第3話 最強、魔術について絡まれる
「どこまで本気なの?」
「何が?」
長老からの案内を受けたラケルが、村の端っこのほうにある家まで案内してくれると言ったのでそれについていく。すると、途中でそう声をかけられた。
「ほら、あの長老の話」
「3人口説けってやつか」
「そう」
ロイは肩をすくめる。
「どこまでも何も俺は大真面目だよ。男がいなくても困ってるんだろ? んで、俺が頼まれたんだ。やるべきことはやる」
「そ、そうなんだ……」
「とは言っても、まずはこの村で暮らしていくためのもろもろを用意しておかないとだな」
後ろから神妙な顔をして着いてくるサラのことを心配そうに振り返りつつ歩いていると、前を歩いていたラケルにぶつかった。
「んお」
「どこ見て歩いてるのよ」
「悪い」
「良いけど……。長老はこの家を使えばいいって」
「おおー。これが俺たちの新しい家かぁ……」
見た感じでは普通の一軒家である。何もおかしなところはない。しかし、新しい家とは言ってもこの村ではとうに使われなくなった家である。見た目はそれなりだが、中は一体どうなっているんだろうか?
ラケルは案内のついでに家の整理を手伝うようにという指示も受けている。本人はすっげー嫌そうな顔をしていたけど、長老の頼みということもあって素直に受け入れていた。
ロイが見るにあの長老は相当頼りにされているのだろう。だからこそ、嫌な指示であってもラケルは従うのだ。
ロイ達がつかう廃屋は廃屋の中でも比較的マシな家を選んだとサラが言っていたが、確かに目の前にある家は綺麗だった。見た目は。
けどなぁ、使われなくなった家は痛むのが早いって言うしなァ……。
とはいえ入らないと何も始まらない。扉を開けていざ、突撃ィ!
「ゲホゲホッ! なんだこの埃!」
「結構長い間窓開けてなかったから」
「窓だ。窓を開けよう」
「わわっ、暗い! お兄様どこですか!?」
「どさくさに紛れて抱き着くんじゃない。お兄ちゃんこける所だったぞ」
大騒ぎしつつラケルが窓をオープン。ついでロイとサラがあけて風通しがかなり良くなった。光が入った部屋の中を見ると、放置されていたというのに案外悪くない。床板も腐っていないし、家具もかなり良い保存状態だ。
「よし、サラ。風で埃を払ってしまおう」
「はい! お兄様!!」
ラケルはそれに頷くと、目を瞑って右手と左手を組んだ。それが彼女のルーティーン。
「『風よ』」
サラの呼びかけによって、彼女の周囲に散らばっている魔力が形質変化を起こして風になる。ぶわり、と周囲の埃を巻き上がらせるとラケルはそれに指向性を与えて窓の外に追い出す。
そして、部屋の中から埃が無くなった。
「す、すごい! 今のって魔法!?」
ラケルは目を輝かせてサラに詰め寄った。
「厳密に言えば魔術ですけど、魔法と言えば魔法です……」
「教えて!」
ラケルの急変ぶりに困惑するサラ。
「いえ、この魔術はお兄様に教わったものです。魔法を教わるならお兄様から教わると良いと思いますよ」
「ロイ! 私にも魔法を教えて!!!」
「声がでけえよ……」
「教えて!」
態度が急変して目を輝かせて迫って来るラケル。その圧に押し負けたロイが一歩後ろに下がった。
「い、一応な。俺これでも魔法使わない生活45日目なんだが」
「どうして魔法使わないの?」
「便利すぎて一歩も動かずに暮らせるから」
ほぇ~と感激したようにこちらを見つめてくるラケル。
「あのさ、あのさ! 狩りが楽になる魔法とか無いの!?」
「あるぞ」
「教えて!!」
さらにロイに詰め寄ってくるラケル。圧が凄い。
「べ、別に良いけど……。有角族は魔法が得意の種族だろ? そりゃ妖精族や森霊族とかには劣るだろうけど。魔法、知らないのか?」
結局押しに負けるロイ。
困ってる人を見ると放っておけないタイプの悪いところである。
「……魔法が使える人はみんな死んじゃったから」
「あー……。……それは悪い事聞いたな」
「良いの。仕方ないから」
「この家が片付いたら教えてやるよ」
「本当!? じゃあ今日中に片付けるわ!!!」
