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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

Ever Never Forever

異邦の友〜フ・レディーア〜

作者: 高峰 玲




 夜、口笛を吹くなと言われたことはないだろうか。




 私がまだほんの小さな子供だった頃、祖母はこう言って何気なく口笛を吹きかけた私をいさめたものだ。


「夜に口笛吹かれんな。モウモ()っぞ」


 モウモというのは幼児語のモウモウ、つまり牛のことだと私は思っていたのだが、どうもそれは蒙古のことだったようである。およそ千年も前の“元寇”のことを警鐘する言葉なのだ。

 しかし、いまでは私の育った東アジア地区のニッポンはおろか、どんなところでもそんなことを言う人はいないだろう。

 いまではこうなのだ。


「レイアザードでは口笛吹くな、歌うたうな」


 レイアザードとは“連邦”に所属する国家のひとつで、レイアザード恒星系唯一の生命生存可能状態の惑星レイアザードのことだ。あらゆる宇宙艦船──軍のものであれ旅客便であれ何であれ──はこの恒星系に入ると守らねばならぬ不文律がある。

 音楽的活動を、一切(いっさい)してはならないのだ。録画映像やディスクのたぐいを再生することすら禁ずる船だってある。

 理由はただ一つ。自分たちの身を守るため──。


 レイアザード人は人であってヒトではない。人類ではあるが人種的に私たちヒト科とは進化過程が異なるのだ。

 私たち──地球連合や“連邦”に含まれる人類のほとんどが哺乳類として進化したものたちなのに対し、レイアザード人は爬虫類の進化による人類だ。“連邦”に承認されている一個の独立国家であり、彼らなりの言語があり文化がある。直立二足歩行をする5ツ指の種族である等、類似点は多い。それは生物の進化過程での条件による法則性とまとめてしまえば、そういうものとして扱われる。似た者同士のお仲間さん、というわけだ。だが、悲しいことに彼らは私たち人類を彼らと等しく人類であるとは認めていないのだ。

 そのひとつの表れが私たちをさす彼らの言葉にある。レイアザード人たちは私たちをあえて私たちの言葉で表現するのだ。

 異邦人(エイリアン)と。

 彼ら自身の持つ言語の中には遠くから来た客人という意味のフ・レディーアという言葉があるというのに。

 そしてさらに、レイアザード恒星系において音楽的活動をしてはいけないという理由もそこにあるのだ。なぜならば、レイアザード人の発声器官をもってして歌うことは、不可能だからである。

 自分たちよりも劣った種であると考えているものたちに、自分たちにできないことをされると、プライドとか何とかいうものを刺激されて、まったく手のつけられない行為をしてしまう()()()はヒト科人類にもいるが、その点においてレイアザード人たちの取る手段は実に徹底している。彼らが取る手段は二つに一つ、完膚なきまでの破壊か同化、だ。

 破壊とは、つまり、相手を二度と歌えない状態にしてしまうこと──てっとり早い方法は死──であり、同化とは、逆に自分たちのなぐさみにそれを聞きたいとき、いつでもそれを聞ける状態にすること、すなわち掠奪・隠匿である。

 ちなみに現在、レイアザード星に地球連合および“連邦”その他に所属するヒト科人類が入国することは認められていない。もしそこに、レイアザード人以外の人類がいるとしたら、それは密入国者ということになる。いや、密入国者どころか、レイアザード人にとって、歌う動物=ヒトはカナリアも同然のペットなのだ。




 熱風が乾いた荒野の上を渡る。

 だが、砂漠といっていいくらいの拡がりを持つこの果てしない砂の大地(レ・ワジーラ)は、こんなあまっちょろい熱風(ブロウ)なんぞにはびくともしない。こわいのは大風(シルカー)だ。何日も何日も続く強風に、固められた砂の大地はあっさりと崩れ砂漠と化す。もしそれが雨季ならば、一発でアウトだ。雨季にはレ・ワジーラは川であり海であり、川床であり海底でもある。だから、主としてこの砂の星レイアザードの()()はレ・アドゥプラと呼ばれる山地で生活している。

 いまは風の月。雨季までもうあまりない。にもかかわらず、レ・アドゥプラからレ・アドゥプラまで、レ・ワジーラを渡る危険な旅に同行してくれるレイアザード人は奇特だ。それが彼(性別がわからないのでとりあえずこう呼ぶ)の任務だからだと言ってしまえば、それまでだが。

