悪役令嬢と呼ばれても構いません!! 〜転生したら前世の恋人が兄でした。今世ではもう絶対に諦めません! わたくし、お兄様に近づくならヒロインの邪魔だっていたしますわ!!
「セシーリア・ヴァインシュタイン公爵令嬢よ。わたしは今からそなたを糾弾する!」
シャルル・ド・カロリング王太子は大勢の来賓客の前で、そう声を張り上げた。
今日は貴族院の卒業パーティ。ちょうどシャルル殿下が卒業されるというそんな時。
あらあら。
ミランダ・ブラムス伯爵令嬢がシャルル殿下の隣でこちらを睨んでいらっしゃるから、きっと彼女のことなんでしょうけれど。
「何か、ございましたでしょうか?」
わたくしはそう、神妙な顔をしてシャルル殿下の前で首を垂れた。
今は、下級生も上級生も入り乱れての歓談の時間。
卒業される方々とそれを送り出す後輩とで思い出話に花を咲かせて和気藹々とした雰囲気だったけれど、シャルル殿下のこの一言で、会場はキンと張り詰めた雰囲気に様変わりした。
「何かございましたか? ではないわ! そなたの悪行の数々、私が知らないとでも思っているのか!?」
「いえ、きっとそちらにいらっしゃるミランダ様に関することなのでしょうけれど」
「ああ、そうだ。ミランダ嬢は泣いていたのだ。そなたに虐められたと言ってな」
「虐め、でございますか」
「ああ」
「わたくし、学年も殿下やミランダ様より三つも下ですし、いじめというほどの行為に及ぶのも難しいと思うのですが」
「そなたが公爵家の名前を使い、ミランダ嬢の同級生たちを唆したのだろう?」
「そちらに関しては心当たりがありませんけれど」
「語るに落ちたとはそなたのことだ。そちらに関して、だと!? その言い方は、他には心当たりがあるということではないか! 違うか!」
ジロリとわたくしを睨みつける殿下。
わたくしは顔をしっかりとあげ、手にした扇で口元を隠しつつ。
一応失礼にはならないようには気をつけて、答える。
「わたくしがしたことといったら、うちのお兄様に色目を使うご令嬢の邪魔くらいですかね」
「デュークの?」
「ええ。迷惑を顧みず送って寄越す恋文を検閲してお返事を出してさしあげたり
お茶会のお誘いをお兄様に代わってお断りしたり。
送り付けられた観劇のチケットを送り返したり。
ああ、そういえば裏から手を回し交際を申し込んでくるやからもいましたけれど、そういうのは思いっきりお家の権力を利用して排除いたしましたけど、したことといえばそれくらいでしょうか?」
「はあ!?」
「ですから、わたくしはうちのお兄様に必要以上に色目をお使いになるお嬢様には厳しく対応させて頂きましたけど、それ以外の恋路を邪魔するつもりもありませんし。殿下がそちらのご令嬢がお好きなのはわかりましたから、そちらのミランダさんがこれ以上うちのお兄様にちょっかいをださなければ、わたくしも何もしたりはしませんわ」
「ちょっと待て。それでは何か? ミランダ嬢がデュークに粉をかけていた? とでもいうのか!?」
「はあ。お気づきになりませんでしたか? そちらのミランダ嬢ですが、割といろんな殿方と親しくしていたと評判でしたわ。同学年のお姉様方が嫌味のおひとつもおっしゃりたくなるのもわかる気がいたします」
「まさか! ミランダ! まさか、そなた」
「ああシャルル殿下、わたくしは殿下一筋でございます。セシーリア様ったらひどいですわ。そんな根も歯もない話でまたわたくしをいじめるのですね」
ヨヨヨと殿下にしなだれかかり、こちらに向かって反論するミランダ嬢。
「あら、そういえば殿下にはグリーンデン公爵家のフレデリカ様という婚約者がいらっしゃるのではなかったかしら? 婚約者がいらっしゃる男性にそうそうしなだれかかるのははしたないですわよ。ミランダ様?」
キッときつくわたくしを睨みつけるミランダ嬢。
まあこの方がか弱く見えるだなんて、殿下も随分と目が曇っていらっしゃるわ。
フレデリカの名前を出され、少し瞳が泳いだシャルル殿下。
まあね。卒業を前に気が大きくなるのはわかりますけど、大勢が見ているこの場でこれは、流石に後が大変じゃぁないかしら?
