第9話 最強、遊ぶ
「わっ、ロイだー」「ロイさんだー!」
特にすることも無かったのでぶらぶらと村の中を散歩していると5人くらいの子供たちに出会った。彼らの歳は最小で5歳。それより下は存在しない。それもそうだろう。有角族は人族。男と女がいなければ子供は出来ないのである。
『戦争』中、男ということで無理やり戦場に参加させられた子供たちもいる。ロイもそのうちの1人だし、この村にもそんな子供はいたのだろう。だが、この村には子供も含めて帰還した男は1人もいない。
「よう」
それなりに村に馴染んできたとは言え、子供たちとはほとんど触れ合っていないロイは片手を上げて返事を返した。
「ねー! ロイって強いって聞いたよ!」「どれくらい強いの!?」
「うちの姉ちゃんよりも!!?」
「おいおい、誰がそんなことを言ってたんだ」
わっとやって来るのは子供の中でも男児に多い。まだ6つか7つくらいの彼らにとって強さとは1つの正義なのだ。その気持ちは分かるぞ、と心の中でうんうん頷きながら少年たちの相手をしてやる。
「そうだな。まあまあ強いぞ」
「魔物を一撃で倒したって本当?」
「本当だぞ」
「すごっ! 俺にも教えてくれよ!!」
「何だ? 狩人に成りたいのか?」
「うん! 俺狩人に成りたいんだ! だって母ちゃんも姉ちゃんも狩人で怪我して返ってきたりするから、俺が狩人になって楽させてあげたいんだ!」
「ふうん。なるほどね」
ロイはそう言って立ち上がると、子供たちの目を覗き込んだ。
「俺を捕まえたら教えてやるよ!」
そう言ってロイは子供たちの前から逃げ出した。
「逃げたー!」「追いかけろー!!」「待てー!!!」
ということでロイが鬼の鬼ごっこ。よーいスタート。
しばらく走りながらロイは子供たちの速力と体力を見続ける。それを踏まえてちょうど良いペースで走り続けるのだ。何事においても必要なのはまず体力。そして、持久力だ。だが、子供たちに走り込みをさせたところで満足に走らないだろう。
だからこそ、遊びの中で体力をつけさせる。
とは言っても流石に彼らは村育ちの子供たち。ロイが想定したよりも体力が多いし、足も速い。
「まてー!!」
「おーおー凄いなぁ……」
子供たちはわき目もふらずにロイに向かってやって来る。よし、ここいらでもう少し遊んでやろう。
ロイは村の道の真ん中で立ち止まると、子供たちに背を向ける。
「止まったぞー!」「今だ―!!」
そう言って子供たちがロイに近づいて来た瞬間に、ロイは地面を蹴って跳躍。少年たちの頭の上をくるりと一回転しながら飛び越えるとそのまま逆方向に向かって走り始めた。
「あー!」「ずるいっ!!」
「わははは! 俺に敵うとでもおもったのか!!」
だが、子供たちの体力は無尽蔵だ。すぐに方向転換して追いかけてくる。
いやはや、その体力は若さだねえ……。
「え、な、何してるんですか。ロイさん」
「おう、ミカか。鬼ごっこだよ」
「鬼ごっこ?」
ミカがロイの後ろを見ると、その後ろからは大喜びでロイを追いかけてくる男児たちが。
「なるほど、そういうことでしたか」
「おう。そういうことだ」
「実はロイさんに用事があって来たんですけど……。鬼ごっこ終わりそうですか?」
「うーん。よく分からん。ってか用事って何だ? 魔法か?」
「はい、教会の地下から魔導書が見つかったのでロイさんなら読めるかな、と」
「……教会の地下から? それ部外者の俺に見せるのは辞めておいたほうが良いんじゃないか」
「こんな辺境の地まで教会の手が伸びることなんてありませんから、大丈夫だと思うんです」
ミカが笑いながらそう言った。
意外と大胆ね、この子。そんなことを思っていたら横から強い衝撃が。
「捕まえたー!」「やっと捕まえたぞー!」
「あ! ミカさんだ!」
「「「こんにちは」」」