 私は()の名前を知らない。知っているのは彼がレイアザード国家第一級公務員アタルカンであることだけだ。彼は私にその役職名で呼ぶように指示した。この旅が始まって三日間、私はそれに従っている。かりそめにも友好的とはいえない同行者に捨てられたら、私はこのレイアザードでカナリアとして生きるしか道がなくなるからである。ミイラとりがミイラになってしまうのだ。

 私の名前は山尾水美(やまおみなみ)。地球連合附属治安維持軍特務Ⅲ課(通称イキモノ係)少尉である。年齢(とし)は今年はたちになる。本籍は地球、ゆえに私は地球人なのだが、レイアザードに密入国しているわけではない。同行者がレイアザード人のアタルカンであることにご注目ねがいたい。

 ことの起こりは、半年前だ。

 レイアザード星衛星軌道上の宇宙ステーションでひとりの地球人の少女が拉致された。少女が何気なくそのかわいらしい白いのどから無邪気な歌声をもらしてしまったからである。あってはならなかったことなのに。

 普通、連れ去られた者はレイアザード星へ降ろされてしまうから、彼女の行方はそれっきり、関係者がどれだけ泣こうがわめこうが、救出することなど不可能だ。だが、少女の父は地球連合評議会の副議長であった。その母方の祖父は元評議会理事である。トップクラスでの交渉のすえ、レイアザード側は一つの、非常に()()()な方策を提供する。

 1名だけ、地球連合からの捜査員のレイアザード入国を許可するというのだ。その捜査員が少女──レーナ・プトレクシアという──がレーナ本人だと確認したならば、レーナは地球へ、両親のもとへ、すみやかに()()されるであろうと。

 レイアザードでは宇宙ステーション、その他同恒星系内で拉致され密入国させられたエイリアン(カナリア)はその()()()により届け出されることになっている。理由は、それが彼らのいう人類以外の高等知能生物であるからだ。レイアザード星におけるレーナの所在は明らかだった。そして、レーナ救出プロジェクトの捜査員として私に、白羽の矢が立ってしまったのだ。

 それまで私は地球連合附属生物研究所にいた。地球連合の職員には違いないが、年中白衣をひっかけた研究員にすぎない。が……魚類から哺乳類、果てはセキツイやら目やら足やらで分類された専門分野の中で、私は爬虫類課に属してしまっていた……!

 爬虫類課の職員であること(すなわち)爬虫類が平気であるというのが私に白羽の矢が立った理由の一つめ。そしてもう一つは、女性であること。

 レイアザード人は()()が好きではないらしく、拉致されるのはすべて女性である。たまにまちがえて男性をさらうが、彼はすぐに殺されてしまう。声変わり前の少年は……カストラートにされてしまったという。

 爬虫類課には私を入れて女性はふたり。残る彼女は四十代前半の家庭を持つ人だった。そして私は断らなかった。

 半年間、徹底的に歌を覚えさせられた。幸いにして私は音痴ではない。ともかく、品切れになったら終わりなのだ。また、どんなとき、どんなところ、どんな状態にあっても、歌えなければならない。

 精神をきたえた。ひたすら、きたえまくった。そしてたとえ爬虫類が平気でも、この人類に対してどういう感情をもって接すべきかということでも私はきたえられた。

 レイアザード人がテレパシーおよびエンパシーを有しているという報告は入っていない。が、例外がないともかぎらない。彼らも私たちと等しく人類なのだ。同じ人類を、いや、人類だけではない、あらゆる生きるものたちを、侮蔑するような目で見るのは人のすることではない。そのことを私は心と体にたたきこんだ。

 そして私はレイアザードに降り立った。




「──ヤ・マオ」

 アタルカンの低い声が私を呼ぶ。

 正確には、彼は私たちの耳では聞きわけることのできない低音のうなりをあげただけなのだが、私の右耳のピアスがそう翻訳したのだ。

 うつむけていた顔を上げて彼を見た。砂地での野営は寒い。私は両足を抱えこんで座っていた。

「その音を、やめろ」

「え……?」

 少々うろたえた。考えごとをしているうちに、口笛を吹いていたのだ。一旦レイアザードに降りればどこで歌おうとさらわれることはない。私の同行者はアタルカンでもある。このことで少し無神経になっていた。

