その勇者は女賢者に罵られて全回復する〜ハズレスキル「ドMP」で世界最強!〜
「は?スライムに当たっただけでまだダメージ受けてるの?レベルカンストしてんのに馬鹿じゃないの?」
女賢者に罵られ、勇者のHPとドMPは全回復した。
「ていうか、ドMPとか馬鹿じゃないの?普通、MPでしょうが。一回死ぬ?」
女賢者に罵られ、勇者のHPとドMPは全回復した。
「勇者がドMで、罵られると全回復するスキル持ってるとか前代未聞なのよ。キモいから、魔王倒したらさっさとパーティ解散するからね」
女賢者に罵られ、勇者のHPとドMPは全回復した。
勇者は全回復の快感の中、自身の黒く長い髪をかき上げる。
「ふっ。今日も絶好調だなミア」
「私のこと名前で呼ばないでくれる?しかもナルシスト勇者とかマジ単純にヤベー奴じゃん。勇者とか名乗ってるのがそもそもヤバイ。あ、私の半径一メートル以内に入んないでよ変態」
勇者には名前があったが、ミアからは覚えもされないし呼ばわれもされない。
しかし勇者にはそれがたまらなく刺激的であった。
ミアは背が低く痩せ型なので幼く見えるが、勇者のひとつ年下であり年は近い。生意気盛りの万能感に溢れているこの年齢特有の少女の罵りに旅中で出会ったことは、勇者には打ち震えるほどの僥倖であった。
何せ彼は冒険ギルド登録直後のスキル付与イベントにおいて、M心を刺激されると全回復する「ドMP」なるハズレスキルを引いてしまったのだから──
「あ、魔王城だ。ようやくあんたとパーティ解散出来るね。あんたに奴隷市場で買われてから、長かったなー!」
ミアとは〝魔王討伐を終えればパーティ解除〟という契約を結んでいる。ミアはそれを目標に修業を積み、女賢者として大成した。勇者はその「可愛い女の子に忌み嫌われる」というたまらない状況を美味しくいただきながら、修行を積んで女賢者となってくれたミアに心底感謝していた。
彼女は当初、奴隷市場で売られていた。口の悪さで買い手がつかなかったが、片方の親がエルフだということで魔力は他の人間よりずば抜けて持っていた。勇者はそれを見抜いてパーティに誘──いや、単純にその罵りの能力にだだ惚れして全財産をはたいて彼女を購入したのである。彼女の魔力の多さは後からギルドの能力鑑定士によって判明した。つまり、結論として勇者は単なるドMであった。もしかしたら勇者という属性すら後付けに過ぎず、単なるドM男が彼の職業なのかもしれなかった。
ドM男がギルドでクエストをこなし続けていたらいつの間にか勇者になって魔王討伐の任を押し付けられた、というのが真相なのである。いやもう彼は押しつけられたことにすら快感を覚えているドMなのである。ドMでなければ勇者など務まらないものなのかもしれない。
そのドM男に「ドMP」スキルが与えられれば、まさに水を得た魚。
勇者は常に傷つけられるがゆえに無傷という幸福なパラドックスに入り込み、このたび魔王城に来ることが叶ったのである。
「ねっ!早くやっつけよう!これであんたと縁が切れるっ」
嬉しそうな表情のミアから投げつけられた残酷な言葉を噛みしめ、再びひっそりとドMPを回復させる勇者であった。
一方の魔王は勇者を迎え撃つべく、玉座に座し静かに笑っていた。配下がやって来て、状況を耳打ちする。
「ドMPスキルだと……?」
それは嘲笑なのか、それとも──
「受けて立とう」
魔王はゆっくりと立ち上がり、勇者を迎え入れる。
ギイと重たい扉が開かれ、勇者と女賢者が入って来た。
予想通り、女賢者は詠唱を終えている。
魔王は言った。
「どうした?……試してみろ、お前の力を」
ミアは渾身の魔力を魔王に向かって放った。
しかし──
「ふはははは、効かぬ効かぬ!」
魔王はそれをものともせず立っていた。ミアのレベルもカンストしている。それなのにここまで攻撃魔法が効かないとなると──
勇者は魔王の懐に飛び込み、剣を交えた。何度か傷をつけたが、みるみる回復してしまう。
勇者は何かに気づき、舌打ちした。
「ちっ……しまった」
「何?どうしたのよクソナルシスト!」
「もしかしたら、あいつも……」
魔王は静かに笑った。
「クックック。ドMPスキルを持つドMが、お前だけだと思うなよ?」
勇者とミアは顔を見合わせた。
「そ、そんな……!」
「わしはお前たちとは年季が違うわい。先ほどの攻撃魔法……痛くて最高だったぞ!」
「変態が二人も集ってしまったなんて……!」
「もっと罵ってくれ!そのために、私は魔王になったのだからなっ!」
勇者は顔をしかめた。
考えれば簡単に予想のつくことだった。ドMでなければ、わざわざ魔王と名乗ってちょっと刺々しい城などを造って魔物を集めて王様ごっこをしたりして、他人にむざむざ嫌われようなどとは思わないはずなのだ。ドMだからこそ、魔王は人に罵られそうなことを次々行わなければならなかったのだ。っていうか魔王って名乗るのは勇者って名乗るより結構恥ずかしい。よほど訓練されたドMでなければ難しいことだ。ドMの中の真のドM、それが魔王。魔王の頭文字MはドMのMであることが判明した。
(こいつは手ごわいドMだ……)
勇者は強敵出現の緊張にひとつ息を吸い、額の汗をぬぐった。
「どうする、ミア」
「やっとこの変態から解放されると思ってたのにぃ……あっちの変態が倒せないなんて」
