あの時・・・
真理には小さい頃の妙な記憶がある。
確か父方の祖父が亡くなり、家族全員で通夜に参列した時の事だと思われる。
夜を徹して遺体に親族が付き添い、蝋燭の火が消えないように見ているという習慣のある村だった。
真理は父と共に祖父の遺体に付き添い、消えかけた蝋燭を新しいものと交換した。
父は祖父の弟に呼ばれ、真理を一人残してほんの少しその場を離れた。
真理はまだ小さかったので遺体に対する恐怖はなく、祖父は只眠っているのだと思っていた。
遺体は棺には入れられておらず、白装束に着替えさせられた姿で白い布団に横たわっていた。
真理は遺体に近づき、祖父の顔を間近で見た。
その時、風が吹き抜け、蝋燭の火を消した。
彼女の記憶はそこで途切れている。
その後何があったのか覚えていない。覚えているのは斎場に向かうマイクロバスの中で嘔吐してしまった事だけだ。
その時の事はしばらく忘れていたのだが、また父の実家に行く機会ができて思い出したのだ。
今度は祖母が亡くなった。
祖父の葬儀から10年以上が経過している。
あの時参列していた多くの人がすでに故人。
何があったのか知っているのは父母と近所の人達くらいだろう。
しかし真理は何故か知りたいとは思わなかった。
理由はわからない。何となくだ。
通夜が始まった。
祖父の時と同じく、蝋燭の火を絶やさないようにする。
高校生の真理は、今度は一人で祖母の遺体に付き添った。
祖母はやはり眠っているようだ。
真理はいろいろ回想し、涙した。
人の死を実感した。
祖母は眠っているのではない。もう起きてくれないのだ。
その時だった。風が部屋を吹き抜け、蝋燭の火を消してしまった。
真理は慌てて蝋燭に近づこうとした。
その彼女の足首を冷たい手が握った。真理は叫ぶ事もできず、硬直した。
幼い時の記憶が甦った。
祖父の時も同じだった。あの時も・・・。
「通夜の蝋燭絶やすな、絶やすと死人が暴れ出す」
その村に伝わる言葉だ。蝋燭の火が消えると死者があの世への道に迷って戻って来てしまうというものだ。だから夜通し蝋燭の番をするのだ。
真理はそれも思い出した。そしてその後どうなったのかも思い出し、気を失った。
翌朝になると、真理はまたすっかり通夜の記憶を失っていた。
周囲の人に昨夜の事を尋ねたが、誰も何も話してくれない。
やがて葬儀は終わり、父と母を残し、真理は一人で家に帰る事になった。
真理が長い坂道を遠く離れたバス停まで歩いて行く。
それを見ていた近所の老婆が呟いた。
「二度も死人を暴れさせたら仕方ないやね」
老婆は真理の背後に死神を見ていた。