「変わり身早いな、お前……」
ということでめでたく弟子2号がここに誕生である。ちなみに1号はサラだ。
家の中は放置されていたとは言え、元々綺麗好きな人が住んでいたのだろう。ものの数時間で家は綺麗になった。しかし、既に時刻は夕方。太陽は西の彼方に沈んでいく。
「ありがとう、ラケル。今日は色々世話になった」
「良いのよ。それより、本当に魔法を教えてくれるんでしょうね」
「疑り深いな……。いいよ、明日から教えてやんよ」
「ありがと!」
「良いって」
ロイは照れ臭さを隠すようにそう言った。
「あ、そうだ。夜は『魔除けの香』を焚くからあまり外に出ないほうが良いわよ。臭いついちゃうから」
「あ、やっぱり焚くんだな」
「そりゃ、ね。村の人数が人数だから焚かないとすぐに村が無くなっちゃうから」
『魔除けの香』とはその名の通り、魔物の嫌がる臭いを出す香のことである。確かにこれを焚くことで、普通の魔物は近寄って来ない。力を持たない一般人が魔物を退けるにはこれ以上ない最適な方法である。
しかし、デメリットとして1つ。この香は臭い。それもとんでもなく臭い。とんでもなく臭いから魔物に効くのだが、この臭いは人にも効くのである。だからこれを焚いたら、屋内に閉じこもってなるべく臭いが入って来ないようにするのだ。
というかそうしないと翌日ずっと鼻について落ちない臭いに苦しめられることになる。
「ラーケールー!!」
今日はここでお別れと言うムードを出していると、ラケルの名前を呼びながら少女がこちらに走ってやって来た。
「知り合い?」
「この村は全員知り合いよ」
ロイの問いにラケルはため息交じりに返してきた。
「男が来たんだって!?」
やって来た少女はラケルと同年代か。くせっ毛が特に目立つ少女である。
よし、髪の毛は覚えたぞ。
「なんであなたはそう落ち着きがないの? アイリ」
「だってラケル! 若い男が来たんだよ!! どこ?」
「ここ」
アイリの問いかけにロイが手を上げて返答。
「うおお! 本物だぁー!! 握手して握手!」
ロイが差し出した手を掴んでアイリは上下にぶんぶん振るう。
君、元気だね。
「名前は? 私はアイリ!」
「俺はロイだ」
「ロイっち! よろしく!!」
ロイっち?
「こっちは俺の妹のサラだ」
「サラちゃんね! よろしく!!」
そう言ってサラとも同じように激しい握手を交わすアイリ。その握手は何なんだ。
「アイリ。凄いことがあるわ」
「なになに? どしたの?」
「ロイは魔法を使えるの」
「えっ! そうなの!!?」
首が千切れるんじゃないかという勢いでこちらを振り向いたアイリ。元気だなー。
「ああ、まあ。一応……」
「凄い凄い! 教えて!」
「良いけど」
「分かった! みんなに知らせてくるね!!」
「は?」
「明日広場に集合でー!」
アイリは言うが早いか走ってどこかに行ってしまった。
「な、何ですか今の……」
まるで暴風雨が過ぎ去ったあとのような静けさの中でサラがラケルに尋ねた。
「あの元気なのがアイリ。私と同じ狩人なの」
「あー……。あれだけ元気だと向いてるだろうな……」
狩人に必要なのはとにかく元気、活力である。日が沈む前に現れたということは、恐らく1日中狩りをしていたのだろう。それでもなお余り余るあの活力。狩人としては素晴らしすぎるほどの才能じゃないだろうか。
「じっと出来ないから獲物には逃げられるけどね」
「魔物狩りなら出来そうだな」
「むしろそっちしか出来ないのよ」
「ま、向いているのがあるってだけで十分だな」
「本人に言ってあげてよ。喜ぶから」
「気が向いたらな……」
そういうことを面と向かっていうのはどこか気恥ずかしい。
「そろそろ『魔除けの香』が焚かれるだろうから、家に入ったほうが良いわよ」
「あー、ちょい待ってくれ」
「どうしたの? まだ気になることがある?」
ラケルは素直な瞳でロイを見つめる。
「俺たち、もう食料が無いんだ」
「あっ」
「だから分けて欲しい」と言う前にラケルは大慌てで食料を取りに言ってくれた。優しい子だ。