第5話 最強、治癒魔法を使う
その後も順調に魔法のレッスンは続く。ライネ→メル→アイリの順に爆発させると、ロイはそのたびに4人を抱えて移動する。もちろん、発生した爆発が周囲に被害が及ばないように箱の中に閉じ込めてから安全に消滅させるのも忘れない。
ばらけさせても良いが、もし誰かが爆発の範囲内に入っていた時に助け出すのに手間がかかるので側に置いたほうがロイとしては安心だ。
「ミスは気にせずどんどん魔法を使っていけ」
「は、はい!」
「何かあっても俺がいるから大丈夫だ」
「はい!!」
一度助けたという結果が残ったのはロイにとっても彼女たちにとっても僥倖だった。何しろどんなミスをしてもロイがカバーしてくれる。カバーしてくれるならミスを許容して練習できる。そして練習出来るなら上達も早いのだ。
さて、しばらくは彼女たちの自主性に任せるとしてロイは端のほうで待機しているミカの元に向かった。彼女は目が見えない分、耳が良いのかロイが近づくとすっと立ち上がった。
……え、おっぱいでかくね?
目が見えないことを良い事にチラリと確認。何だか妹の方から凄い殺気が飛んできているような気がするのでロイはそれより見るのをやめて、ミカに話しかけた。
「待たせたな」
「いえ、大丈夫です」
「治癒魔法についてだけどな、お前にとって悪い話と良い話と2つあるんだ」
「2つ、ですか?」
ミカは可愛らしく首を傾げる。
あざとい。けどそれが良い。
「ああ、2つだ。まずは悪い話からする」
「あ、そ、そっちからですか」
「まず治癒魔法だが、これは人体の構造を知る必要がある。だから、目が見えないお前には使えない」
「えっ……」
ミカはロイにそう言われて、目に見えるほどに驚いた。それこそ、その場に倒れ込んでしまうほどに。だからロイは、倒れこむミカの身体を途中で支える。
「良い話もあるって言ったろ」
「け、けど……魔法は使えないんじゃ……?」
「ここで2つ目。お前の目は治る」
「治るって……?」
「目が見えるようになるってことだ。ちょっと目隠し外すぞ」
「あ、はい」
ミカが目元にしていた包帯をロイは外すと、一言謝って瞼を指で広げた。
そこには何も無い空洞が。
「この処置は誰が?」
「シスターにしていただきました」
「君のほかにもシスターが?」
「はい。私の母です」
「そうか」
あれ? デルス教って婚姻OKだっけ?
と思っているとミカはさらに続けた。
「私は赤ん坊のころに親を2人とも無くしているのでシスターが母なのです」
「ああ、そういうことね」
「その……。処置がどうしたのでしょうか」
「いや、ちゃんと傷ついた眼球を取り除いていると思ってな。失礼だがシスターに従軍経験があるんじゃないのか?」
「……詳しい話は聞いたことが無いので分かりませんが、この村は最前線に近かったのでもしかしたらあるかもしれません」
「よし。これなら簡単だ」
ロイは同じように手元に魔力を集めると、眼球の構造を脳内で参照。ミカの閉じた瞼の上からそっと指でなぞると、彼女の眼窩に魔力が留まり形質変化を起こし始める。そして、ロイが指向性を与えると魔力が渦巻き変化。どろりと肉が渦巻いて彼女に目に瞳が出来る。
魔力から固体への形質変化は最上位魔法。これも魔法をかじった者がいるのであれば腰を抜かすほどの異次元レベルの魔法だがここに居るのはそんなことを微塵も知らぬ者たち。
そちらの方がかえってロイもやりやすい。
「さて、ここで俺からのプレゼントだ」
「プレゼント、ですか?」
「目の色、何が良い?」
「……青が、良いです」
「分かった」
あとはわずかに色素を調整してやるだけで、ほら完成だ。
「ゆっくり目を開けるんだぞ。久しぶりの光だからな」
「……はい」
ロイの指示通り、ミカはゆっくりと目を開く。そして、まずロイの顔をみてその後ろにいる魔法を練習している少女たちを見て、ゆっくりと空を仰いで青空を見た。
「どうだ? 見えるか?」
「……はい。見えます。ちゃんと、見えます」
そう言うと、ミカの瞳からゆっくりと涙があふれ始めた。彼女にとって4年ぶりとなる光は、二度と手に入らないと思っていた物だったから。
「ありがとう……ございます。ありがとう、ございます」
何度も感謝の言葉を口にしながらロイにもたれかかってくるミカを見ていると、悪い気分はしない。
やっぱり人を助けるのは最高だぜ!
「あ゛っーーー!!!」
ちょっとロイが良い気分に浸っているとクッソ汚い悲鳴と共にアイリの魔法が暴走。ため息をつく間もなく、ロイは少女を救出した。
「で、出来た!」
やはり、というべきか4人の中で魔法に関して高い適性を持っていたのはラケルだった。彼女は手の平の5cmほど上に炎を灯してロイのほうを振り返る。
「上出来だ」
時刻は既に太陽が空高く昇っている頃合い。練習を始めてから2時間、いや3時間近くは経っているだろう。飲みこみの早い者なら、そろそろ魔法を使える頃になってくると思っていた時間だった。
「よし、ならラケルは別のカリキュラムに移るからちょっとこっちこい。3人は安定して使える様になるまでそこで練習しといてくれ」
「「「はい!」」」
ということでラケルをつれて端のほうにロイは移動。森の中から拾っていた木の枝を取り出す。
「実は攻撃魔法って簡単なんだ」
「え、そうなの?」
「ああ。攻撃って現象だろ。ああいう一瞬だけこの世界に現れるものを作るのが魔法だと2番目に簡単なんだよ」
「1番簡単なのは何なの?」
「元からあるものを使う魔法だ。桶にはった水を回転させたり、空気を移動させて風を起こしたりな」
「へえ、じゃ逆に一番難しいのは?」
「物体を作り出す魔法だ」
「そういうのもあるの?」
「ある。例えば、こういう感じにな」
そう言ってロイが手を掲げると周囲の空間がぐるりと渦巻いて水の塊が作られた。
「喉乾いただろうし、飲むか?」
「ちょうだい!」
ということで生み出した水を半分に分けると、ロイはラケルの口元に持って行く。
「そのまま吸えば飲めるから」
「こ、こう?」
宙に浮いている水の球に口を付けてラケルが水を飲む。
「おいしい」
「だろ? この魔法によって生み出した水は普通に飲める水だ。こういう魔法は難しい」
「なるほど」
「けど出来ない訳じゃない。練習すれば誰だって出来る」
「私にも?」
「むしろ人間の俺より得意なんじゃねえかな」
「やる気出て来た」
「そりゃあいい。ちょっと話が脱線したけど、1番簡単な魔法は元からあるものを動かすような魔法だって言ったろ?」
「そうね」
「だから、桶の水をぐるぐる回すように、お前が手元に生み出した炎を別の場所に移動させるってのはそう難しいことじゃねえんだ」
「な、なるほど」
「とは言っても、いきなり火を出しながら移動させるってのは酷だからな。ほいこれ」
「木の枝?」
いきなり枝を手渡されたラケルは困惑。これから何をするというのだろう。
「これを移動させろ」
「ど、どうやって?」
「魔力の手で持ち上げるイメージだ」
「やってみるわ」
ということでこっちはこっちで練習開始。けど、こちらはそう難しくはないだろう。一度魔法の感覚を掴んだ彼女なら数十分もあれば物にするはずだ。しかし、その間暇なのでミカに魔法を教えてやるか。
人知れずロイの心は高揚していた。
教師、案外楽しい。