第30話 最強、往く
人々は村のど真ん中に設置された巨大なホログラムのディスプレイに注目したまま、何も言えなかった。伝わってくるのが視覚情報だけなので、互いに何を言っているのかを聞き取ることは出来なかったが、カインが月を生み出した時は流石にいくつか悲鳴が上がった。
だが、その後に生まれた真白い光が月を穿った。月はまるで花のつぼみのように柔らかく変形すると、そのまま弾性限界を大きく超えて砕け散る。そして、その後ろに立っていたカインごと光は月を消し飛ばしたのだ!
誰が気が付いただろうか。それはロイが槍を光の速さで投げたということに。投げられた槍は光の速度に達した瞬間に質量は文字通りの無限大となる。
当然、人間の肉体がそこにある限りその莫大なエネルギーに耐えきれるはずもなく。無残に砕け、消えて行く。それは人間を壊すだけでは届かない。生み出された宇宙そのものすらも耐えきれずに崩壊すると、そこにいた外部生命の2つを吐き出して収束した。
「俺の勝ちだな」
「…………あぁ」
ロイは地面に倒れたままのカインを見下ろしてそう言った。カインの奥の手、隠し手を全て晒させ、彼はその上でそれら全てを上回った。
「お前の勝ちだよ」
「じゃあ、立ち去れ」
「……分かってる」
カインは全身の骨が砕け散った中で、何とか治癒魔法を発動させると身体を起こした。いつの間にか、周りにいた騎士たちの拘束も解かれている。
「……撤退だ」
「…………」
カインの言葉に、周りにいた騎士たちはただ黙ってそれに従った。そこにいる騎士たちが束になってかかっても、カインはその場から1歩も動かずに全員倒すことが出来る。なら、そのカインが死力を尽くして戦って、負けた相手に勝てる騎士はこの場にいるのだろうか。
……居るはずがない。
「今からキャンプ地に帰って、北上の用意をしろ」
「了解」
「二度とくんなよー!」
ロイはそう言って騎士たちに手を振るう。服はいつの間にか、いつものぼろ布に変わっていた。
「ノア」
「ロイだっつってんだろ」
「ロイはどうなった」
「…………死んだって言ったよな」
「そうか」
彼は、『勇者』に憧れた少年だった。ちょっと人より魔法が得意で、ちょっとだけ人には無い才能を持った少年だった。あの日、『魔神』が殺された日に彼は後を追うなという約束を破って死に体のノアの前に現れた。
今でも忘れることの無い記憶。
「貴方は僕の憧れです」
と、彼はそう言ってノアの手を取った。彼の特殊能力。それは彼自身が『何かを引き寄せる』。ロイは、戦場において魔力を引き寄せ保存する貯蔵庫として運用されていた兵士の1人だった。
「僕の代わりに生きてください」
彼は絶対に助からない勇者の傷、その全てをその一身に引き寄せてノアの代わりに死んだ。だから、彼が生きた証をそこに残すべくノアはロイになった。
「つまんねえこと聞くんじゃねえよ」
「何。些細なことだ」
カインはそう言って、髪を風にたなびかせた。
「なぁ、ノア」
「だーかーらー」
「妹、大切にしてやれよ」
「……あぁ」
フィニスの村を覆っていた土壁が無くなる。騎士たちが撤退するのに邪魔なので消したのだろう。ぞろぞろと村の中にいた騎士たちが消えて行く。
「それで話は変わるけどな」
「あ?」
さらっとカインがロイに向き直った。
「イズがどうなってるか知ってるか?」
「どうなってるって、変なこと聞くな。『西方戦線』で戦ってんだろ?」
「アイツはお前を殺した後、重度のPTSDになってな」
「……うん?」
そうだったのか。それは知らなかった。
イズ――『賢者』は王都の孤児院出身の少女だった。彼女の要請で、王都にある全ての孤児院は『魔神戦役』の最中にあっても、多大な便宜が図られて生活に何一つ苦労することは無かったという。
『勇者』暗殺計画で、孤児院を人質に取られたのだろう。2年ともに旅をしたとしても、結局のところロイとイズは他人だ。家族と、仲間。その天秤の傾きは、家族に傾いただけなのだろう。
だから特にそれを責めるということは無い。
出来るのはあの時『勇者』である彼に全てを力がなかったことを悔やむことくらいだろう。