「夜、口笛を吹くのはいけないことなのですか? 何かタブーでも?」

 私の言葉は、アタルカンの翻訳機が訳しているはずだ。

「タブーはない。だが、あなたがさらわれたら困る」

「さらわれる? 私が? それは」

 なぜかと訊くのをさえぎって彼は言った。

「私はあなたの所有者ではない。いわばあなたは持ち主のいないカナリアだ」

「あなたは私を捜しに来てはくれないのですか?」

「それは私の任務ではない」

 アタルカンは淡々と言った。

 もともとレイアザード人には表情というものがないが、こうもヒスイ色のウロコ(感嘆に値する美しさだ)顔で無表情に言われると、ふたりだけということもあってさびしい。

 私ががっかりしたのを見て取ってか、彼はややおいて言った。

「その、ヤ・マオ、あの音はなんという音だ?」

 私が吹いた曲名を訊いたのである。

「ラ・マルセイエーズ……地球のフランスという国の国歌です」

 かつてのフランス共和国はいまでいうエウロパ地区の一部だ。私は何となく精神的にまいるとこの曲で自分をなぐさめる癖がある。いまは、歌わなかったことにホッとした。私はこの星へ戦いに来たのではないのだから。

 そのまま私たちはしばらく黙っていたのだが、私がいっこうに眠ろうとしないのでやがて彼は言った。

「……ヤ・マオは女性(フィーメイル)だな」

「ええ、そう。あなたは?」

 自明のことを言われたので私はうなずき、そしてこの三日ばかりの疑問を口にした。レイアザード人の性別について地球人はくわしいことを誰も知らないのだ。

「私は……私たちは──だ」

 彼はやけにあっさりと、正直に言った。だがそれは地球の言語の中にあてはまる言葉を持たず、私には意味のない音として伝えられた。さすがにその一言では説明不足と悟ったのか、アタルカンは言い足した。

「ヒトでいうところの私たちのフィーメイルは子を産むと死ぬ。だから生きている私たちのほとんどはヒトでいうメイルだ」

 アタルカンの話を聞くかぎり、アタルカンはやはり()なのだ。

「ではあなたは男性なのですね」

 と私は言った。メイルとは言わず、確かに男性と言った。すると彼は……苦笑したのだろうか? まばたきを一つして、ゆっくりと言った。

「私はまだ結婚していないのだ。だから私はヒトでいうところの子供だ」

 結婚? 成人式ということだろうか。

 私はそういうふうに思ったのだがここでふと気づいた。少し前からアタルカンはエイリアンとは言わずにヒトと言っている。

「それは、子供とは言わずに未成年と言うのでは? だってあなたはアタルカンという立派な職につき、そして……武人なのでしょう?」

 レイアザード人の体は全身くまなく、美しいウロコで覆われているが、それがあまり固くないであろう胸部から下腹部にかけて彼が着けているのはある種の鎧ではないかと思われるものである。アタルカンは私の言葉を肯定した。