ミアはしくしく泣き出した。ド級の変態たちに囲まれて、さぞ心細いに違いない。
「落ち着けミア、魔王を倒さないと俺とパーティ解消は出来ない」
「うっ……」
「攻撃はナシだ。ドSの君にしか出来ないことがある。ドMを喜ばせないことだ」
「そ、そっか……!」
ミアは勇者の言葉で一転、気分を改めると、
「やめて、魔王!」
と魔王に哀願した。
「私、今日からあなたの言いなりになります。だから人間界をこれ以上苦しめるのはやめて!」
魔王から笑顔が消えた。
「何だと?人間界を苦しめる、だと?」
「ええ。あなたはとんでもないドSなんでしょう?」
「馬鹿な。私はM──」
「とぼけないで!」
ミアはしくしくと泣いた。
「私を苦しめるだなんて、あなたは完全なドSだわ!」
「……!」
「他人に危害を加えて楽しむなんて、根っからのドSしかやらないわよ!」
「ぐっ……」
魔王の心が揺らいで行く。勇者はほくそ笑んだ。
(いいぞミア……!性癖は自覚してからが本番だからな……)
魔王は自身の内なるS性に気づき始めていた。
MとSは表裏一体。
ドSであることを自覚してしまった瞬間、ドMPスキルは無用スキルと化す。
「わ、私は……ドMの癖に、何てことを」
魔王は自責の念に駆られた。
「あ、でも〝ドMの癖に〟っていい響きですね」
魔王はちょっと気を取り直した。
「あー。つまり嫌われるためにSを演じてたら、Sと勘違いされてしまったということか……内面はMで外面はSの場合、これって──」
己のS性を認められない魔王に言い訳が出始めた、その刹那。
レベルカンストした勇者の剣技が、上空からざくりと魔王に降り注いだ。
魔王の体はドMPで回復することもままならず、驚くべき速さで朽ちて行く。
ミアとドM勇者は武器を収め、砂と化す魔王をじっと見送った。
「……魔王、倒せたわね」
「ああ」
「何で倒せたのかな。私まだよく分からないんだけど……」
勇者は髪をかき上げ、こう答えた。
「魔王にMとしての自覚が圧倒的に足りなかった──これに尽きる。Sを演じてM心を満たそうとするという行為は、到底ドMとは言えない。誰かを傷つけて嫌われようとするのは下劣だ。Mではない。擬似Mだ。そこに自分自身で気づいてしまったのだろう。その瞬間、例のスキルは発動しなくなった。本当のMにしか、この〝ドMPスキル〟は極められなかったというわけだな」
ミアはひと通り聞いて、納得の表情でこう呟いた。
「聞くんじゃなかったぁ。ほんと気持ち悪い、無理!」
数日後。
勇者は約束通りミアと別れた。
ミアの解放されてはしゃぐ顔に、勇者は一抹の寂しさと快感とを覚えた。
「さて、と……」
勇者は、また新たな道に向かって歩き出す。
「魔王は、っと」
魔王城はまだ健在だ。
「おっす」
「へーい」
勇者と魔王は魔王城の客間で落ち合った。
「お疲れー、魔王はまだ砂になってんの?」
「あー、うん。砂になってサキュバスメイドにホウキで掃かれるのとか、ゴミ箱に捨てられるのとか、割とたまんない」
「ああ、そっちね……」
勇者は頷きながらも、魔王の欲深さに恐怖を覚えるのだった。
「厄介なスキル持ちのわしを倒してくれる者がなかなか現れなくて……今回ようやく倒される経験を得た。礼を言うぞ、勇者」
「それはそうと、そろそろ〝魔王討伐プレイ〟のお代を──」
「ああ。はい、これがお代ね」
勇者は魔王の従者から金を受け取った。
「しかし脅かされる体験というのはいいな、金を払う価値がある」
「魔王ともなると、なかなか何百年も倒されませんからね」
「君に話を持ちかけてよかった。同じレアスキルの所持者で、同じドMが敵同士となるとは、ラッキーだった」
「やっつけられる経験はどうでした?」
「最高だったよ。砂になるのもいいものだ。自分は最底辺だと自覚できるし、色んな場所へ滑り込める」
「勇者として、これからも世界を救いたいと思います」
「いいね、その奉仕の精神。君こそ本当のドMだよ。ところであの女賢者はどうした?」
「パーティを解消しました。前から僕といるのを嫌がっていたので……」
「ふーん。嫌がっていたのを縛り付けてたなんて、君もドSだったんじゃないか」
「そう言われちゃうとなぁ……」
勇者は笑いながら後頭部を掻いた。
「ドSとかドMとか、一概には言えないものですね」
その時だった。
「何が〝ドSとかドMとか、一概には言えないものですね〟だ!アホ勇者!」
後頭部をいきなり箒で殴られ、勇者の目から火花が散った。
「いてっ……あれ?ミア!どうしてここに……?」
「どうもこうもないわよ!私の所にも魔王から契約満了のお知らせが届いて、慌てて事実確認に来たんだっつーの!」
「魔王……律儀だな」
「勇者ったら、魔王と興行契約してたのね!馬鹿!許さん!一発殴らんと気が済まん!」
「落ち着けよ」
「私だけ事情を知らずに振り回されてただけじゃん!」
「それはそう。でもさ、そろそろミアも気づこうよ。ドSの君だって結局、俺たちを成敗する快感を得にここへ来たんだってことに」
「きぃー!」
ミアの振り回したホウキで、魔王は空中をキラキラと散って行った。
勇者は女賢者にホウキで激しく殴られながら、恍惚の表情を浮かべていた。
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