第4話 最強、魔法を教える
翌朝、家の扉を叩く音でロイは目を覚ました。
「ロイっちー! 朝だよー!!」
「うんにゃ……」
「おはよー!!!」
このクソデカい声は……アイリか。
閉め切っていた雨戸を開けると、太陽の光が燦々と差し込んできた。既に日が出てから時間が立っているらしい。ちょっと寝すぎた。
「起きてるぅ!?」
「起きてるよー。今開けるから……」
そう言って階下に降りて、扉を開ける。鍵をしていたから良かったけど、鍵がなかったら家に上がり込んできそうな勢いだな。そんなことを思いながら扉を開けると、
「みんなロイを待ってたんだ!」
先頭にラケル、そしてアイリ。その後ろに10数人ちかい女の子たちが。
「男ね」「男だね」
「これが男? 初めて見る」
「アンタんとこおじいちゃんがいるでしょ」
「そうだった」
口々に好き勝手なことを呟く女の子たちを見ながらロイはポツリと呟いた。
「何これ」
「ロイが魔法使えるって言ったら、魔法を使えるようになりたい子たちが集まってきた」
「……そうか」
……そうなるのか。
想像してよりも大ごとになったことをロイはその時初めて把握した。
「ちょっと待ってよ。サラを起こしてくるから」
「なるべく早くね!」
ということで半分眠っているサラを抱きかかえて、魔法が使える場所に移動する。初心者の魔法は暴発しやすい。広いところが必要だ。
という旨をラケルに伝えると、村の外に広い場所があるからそこなら大丈夫という話になって、数分歩いて集団で移動。
老人たちは奇妙な顔をしながら、それでもロイの顔を見てみな頷くのだ。まるで、これでこの村は大丈夫だと言うように。
そういう期待をかけられるとやり辛いんだよなぁ……。でも、そんな期待を乗り越えてこそって思うとやる気に満ち満ちてくるぜ。
「お兄様って無駄に熱血ですからね」
「よく分かったな妹よ」
まったくー、付き合いが長いとすぐに心の中を読まれちゃうゼ☆
「ここならどう?」
ラケルが案内してくれたのは、森の入り口付近だった。フィニスの村までそれなりに離れているし、森に入っていないので無駄な障害物もない。
「うん。ここなら良いだろう」
「じゃあ、私たちに魔法を教えて!!」
ロイが頷いた瞬間に彼は複数人の女の子に詰め寄られる。小さいころから戦場の中にいて女慣れしていないロイはその圧に思わず声を漏らして心臓を落ち着けるために数回深呼吸。
あ、良い匂いがする……。もうちょっと深呼吸しようっと……。
「ロイ?」
「いや、何でもない。大丈夫だ」
ありのままに話したら変態じみているのでそっと心の奥にしまい込むロイ。唯一何をしていたのかを理解したサラはジト目でロイを責める。
許して、お兄ちゃんも男の子なのよ……。
「じゃあ、さっそく魔法について教えていくが……。お前ら、どんな魔法が使いたい? じゃあラケル」
「狩りが楽になる魔法」
「もっと具体的に」
ロイの言葉にラケルは考え込んだ。
「うーん。矢を使わなくても放たれたところから獣を仕留めれる魔法、とか?」
「うん。それくらい具体的な方が良い。君は?」
目の前にいた別の少女に尋ねる。
「私は洗濯が楽になる魔法が使いたいわ」
「具体的に」
「そうね……。井戸から水を汲みださなくても、水を出せるだけでも随分楽になるの。そういう魔法は無い?」
「ある。それくらい具体的なほうが良い」
「君は?」
「私は農作業が楽になる魔法が良いなー。土を耕すのとか、水やりとかが楽になる魔法」
「工夫すればそういうのもあるぞ」
「「「おおー」」」
どよめく一同。
「あ、あの……」
そんな中、1人の少女が手を上げた。
「どうした?」
「そ、その怪我とか……病気とかを治す魔法が使いたいです……」
そう言ったのは、ロイと同じように目元を隠した少女だった。しかし、着ている服はデルス教のもの。デルス教は王国内で最も力を持っている宗教団体だ。どの村にでも1つ教会を持っており、王国民が5つの時に『才覚の女神』による才能を調べるのも彼らの仕事の1つである。
他にも村人の戸籍の管理などを受け持つ。この国には必要不可欠な存在だ。
「君は目が見えないのか?」
「……はい」
「そうか。他にも治癒魔法を習いたいものはいるか?」
ロイの言葉に手を上げる少女たちはゼロ。
「分かった。なら後で教えてあげるよ。君、名前は?」
「み、ミカです……」
「そうか、悪いんだけどちょっと休んでてくれ。何しろ教師が2人しかいないもんでな」
「は、はい。大丈夫です」
ミカはそういって不器用にほほ笑むと、杖を突きながらミカは端の方に行った。
「あの目は生まれつきか?」
ロイはラケルに尋ねる。
「ううん。4年くらい前に村の中に魔物が入ったことがあって」
「やられたのか」
「そう」
「分かった」
ロイは頷くと、目の前の少女たちに集中することにする。
「よし、攻撃魔法と生活魔法に分けるぞ。狩人や魔物狩り用の魔法を使いたい奴は俺の方に、洗濯や料理などの魔法を使いたい奴はサラのほうに集まってくれ」
そういうと少女たちはワイワイ言いながら2つに分かれる。さて、ロイの方にきた少女たちはなんと4人。残りは全員サラの方に行ってしまった。
「……狩人ってこれだけしかいないの?」
当然ロイの方にきたラケルに問う。
「ううん。年上の人たちもいるけど全員ここに来たら誰も魔物を狩る人がいなくなるから」
「ああ、そういうことね」
ロイはごほんと、咳払いすると胸を張った。
「俺が魔法を教えるロイだ。よろしく」
「「「「よろしくお願いします!」」」」
ロイの挨拶に気合を入れて返す少女たち。
うーん、体育会系……。
「ラケルとアイリは自己紹介が終わってるから良いとして、君たちは?」
「ライネです!」「メルです!!」
元気よく返す少女たち。その声が大きいのなんの。
まあ、元気なのは良いと思うけどね?
