第6話 最強、教師が板につく
教師生活に思わぬ快感を見出し始めたロイだったが、ふとあることに気が付いた。
つまり、『俺、めっちゃ働いてない?』ということである。
しかし、その問いかけには自分の中ですぐに答えが出た。
元々、スローライフが送りたいだけだからこれで良いじゃん。と。
別に誰かのためにあくせくと自分をすり減らしているわけではない。
ただちょっと得意な魔法を教えてくれと言われて教えているんだからむしろ願ったり叶ったりじゃないか。
そうだ! 教えてあげるかわりに野菜とかを貰おう。
うん。それが良い。街だと魔法使いの教師なんてめちゃくちゃ高給取りだがそういう生き方が嫌でこっちに来たんだから、それくらいやっても許されるだろう。
「というわけで食べ物が欲しい」
ぐだぐだ言うよりも素直に伝えたほうが良いと思ってロイがそう言うと、
「え、別に良いけど」「魔法教えてもらってるしねー」
「うん。私たちが何も返さないってのはね」「食べ物だけで良いの?」
辺境の村でのんびり暮らし来てた彼女たちはそんなロイの言葉に「え、それだけ?」みたいな感じで返してきた。
田舎暮らし最高。
「見てみて! 浮いたわ!」
そんな中、1人外れた方で練習していたラケルが嬉しそうにやって来た。
まだ数分と経ってないけど、お前魔法上手すぎじゃね?
「おおー。やるじゃないかラケル」
「次は火を出しながら飛ばせばいいのね!」
「そういうこと。けど、それは危ないから……。よし」
ロイは木の枝を20mほど先に投げ飛ばす。飛んでいった木の枝はそのまま弧を描くと、地面に突き刺さった。
「……へ?」
「あれを的にして火を当てると良い」
「ちょ、ちょっと。今の何?」
「何って、木の枝投げただけだが」
「何で木の枝投げたら地面刺さるのよ! 地面って言っても土よ、土!」
「まあ、細かいこと気にすんなよ。さ、練習だ。練習」
「……納得いかないわ」
しかしロイは完全に答える気が無いらしいのでラケルは不満げに顔を曇らせる。そして彼女はロイのジェスチャー通り手元に火を作ると、それを木の枝に向かって移動させた。
「……遅いわね」
ふわふわ浮かぶ火の球ではゴブリン1匹殺せない。
「火の塊を投げるイメージでやって見ると良い」
「やって見る」
そう言うと、ラケルが生み出した火はぽーんと綺麗に放物線を描いて飛んでいった。しかし、惜しい事に枝には当たらない。
「……次は弓でやってみるわ」
ラケルはそう言って、手元に火を産み出して何も無い空中で弓を弾く構えを取った。
「お?」
その瞬間、手の平に生み出された火は球から矢の形へと変化していく。そして、ラケルが手を離した瞬間に一直線に放たれると木の枝をわずかに掠って地面に刺さった。
「惜しかったわね」
「ラケル……。今のは『ファイヤ・アロー』つって初心者卒業レベルの技だぞ」
「ほ、本当? い、いや騙されないわよ! そうやって私を煽ててるんでしょ!」
「いや、別にそういうわけじゃないんだけどな……」
しかし、彼女には才能がある。
「じゃ、じゃあロイはこの魔法使えるようになるまでどれくらいかかったのよ!」
「……急にどうした?」
「だ、だってそうやって煽てられると不安になるっていうか……」
「いや、俺は天才だから聴かないほうが良いと思うぞ。モチベ下がるって」
「良いじゃない。教えなさいよ」
「生まれた時から」
「……は?」
「いや、なんか生まれた時から感覚的に魔法使えるんだよ。俺」
「……聞かなきゃよかった」
「だから言ったのに」
しかし、同じ生徒同士ならまだしも教師と生徒の話だったからかラケルはモチベーションを落とさずに魔法に打ち込み始めた。今度は『ファイア・アロー』の精度を高めようと狙いを付けている。
ここまではロイのサポートだが、ここからは自分の気づきに任せよう。
時々爆発を交えながらも、ラケルに追いつくようにライネとメルが『ファイア』を使えるようになった。
「で、出来ない……」
そして1人残されたアイリががっくりと肩を落とす。
「ま、まあ向き不向きはあるからな。うん」
そう言ってロイはアイリの肩にぽんと手を置く。そんなロイに半泣きのアイリが振り向いた。
「ロイっちー」
「その呼び方はどうなんだ。俺は一応教師で……」