「そう、私はアタルカンであり、武人でもある。そもそも、武芸を修得しなければアタルカンにはなれない。あなたは? ヤ・マオ少尉。武人か?」

 私は首を振った。

「いいえ! 少尉というのは、私がこの星に降りるために与えられただけの階級です。私は軍人ではありません」

 かといって、まさか彼らと同じ爬虫類を研究していた人間だと言うこともできない。きっと彼は感情を害するし、私も言いたくない。

「それから、アタルカン」

 いかにもついでのさりげなさを装い話題を転じた。

「私のことは水美と呼んでください。山尾というのは私の家の名で、もちろん私の名にもなりますが、水美は親がつけてくれた私だけの名前なのです」

「ミ・ナミ……」

 彼は感慨深げに私の名をつぶやき、やや考えこんだ後で言った。

「ではミ・ナミ、あなたに私の大切な……とても大切な家の名を教えよう。あなたが私にあなたの大切な名前を、二つも教えてくれたことにむくいるために」

 ここで私は気づいた。

 ひょっとして、レイアザード人にとって自分の名を他人に明かすということは非常に重要な意味を持つことなのではないだろうか。

「私はアタルカンなのでもう一つの私の名までは教えられないが……大切な私の家の名だ」

 現にこうしてアタルカンは何度も大切を連発している。

「……リーカ、だ」

「リーカ・アタルカン」

 それが正しい言いまわしかは知らないが、私はそう彼に呼びかけた。

「ありがとう」

 それから私は毎晩、彼のために歌をうたうことにした。




 めざすレ・アドゥプラにたどりつくには、さらに三昼夜を要した。まだ宵の口に岩はだをくりぬいた家々から成る街に入った。

 が──。

 これが、レイアザード人の習慣なのだろうか? まだ日は沈んだばかりであたりにはうす青い闇が拡がっているだけだというのに通りには誰一人として出歩く姿はない。

 途方に暮れた私と、黙りこくるアタルカンのみ、そこに立ちつくしていた。家々の窓からもれる灯り一つとて、ない。

「アタルカン……?」

 私が振り返るとアタルカンは固く口を閉ざしたままで周囲をじっと見回し、やがてあの低音で重々しく言った。

「おかしい」

 彼がこう言うということは、やはりこの街の状況は本来あるべきままではないのだ。アタルカンが私を騙してゴーストタウンに案内したなどとは思えないし、そんなことはありうべからざることだ。

 彼はレイアザード国家第一級公務員アタルカンなのだから。

 

「───」


 そのとき、まったく突然にそれは聞こえてきた。


 低音の、いくつもの、数えきれないくらい多くのうなり声、いや、これは──ハミング?

 歌詞のような意味は成していない。とうていハミングと呼べる代物(しろもの)でもないが、しかしこれは絶対にハミングなのだ。ゆるやかな低音の流れ……。

「……ミ・ナミ。こちらへ」

 じっとそれに耳を傾けているとアタルカンが私を呼んだ。彼はこれが、この()()()()()()()()()()()()()()()()()どこから流れてきているのか、聴きわけたのだ。

「どこへ?」

 その後について歩きながら訊くと、

「オルドウェイ」

 彼は短く答えた。

 オルドウェイ? 私の耳にそれは〈老人の家〉と訳して届けられた。

 一歩進むごとに声は大きくなっていった。

 そして街の中心に位置する広場に出たとき、私はそこにたくさんの──おそらくはこの街中の──レイアザード人を見た。

 恐怖心も嫌悪感も、いまの私には起こらない。

 たくさんの、たくさんのウロコを持つ人々。たいていはアタルカンと同様の美しいヒスイの色と光沢を持っている。幼体と思われる小さなものたちのはやや黒みがかっていた。では老人たちは……?

 広場の中央、一番大きな聖堂のような家を指さしてアタルカンは言った。

「オルドウェイだ」

 彼は真っすぐにオルドウェイに向かっていく。

「──アタルカン」

「「「──アタルカン!」」」

 彼の歩みに従って低音の調べの中に尊敬の念をこめたつぶやきが聞かれた。

 オルドウェイの中には、あまり光沢のない茶褐色のウロコを持った人々がいた。老人だ。彼らは皆、室内に整然と並べられた寝台の上に横たわっている。

 私はオルドウェイの持つ役割を理解した。


 そして私は低音の中に一つだけ澄んだ、美しい高音を捉える。女声ではなくあくまで子供の、透明な地声。

 歌っているのは……グレゴリオ聖歌だ。

「レーナ」

 老人たちの寝台のほぼ中央に立って歌う明るい色の髪の少女に、私は声をかけた。少女は歌うのをやめて私を見る。レイアザード人たちのハミングも止まる。

 

 ふわっと彼女は微笑した。


 これは、本当に十歳の女児のものなのか?

 深い慈愛に満ちた安らかな笑顔……。


 私が次の言葉を発するよりも先にレーナは言った。

「あなたが来ることは教えられていました、山尾少尉」

 これが、十歳? まだ学童の物言い? 愕然として目の前の少女を見た。

 と。

 次の瞬間、レーナの両の瞳に涙があふれ、一筋、また一筋とやわらかな頬をぬらしていった。

「あなたが……来てくれて、とてもうれしい。パパやママ、おじいさまもあたしのために……でも、でも、あたしはかえれないの……!」

 年相応の泣き顔のレーナは言った。

「見て! このオルドウェイではみんな自分の上に死が来るのを待っているの。彼らの心をなぐさめなければ! みんな、女の人たちが赤ちゃんを産んで死んだ後ずっとその子たちを育てて、自分は子供を産まずに生きてきたの。あたしは、彼らのために歌わなきゃならないの」