「殿下? どうなさいました?」
ちょっと放心気味の殿下にそう声をかける。
わたくしを断罪すると息巻いてこうして声を上げたのはシャルル殿下なのだ。
出したほこをおさめるのであれば、殿下の方からちゃんと折れてもらわなければ。
わたくしは、正直男性陣の評判など気にもしませんから、こんなふうに悪役令嬢として扱われることはなんとも思いませんけれど。
それでも一応、わたくしも公爵令嬢の端くれです。
その公爵家の家名に泥を塗るわけにはまいりません。
ひいてはそれは、わたくしの大事なお兄様のお名前に傷をつけることに繋がるのですから。
「ねえ、シャルル殿下? 殿下はまさか証拠もなしにわたくしを糾弾しようとなさった訳ではありませんよね?」
「いや、ミランダが泣いて、自分はそなたに虐められていると、教室でも孤立しているのはそなたのせいに違いない、と。そう言うものだから……」
はう。しどろもどろになってしまった殿下。
もう、これで王太子様なのですから。情けない。
「やあ、シャルル殿下。うちの妹が何かありましたか?」
多分、今までのやり取りはちゃんと見ていらっしゃったのだろう。
デュークフリードお兄様がわたくしとシャルル殿下の間に割り込んで。
うん。きっとお兄様、シャルル様のお顔を潰さないですみそうなタイミングを見計らっていらっしゃったのかな。
王太子のシャルル様、王弟であるお父様カルロス・ド・ヴァインシュタイン公爵の嫡男デュークフリードお兄様。従兄弟同士のお二人がそのまま本気で争ったら、国が傾くもの。
「あ、いや、デューク、これは、違うんだ、ちょっとした勘違い? で」
「勘違い? です? シャルル様」
「ああ、すまないセシーリア。私は少し思い違いをしていたようだ」
「では、そういうことにしておきますわ。今回のことはいとこの気安さからのおふざけ。そう言うことにしておきましょうか」
「ああ、そういうことで頼む」
「でも殿下? デリカは怖いですよ? 今日はたまたま隣国に出かけてて留守でしたけど、きっとこのことは耳に入るはずです。彼女が帰ってくる前に身の回りはちゃんとしておいた方が宜しいですわ」
顔面が蒼白になっているシャルル殿下と、まだ何か言いたげな表情のミランダ嬢をおいて。
わたくしはお兄様の腕をとって「行きましょう、お兄様」と、その場を後にした。
「もっと早くに出てあげなくて悪かったね、セシーリア」
「ううん、お兄様のお立場もわかりますもの。表立ってシャルル様と仲違いすることもありませんわ」
「まあ、僕のかわいいセシーリアがシャルルに言い負けるとも思わなかったしね」
「え? ひどいですお兄様ったら」
「あはは。それでも、本当にリアが危険な目に遭うようだったら、何が何でも助けてあげるから」
「ふふ。信じていますわ。お兄様」
ええ。本当に。
信じています。愛するお兄様。
♢
あれはわたくしがまだ七歳の時だった。
光が弾け、突然前世の記憶が頭の中に流れ込んできたあの時から。
わたくしは、兄、デュークを誰にも渡さない、と、誓ったのだ。
前世聖女だったあたしの記憶。
わたくしが、まだあたし、だった時の記憶の中の恋人勇者アレク。
そのアレクがまさかわたくしの大好きな兄様に生まれ変わっていただなんて!
魂の色も匂いも変わってなかったからわかったけれど、お兄様は前世の記憶を持ってはいなかった。
そりゃあほんとは最初はなんでアレクがお兄様なの!? って、ちょっと神様を恨みかけた。
でも。
こうなっちゃったんだもの。
しょうがないもの。
それでも諦めきれないんだもの。
今でも覚えてる。
まだ記憶を取り戻す前のわたくしが、
「わたくし、大きくなったらお兄様のお嫁さんになるの!」
と言った時の。
「じゃぁ、僕がセシーリアを幸せにしてあげるよ」
そう優しく頭を撫でてくれたお兄様の満面の笑顔。
それから年げつが経つにつれお兄様に言い寄る令嬢は後を立たずで。
お兄様はわたくしのだ。
ぽっとでの女なんかにわたすものか。
どうすればいい? そう思って試行錯誤したわたくし。
トカゲを捕まえてドレスの中に入れてみる。
木の上に隠れて、上から毛虫をおとしてみる。
ねこに頼んで、ひっかかせる。
お塩とお砂糖をわざと間違えたクッキーを作り、食べさせる。
そんな感じで、
近寄ってくる令嬢たちにはもう二度とうちのお屋敷には来たくないとおもわせるように頑張った。
お兄様には過去の前世の記憶はないのだろう。
それはそうだ。
普通はみな人の魂の還る場所、グレートレイスに飲まれてしまえばそこで溶けて混ざって自我なんかどこかに消え去って全く違う魂となって再生するのだろうから。
わたくしみたいにこうして溶け混ざるのを拒否し、生まれ変わることができたとしたら。
それはやっぱりそれだけ未練があったから。
にほかならない。
お兄様は勇者だっただけあって、その魂もふつうじゃないほどの強さがあったんだろう。
溶けても混ざらずそのまま勇者の魂の色のまま、こうして転生したのだ。
でも。
自我は溶けてしまったのかな。
記憶まで、今世に持ってこれなかったのかな。
それとも。
まだ記憶が眠っているだけなのだろうか。
もしかしたら、わたくしのことも思い出してくれる日がくるのだろうか?
記憶がない状態であってもこうしてわたくしのことは愛してくれているお兄様。
もちろん、それが兄として妹を想う気持ちから逸脱していないことは十分わかっているけれど。
だとしても。
今はまだ。
お兄様はわたくしのことを妹としてしか認識できていないはず。
どれだけわたくしがお兄様を愛していたとしても、それは妹としてとしか。
あーん、ジレンマだ。
わたくしが邪魔をしなければお兄様にわるい虫がついてしまう。
お兄様も、その女のことが好きになってしまうかもしれない。
それはどうしても我慢ができないのだ。
お兄様の幸せを願う?
だって、お兄様がアレクだった記憶を思い出したらわたくしを好きになってくれるはずだもの。
その時にお兄様にしがらみがついていたら?
それはお兄様にとって不幸なことでしょ?
そうに、ちがいないのだもの。
だから。
わたくしは、これからもずっとお兄様に近づくわるい虫の邪魔をします!
悪役令嬢と呼ばれても構うものですか!
end