15. 名前を呼ぶんです
完全に姿が見えなくなると、殿下は私を見つめ、どこかすがるような顔をして声をかけてきました。
「……そんなに、俺のことが嫌?」
その言葉と表情に突然、昔同じように聞かれた記憶が……脳裏に、甦ります。
ヒョロヒョロで二つ年下の金髪の男の子。
あれは――私が荒れて近所の悪ぶっている子たちとまだ連んでいた頃。
領地にステイする予定の子のうちの一人が、そのヒョロリーでした。
……皇子であることは告げられていたものの、ガリガリの見た目から仲間内ではヒョロリーとあだ名で呼んでいて。
とにかく体力もなく、子供たちの遊びについて行けそうになかったし、実際そうだったのでよく揶揄っていたのです。
「……ヒョロリー?」
「懐かしい呼び名だね。そうだよ、ヒョロリーと、呼ばれていた……思い出したのかい?」
「いえ、名前だけ……」
「そうか。けれど思い出せたってことは、もっと思い出せるかもしれないってことだよね?」
「え? ああ、はい?」
「じゃあもっと一緒にいなくてはね。約束くらいは、思い出してもらいたいと思っているんだ」
戸惑っている間に勝手に話が進められていきそうになります。
「朝迎えに行くのもいいね、そうなると帰りもいっしょでもいいかもしれない。放課後図書室でデートしてから帰宅するのも、捨て難いなぁ」
「あのですね殿下」
「レイド」
「は?」
「レイドって呼んでくれないかい? 他人行儀は、寂しい」
思いの外真剣な声音で言われ、私は躊躇う気持ちがあったものの、なぜか無視することができませんでした。
「では……レイドリークス様、と」
愛称でないのはせめてもの抵抗、です。
けれど抵抗虚しく、名前を呼んだだけで殿下の顔は喜色満面にふやけてしまいました。
ご飯を食べていた手を止め、ふにゃっとした顔のままこちらににじり寄ってきます。
「もう一度、呼んでくれないかい?」
私はにじり寄られるたび後退りますが、とうとう敷物の余裕がなくなり――
「ルルーシア…ふごっ」
どうにも出来なくなったので仕方なく、手にしていたお肉が刺さったフォークを殿下の口に突っ込んだのでした。
最後のお肉さん、味わえなかったのは残念ですが守ってくれてありがとうございます……。
目を白黒させながらお肉を食べ切ったレイドリークス様は、少し拗ねて自分の元いた場所に座り直します。
「ちっ、ルルはガードが硬いね。まぁ、次の楽しみに取っておこう。そうだ、あと二週間ほどで俺の誕生日なんだ、良ければ何かプレゼントを貰えると嬉しいのだけれど」
勿論、名前を十回呼ぶとかでも良いよ? と続けられた言葉に頭痛を感じましたが、知った以上無視するわけにはいかず。
「なにをか、ぜんしょ、いたします……」
とだけ返事をしたのでした。
因みにレイドリークス様は一ヶ月後の私の誕生日も知っていらして、楽しみにしてて、とか言われました。
過去の自分は、この皇子様に一体何しちゃったんでしょうか?!?
思い出したいような思い出したくないような――そんな複雑な心境で、その日の昼食を終えたのでした。