「それで魔法が1日に3回しか使えなくなった」
「どういうことだ?」
「どういうことも何も無い。魔法を使う度にお前が死んだ光景が何度もフラッシュバックするらしい」
「そっかー」
急にそんなことを言いだして、どうしたのだろうか。
「それとな、お前に1つ良い話がある」
「良い話?」
「ああ。『魔神戦役』が終わって5年が経つが、社会不適合者が増えている。戦うしか能のない連中がごまんと溢れかえっているんだ」
「はぁ……」
カインの言葉はいまいち要領を得ない。
「それに加えて、そう言った奴らの略奪・強盗事件が王国内では頻発している。みな、戦う場所を求めているんだ」
「それで……?」
「つい昨日だ。『魔神戦役』の生還者全てに『西方戦線』へと向かわせる特別法が成立した」
「はッ!?」
カインはそういって胸元から法律が記された羊皮紙を取り出してロイに投げてきた。
「……マジだ」
上から下までしっかり読んだロイはぽつりとそう言った。
「それでだ。ロイ」
その名で彼の名を呼び、カインはにっこり笑った。
「お前は生還者だろ。『西方戦線』に往くぞ」
「待て待て。いきなり言われても準備が整ってない……」
「いきなり決まったからな。『西』は手ごわいぞ」
「手ごわいって……」
「魔物たちが『禁術の異界共鳴』なる技を生み出して、新しい『魔神』を顕現させようとしている噂もある」
「まじで言ってんのか……」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。お兄様!」
2人が喋っていると、サラが突然割り込んできた。
「おう。サラか。無事だったか?」
「無事だったか? じゃないですよ! なんであんなに死闘を繰り広げておいてそんな平然と喋ってるんですか!!!」
「え? まあ、兄弟喧嘩みたいなもんだし」
「ああ。俺とノアが戦うのはこれが初めてじゃないんだ」
「え゛!?」
「ちな、俺が9割勝ってる」
そう言ってロイがドヤ顔。
カインは「ああ、そうだ」と言って懐から2つ目の羊皮紙を取り出した。
「特に『最前線』にいたロイには特別に最前線に往けって指令が出てるから」
「まーじで言ってんのかよ……」
「ね、ねえ。ロイ。行く気なの……?」
ずっと後ろに座っていたラケルがそう言って、ロイを見た。
「ん? ああ、勿論。だって全部狩りとれなかった俺の責任だからな」
「ご一緒します!」
サラはノータイムで手を上げてそう言った。ロイは彼女の頭を数回、なでるとほほ笑んだ。
「ありがとうな」
「な、なら私も一緒に往くわ!」
「何でぇ」
「だ、だって。まだ魔法全部教わってないし……。それに……お父さんのことで聞きたいこともあるし……」
「じゃ私もついていきたい!!」
「アイリ、お前まで……」
先ほどまで地面に倒れ込んでいたアイリがそう言った。
「だって強くなれそうじゃん?」
「……んー」
まあそれは否定しないが……。
「この人は嫌いだから一緒にはいたくないけど、ロイがいれば良いでしょ?」
この人、と言いながらカインを指さしたアイリ。それに微妙そうな顔をするカイン。
「『勇者』殿」
「……長老」
ふと後ろに立っていた長老がロイを呼んだ。
「長老、この2人を止めてください。『西方戦線』は俺1人じゃどうにもできませんよ」
「……それもまた、経験です。本人たちが行きたいと望むのです。子供じゃない。野垂れ死のうか、殺されようが全ては本人たちの責任です」
「しかし……」
「勇者殿、ここはどうか……」
そう言って長老は深く頭を下げた。あの長老がここまで深く頭を下げているという行為にロイは息を吐いた。
「顔を上げてください」
ロイの言葉で長老が顔を上げた。
「分かりました。何とかしますよ」
「…………ありがとうございます」
ロイは長老の手を握って、しばしの別れと再会を約束した。
「よし、往くぞ」
ロイは笑う。
「1週間で終わらせてやる」
これは姿を消した英雄の物語。
『勇者』亡き世界で、『勇者』の代わりを求める世界にその手を優しく差し伸べる、無貌の英雄。その物語であるッ!
【完】
後書きは活動報告にて!