流石は教会のシスターか。子供たちはロイを捕まえていたというのにミカを見るとすぐにロイから離れて挨拶していた。
「はい。こんにちは」
ミカもそれに笑いながら返す。村の中には教会の力が強すぎて、教会関係者を恭しく扱う村もあれば、逆に教会関係者を排斥するような村もある。それらの事例を知っていれば、この村はわりと良い関係を結んでいると言えるのではないだろうか。
「捕まったから、鬼ごっこはまた今度な」
「えー!」「何で!!」
「教会が俺に用事があるみたいなんだ」
「「「そっかー」」」
子供たちは教会というワードを出した瞬間に、一気に諦めた。村長の件と言い、この村の子供たちは本当に素直に育っている。
「じゃあな。また遊んでやるから」
そう言ってロイはミカと一緒に教会に向かう。
「子供たち、あんなに喜んでいるのを見るのは初めてかも知れません」
「そうか? 子供なんてどこでもあんなにはしゃいでるもんだと思うが」
「いえ。やっぱり年上の男の人が欲しかったんでしょう。ほら、お兄さんってやつです」
「兄、ねえ」
「ええ。精神的支柱って言うんですかね。あるのと、無いのではやっぱり違いますよ」
「……そうか。そういえば、眼の調子はどうだ?」
「全然大丈夫です! まったくの快調ですよ!!」
「そうか。それなら良かったよ」
治癒魔法は人体の構造を正しく理解していなければ、使うことなど出来ない。だから治癒師は数が少なくその需要に対して供給が追い付いていない。治療とは超高度技術が必要なのだ。だから、治癒師からは莫大な料金を請求されることが往々にしてある。
だが、ロイは戦場で地獄を見てきた。
腕を無くし、足を無くし、腹に穴をあけて、それでも“魔神”の一軍に向かって攻撃を絶対に止めること無かった兵士たちを見てきている。痛みに歯を食いしばり、泣き言一つ漏らさず、故郷に残した家族のために敵を倒し続ける。そんな男たちを見て来たのだ。
そんな地獄を見てきたロイには、傷ついている人たちをどうにか治療してあげたいと思ってしまう。
「それで、魔導書ってどんなタイプだ?」
「タイプ……?」
「ああ、そこからか。じゃあ良いよ。見てみるよ」
とは言ってもあくまでもロイはちょっと魔法が得意な少年だ。別に魔導書の専門家でも何でもない。だから分からないかも知れないとは思ったが、この村の中で魔導書に詳しいのは間違いなく自分だろう。
「こっちです」
昼下がりということもあって、教会の中には暖かく穏やかな光が差し込んでいた。小さな教会ではあるが、流石はデルス教の教会と言ったところか。しっかりとした作りをしている。
そんな中をミカに言われるがままにどんどん奥へと案内されると、地下室へと入っていく。ひんやりとした空気が心地良く、2人を出迎えた。地下には書庫があるのか、いくつも石板が置いてある。
流石に紙の本なんていう高級品は無かったが。
「この部屋です」
「おう」
ミカはそう言ってとある地下の一室にはいると、蝋燭を木の机の上においた。ぼんやりとした光が石の部屋を照らす。
「んで、どこだ?」
ロイがそう尋ねた時ガチャ、という音が部屋の中に響いた。
「……鍵を、かけました」
「…………何で?」
「この部屋は、地下室ですので上に音は漏れません」
「……………………」
「あ、あの……」
「なんだ」
「シスターから、治癒魔法が一体どれほどのものかを聞きました」
「そうか。勉強が嫌になったのか?」
ロイが言うと、彼女は首を振った。
「違うんです。治癒魔法に幾らかかるかを、シスターから聞いたんです」
「あー……」
「そんなお金、私には払えません。だから、こうして」
ミカはそこで僅かに言葉に詰まった様だった。
「こうして、支払おうと思ったんです」
そういって、自分の胸に手を当てた。