかして誘っているのかい?」
耳元で囁かれたと同時に肩をとんと押され、引かれていた手と反対の方の手とを、それぞれ頭の両脇に殿下の手で縫い止められてしまいました。
熱心になっていたちょっとの時間に、いつのまにか殿下との間にあった食事はお付きの方の手により下げられています。
護衛の方は彼がこうする事を察知してらしたんですね、……不覚です……!
殿下は少しだけ睨むような、潤んだようにも見える目で真っ直ぐ私を見ています。
力では敵わなくとも反則技を使えばこのくらいは容易く外せますが、何故か……それはしてはいけない、と思ってしまいました。
今少しだけ思い出した記憶の中の悔しそうなあの子と、どこか重なって見えたからかもしれません。
でも、ではどうやってここから逃げればいいでしょう。
私が少し考えていると、彼は幼子を見守るときのしょうがないなぁという顔をして私に忠告してきました。
「男にそう易々と自分から触るものではないよ、ルル? 勘違いしてしまう。自分の事を、好きなのでは、と――」
そしてそう言うなり顔を近付けすわきすが?!?! だなんて思って思わず目を瞑っていたら――
かぷり
と鼻を齧られて、殿下は離れていきました。
でもほんと、男は狼なのだから気のない相手には隙を作ってはいけないよ? だなんて言われる始末。
私のドギマギ返してください、殿下。
なんだか悔しくなったのでやり返して鼻で笑ってやろうかと考え、多分喜ばせるだけと言う結論が出たのでやめることにします。
「忠告ありがとうございます、次の殿下に活かそうと思います。ただすみません、誤解がないように言うと、その鍛え様にとても興味があって、ついつい触ってどうなっているのか知りたかっただけなのです」
「ルルは……鍛錬や、肉体強化に興味があるのかい?」
「はい。令嬢としては自慢にもなりませんが、私もこう見えて腹筋は鍛えているんです」
足音を消すには筋肉量は欠かせません! というのは我が家だけの秘密です。
そう話すと何故だか殿下と話が弾み、昼食の時間が終わる頃にはすっかり筋肉仲間と化してしまいました。
……さりげなく、相手から感情の消失を引き出すって、どうすれば良いのでしょう。
何はともあれ、時間もないので私はご飯のお礼を言い、軽く食べたものを片づけその場を後にしようとしました。
丁度その時。
前方からローゼリア様が歩いてくるのが見えたので、挨拶をします。
「ローゼリア様! ご機嫌よう」
「! ルルーシア様ご機嫌よう」
「アインバッハ嬢、今から教室に戻るところかい?」
「皇子殿下、本日もご機嫌麗しく。はい、ご飯も食べましたので」
「ローゼリア様、ご一緒しませんか? レイドリークス様、よろしいでしょうか?」
「ああ、俺は良いよ」
ダメ元でしたが殿下からの了承をもらえました!
ほぼほぼお二人がくっつく未来は無いような気がしつつ、それでもローゼリア様の恋心の頑張りに期待するしかない……そんな少し投げやりな考えでしたが、思いがけず一歩前進させることができ自分でも驚いています。
会話をお二人に任せ、私はゆっくりと後ろからついていくことにしました。