「しかし、レーナ」

 言いかけた私をレーナが制する。

「パパやママには手紙を書きます。おじいさまにも。……あたしのために、あなたにこんな遠くまで来てもらったのは悪いと思います」

「私はべつに……」

 そのとき、ひとりの老レイアザード人に異変が起こった。おそらく彼はいま、黄泉(よみ)の旅路につこうとしているのだ。

「レーナ!」

 呼び声に応じてレーナはその人の枕元へ行ってしまった。

「……ミ・ナミ」

 うつけたようにそれを見ているしかない私にアタルカンが声をかけた。隅のほうへ来いといっているようだった。


「あの子をつれていかないでおくれ、フ・レディーア」


 歩きだそうとした私の手を引いて、ひとりの老人が言った。目の色でわかる。悲しいくらいの懇願だ。その周囲の者たちも口々に言い立てた。

「あの子をさらってきたのは悪かった。だが」

「天使なんだよ」

「わしらのために歌ってくれる」

 私の手にかかった老人の手に、そっともう片方の手をやり私は言った。

「わかっています。わかっていますよ……!」

 いつしか、私は笑んでいた。最初の老人は、私をフ・レディーアと呼んだ。初めて会ったというのに。それは、地球人という存在をそういうものとしてレーナが位置づけてきたからだ。

「ミ・ナミはこれからどうするのか?」

 私が傍に行くとアタルカンは訊いた。表情には出ないけれども、心配しているのだと感じた。

「レーナの手紙を持って、地球に戻ります。上層部での話し合いになるでしょうが……レーナが望むかぎり、彼女はこの星で歌い続けることになると思います」

「あなたは彼女を、連れては?」

「私の任務はレーナに会うこと。それから先のことは、私の任務ではありません」

 いつかのお返しができ、私は笑いながらアタルカンを見た。

 はたして彼はこのユーモアを介するだろうか?

 まばたきすらせずにアタルカンは私を凝視している。

「ミ・ナミ……」

 私の意図は通じず、冷たくあしらったと取られたかとあきらめかけた頃、ようやく彼は言った。

「あなたに、私の名前を教えよう。覚えておいてほしい」

 言葉を切り、やがて静かに告げる。

「エフィラ」


「エフィラ・リーカ・アタルカン」


 私は教えられたすべての名で彼を呼んだ。

「そうだ。それから」

 アタルカンはいきなり鎧の前をはだけ、ベールグリーンの腹部を短剣で開いた。

「アタルカン!」

 驚いた私を手をあげてとどめ、短剣を置いてアタルカンは腹部に手を入れた。不思議なことに血も体液も出ていない。

「これを……ヤ・マオ=ミ・ナミ。フ・レディーア、わが友よ。あなたに」

 そう言ってさしだされた手に握られていたものは、ヒスイ色の──まさに琅玕(ろうかん)といった色合いの──卵だ。

「再会のしるしに……!」

「アタルカン! あなたの……たまご……」

 私はただただ驚愕し、あるいは感動して、身動きすらできないでいた。

「私たちレイアザード人は(つが)うことによって成人し男女に分かれる。フィーメイルとなったものは体内で卵をかえして子を産み、死ぬ。メイルとなったものは卵を持ったまま年をとって死ぬ。成人せぬまま卵を取り出してしまった私は多分このまま──メイルでもフィーメイルでもないままに生き長らえるであろう。私の生涯はおそらくメイルとなったものたちよりも長いはずだから、再びあなたと会うこともできるだろう……」

 何とさっぱりと、たったいま、自分の人生を変えてしまったくせにアタルカンは言うのだろう。

 私は首筋に左手をやった。

 アタルカンの短剣を右手に持つ。左手でわしづかみにしてザッと一房、髪を切り取った。丈なす黒髪、大和撫子(やまとなでしこ)の命を。


「再会のしるしに!」


 切り口もあざやかな黒髪を握りしめた左手をアタルカンにさしだす。

 老レイアザード人のためのレーナの歌声が聴こえてきた。




 わたしの生きているかぎりは

 必ず恵みと──

 いつくしみとがともにあるでしょう

 わたしは永遠に主の宮に住まうでしょう











『異邦の友〜フ・レディーア〜』

  いほうのとも

     ── 了 ──













エテルナ&ユリアのお祖母さんの話です。


まだお祖父さんとは出逢えてないです。


たぶんエテルナは彼女と遭遇します。


考えているエピソードを、いつか読んでいただけたらと思います。




今回もおつきあいいただき、ありがとうございました。











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