「魔法が出来ないよー!」
「出来るって、ほらほら」
アイリを起こして、背中をさするようにロイがぽんと手を置いた。そして、彼女に悟られないように体内の魔力量を一時的に調整する。つまり、アイリが必要以上の魔力を使わないように体内にとどめておくのだ。
「これで魔法を使ってみな」
「う、うん」
こんなことが出来るのは魔力を魔力のまま扱えるロイくらいのものだ。
この力は子供を持つ貴族たちからすると垂涎の代物なのだが、そんなことを知らないアイリはベソをかきながら、魔法を使った。
ぼっ、と音を立てて空中に魔法が生まれる。
「あ、で、出来たよ!」
「今の魔力量を覚えてるか?」
「う、うん」
「もう一回やって見ろ」
「分かった」
アイリは同じようにして魔法を使うと、今度は爆発を起こさずに手元に火が灯った。
「ろ、ロイっち~! 出来たよぉ~!!」
「じゃ、次に行こうか」
「早いって~!」
とか何とかいいながら必死に木を持ち上げようとしているライネとメルの中に進んで入っていくあたり、魔法が使える様になってテンションが上がっているのだろう。テンションに任せて新しいことに挑戦しようとするのは大事である。
「さて、次はミカだ」
こちらは目が見えるようになってからというもの、久しぶりに見る景色が面白いのか様々な場所に駆けている。元気なのは良い事だが、そろそろ治癒魔法を教えよう。
「おーい! ミカー!!」
「はーい!」
声をかけると森の中からひょいとミカが顔を出す。シスターがあんなにお転婆で良いのかと思わないでもないが、4年ぶりに見る景色にテンションが上がる気持ちは分かるので何も言わない。
「そろそろ魔法を教えるぞー!」
「はーい!!」
ということで同じようにミカにも魔力を感じさせるところから始まるのだった。
魔法に近道なんて無いからね。
そんなこんなで魔法を教えていると、日が傾き始めた。
「もう日が暮れるから今日の練習は終わり!」
「「「「ありがとうございました!!」」」」
ロイの言葉に声を合わせて一礼する少女たち。
暑苦しいなぁ……。
「また明日も練習したい者はここに来ると良い。そうじゃない者はそうじゃない者でまた教えるからいつでも来てくれ。かいさーん!」
ロイはがやがや言いながら帰路につく少女たちを見ながらえも言えぬ達成感に身を包んでいた。
「決まりましたか? お兄様」
「何が?」
「何がって長老とのお話ですよ」
「……あー」
「もしかして忘れてたんですか?」
「いや、覚えてたけどさ……」
「てっきり私はもうあの5人に行くもんだと思ってましたけど」
「本人たちの意思を無視するのはどうなんだと思っちまうんだよなぁ」
「何を言ってるんですかお兄様! 最強のお兄様の側にいられるんですよ! それ以上の幸せなんてあるはずないじゃないですか!」
「俺の側にはお前だけいれば良いよ。マイシスター!」
「お兄様!!」
そう言ってひしっと抱き合う2人。
ツッコミがいないと無限にこんなことをやっていたりする。
「何やってんの」
しかし、今回はそうはいかなかった。
「何だ? ラケルか。帰ったんじゃないのか」
「ちょっと聞きたいことがあって」
「何でも聞いてくれ。俺が知ってることなら何でも知ってるぞ」
「……うん? うん、まあそうでしょうね……。ねえ、ロイってあの戦争にいたの?」
「『魔神戦役』か?」
「そう」
「いたけど」
別に隠すようなことではないのでロイはそう言った。別に珍しい話じゃない。戦えるものは誰でも良かったのだ。それが年端の行かない子供であっても、魔法が使えるのであればそれで良かった。それだけの話である。
「ねえ、どこに居たの?」
「最前線」
「……その、ダレンって聞いたこと無い? フィニスの村のダレンって」
「父親か?」
ロイの問いかけにラケルはこくりと頷いた。
「悪いが、無いな」
「……そう。うん、ありがとね。また明日」
「ああ、また明日」
そう言ってラケルはみんなの後を追いかける様にして去っていった。
「何でいま嘘をついたんですか? お兄様」
「知らなくても良いことは、あるだろうさ」
やはりこの妹は敏い。こちらの機微を的確に穿ってくる。
「……そうなんでしょうか」
「そうだとも」
ましてや、それが遺志を託されたのであればなおさらのことだ。