「さて、攻撃魔法だが……。理論を説明するより見たほうが速いだろうと思う。少なくとも俺はそうだった」
ロイは手の平を空に向けると、1つ。念じる。
その瞬間、彼の周囲にある魔力が集まると同時に形質変化を起こし炎が灯った。
「「「「すごっ……」」」」
「これが初心者が学ぶべき最初の魔法だ。名前は『ファイア』。まあ難しいこと考えずにぱっとやろう。ぱっと」
ロイはそう言って手の平にある炎を消す。
「さて、ぱっとやると言っても難しいと思うからまずは魔法の使い方を教える」
「「「「お願いします」」」」
なんだろう。この軍隊みたいなノリ。
こういうのが嫌で騎士団に入りたくなかったんだけどなァ……。
「誰でも良い。最初に魔法を使いたい奴、手を出せ」
「「「「はい!!」」」」
仲良く4人同時に手を出す少女たち。
「じゃあ、それでいいや。なら、目を瞑れ」
ロイの言葉にみんな揃って目を瞑る。
……自分の指示に何も考えずに周りが従うのって面白いな。
そんなことを思いながらロイは手の平に魔力を集める。そして、そのまま維持して少女たちの手の平にそっと押し付けた。
「わっ、なんかある!」「何よこれ?」
「ちょっと先生何当ててるんですか!?」
魔力を押し当てられた少女たちは、きゃあきゃあ言いながら産まれて初めての感覚に困惑する。
魔力を魔力のまま集めるというとんでもない芸当をさらっとやってのけたロイだが、これはとんでもない上級テクニックである。それこそ魔法に特化したという妖精族や森霊族においてもこの技術を持っている者は少ない。
それほどまでに魔力と言うのは扱いづらいものだ。
「魔力だよ」
一度でも魔法をかじった者ならここでロイの技術の高さに舌を巻くところだが、幸か不幸か目の前にいる少女たちは魔法のまの字も知らない者たちである。ロイの技術の高さよりも魔力という存在そのものに注意が向けられていた。
「魔力……魔法の素ですか?」
「そうだ。魔法は何でもかんでもこの魔力を素にしている。んで、これが君たちの体内にもあるはずだ」
「ええ?」「ないっすよ!」
「ある。絶対にある。体内に目を向けてみろ」
そう言うと、少女たちは黙り込む。サラの方でも同じような説明をしているが彼女はまだ魔力を魔力のまま集められないので説明に苦労しているみたいである。あとで向こうでもやったほうが良いかも知れない。
「あ、ある」
最初にそう言ったのはラケルだった。
「そうだ。それを手の平に集めるイメージを持つんだ」
「う、うん」
ラケルはそう言って体内の魔力を手の平に集める。
「集めたら、さっきの俺の魔法を思い出すんだ」
「わ、分かった」
そう言ってラケルはうんうん唸る。ロイは引火しないように、集めた魔力を拡散する。
「……ッ!」
ラケルが一生懸命に唸っていると、わずかに火花が散った。
「で、出来たっ!!」
反射的に顔を上げたラケルだが、そこにロイはいない。
刹那、爆発的に広がった火花は周囲の魔力を巻き込んで一気に燃え広がる。しかし、その炎はある一点で不可視の壁に阻まれる。いや、壁ではない。炎自体が透明な箱の中に納まっている。
「……初めてにしては上出来だ。ラケル」
果たして、一瞬のうちに4人を抱えて10m以上離れたロイがそう言った。
「……はぇ?」
ラケルたちは何が起きたか理解できずに首を傾げる。ロイはそれに気を留めず、ラケルが生み出した炎を包んだ箱を小さくすることで消滅させた。それを見ながら、ラケルは自分が何をしでかしたのかを薄々理解する。
「い、今のって……私?」
「そうだ」
「ご、ごめんなさい」
「いや、初心者なら仕方ない。攻撃魔法を初めて使うと大体こうなる」
魔力とは爆発しやすい燃料である。それに意志という方向性を与えて、形質変化を起こすのが魔法だ。だが初心者は魔法を使う経験に乏しいため、こうして威力を制御出来ない。
だからこそ、初心者が魔法を扱う際には熟練者が付いていることが望ましい。
「4人とも安心しろ。何があっても俺がついてる」
真顔で言ったロイに、思わずラケルは照れながら、
「あ、ありがとう……」
と、返したのだった。




