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無貌の英雄~魔法も剣技も極めた俺は最強すぎてスローライフが送れません(泣)~  作者: シクラメン


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第29話 最強の決着

 イ=ラルムガラト。それはかつて『魔神』によって眠りにつかされた『古き神々』の一柱だ。かつて南の最果てに生まれ落ちたという彼は、そこに訪れる愚かな冒険者を貪ることで生を得ていたという。


 どうやら『魔神』討伐後に行われた神狩りによってカインに屠られたようだ。


「で、どうだその腕の付け心地は」

「最悪だな。死してなお、俺に語り掛けて来る」

「そうか。カイン、お前友達少ないから友達になって貰えよ」

「ぬかせ」


 天を覆う灰の如き曇天は、海水すべてを含んで今にも雨となりそうな雰囲気をまとっていた。ガヂリ、と音を立てて触手が鱗のように硬質化。カインの右手が籠手ガントレットのように変化した。


「さあ、また踊ろうぜ」


 ロイの言葉にカインが笑う。


 ロイの神速の突きはカインの剣がいともたやすく弾くと、目と鼻の先にまで肉薄していたロイの腹を蹴りが貫く。臓腑をまき散らしながら独楽のように自らの身体をひねった斬撃はカインの防御用の左腕を切り落とすが、カインによって生み出された形質変化の大気が壁となって防いだ。


 ならばと、踏みこみ初撃の切り落とし。まっすぐ振り下ろされたロイの剣はカインの剣が合わせて防ぐ。籠手に覆われた右腕は何事も無しに武器を弾くと大きくロイが上体をそらす。斜めに振り下ろされた斬撃は剣の柄にぶつかって火花と衝撃波を生む。その瞬間に叩き込まれるのはロイの拳。一撃一撃が必殺となる勇者の拳は、鎧を砕くとカインの臓腑がいくつか破裂。口から血を垂らすと、カインが一歩後ろに跳ぶ。ロイは追撃。


 その瞬間に、大気が歪む。目の前に現れるのはカインが生み出した五つの斬撃。


 これはまずいとロイは回避に移行。されど、わずかに遅く同時に現界した五つの剣の三つが剣で食い止められる。だが彼が防ぎきれなかった2つの刃がロイの右腕と、左足を切り落とす。


「腕を上げたな、カイン」

「よくぞ対応したな、ノア」


 それは世界が歪むほどの想像力の果てに生み出される思考の刃。こうしたい、という意志によって形質変化が引き起こされるのなら、ただ思うだけで世界を歪ませ魔法を使える。それが、魔法使いの深奥。騎士の身でありながら、その域に達する人間がこの世に存在できようか。遠く、別世界で見ている騎士たちはそう思う。


 だが、いつかロイが言った。『カインは魔法を使えない』と。偉大なる魔法使いである『賢者』、次いで魔法を得意とした『勇者』と比較するとカインのそれは全くもって魔法と呼ぶにあたわない。


 当然、それをカインは知っている。幾ら自分が王国最強だとはやし立てられていても、自分の力を見誤るようなことは1度としてなかった。自分の力を冷静に見極め、勝ちをつかみ取る。例えそれが、かつての仲間だとしても。


「【権能解放】」


 カインの口から言霊が放たれる。権能解放、それはかつて世界を我が物にせんとした神々の力、その一部を我が身とする究極的な冒涜的行為。カインの詠唱に引かれ、籠手が一際強く光る。それに伴い、カインの神具が解放される。


ドス黒い籠手がわずかに開くと、そこから煌々と脈打つほどに紅い線がいくつも浮かび上がる。その瞬間に、世界が止まった。


イ=ラルムガラトの権能は何も腕を強化する触手ではない。かつて南の最果てに人がたどりつくまでの悠久の時を彼はそこにて一つで過ごした。故に彼の神の権能は、わずかな時を無限に拡張する『時の神秘』。人類には不可能なその芸当は無限に等しい命を持った『古き神々』故の技。


 カインの一歩が止まった時の中で踏み出した。


「……俺の、勝ちだ」


 いかに勇者と言えども、止まった時の中で動くことは出来ない。カインはそのまままっすぐ足を進めると、ロイの目の前で足を止めた。そして、一閃。その一撃で持って、ロイの頭の上半分が消し飛んだ。


 勝ったという感動は無い。やり遂げたという達成感も無い。カインの中にあるのはただ、ようやく殺せたという安心感だけだった。


 だが、本当にそれだけで良いのだろうか。ロイがだらりと晒している口腔を見ながら、カインはぽつりとそう思った。本当にこの程度でロイが死ぬのだろうか。首を切っても死ななかった男が、この程度で……?


 だが、神々の権能はあくまでも借り物。どれだけ心配しても、カインの意思とは無関係に終わってしまう。


 ヒュバッッツ!!!


 止まった時の中で切り裂かれたロイの頭が弾けた。脳が両断され、脳漿をまき散らし、頭蓋骨の破片が飛び散る。ロイの身体がぶらりと揺れた。


「…………」


 勝った。勝ったのだ。

 自分は勇者に勝ったのだ!!


「へえ。凄い力だな」

「……ッ!!?」


 ぶらりと揺れたロイの身体を、しかし彼自身の足が支えていた。


「き、貴様ッ! 何をした!?」


 ゆっくりとロイの頭から上が修復されていく。悪夢を見ているようだった。首を刎ねても死なず、頭を両断しても死なず。


「何をしたかなんて奇妙なこと聞くなよ」


 ロイの頭蓋骨が完成されると、その中を脳髄が満たすと共に眼球が埋まり皮膚が表面を覆っていく。


「『魔神』との戦いじゃ、防御は意味がなかった」


 カインは完全に修復されたロイの顔をみて、一歩後ろに下がった。


「一撃一撃が必殺となるあの場所で、俺達は身体を犠牲にしながら戦ったよな。俺は思ったよ。いつ頭が壊されてもおかしくない。なら、脳をもう一つ作ってしまえばいい」

「……何を、言っているんだ」

「だから、副脳を作った。それだけだよ」

「……そうか。貴様を殺すためには、チリ一つ残さず殺さないと駄目なようだな」

「はは。やれるもんならやって見ろよ」

「勿論だ」


 カインは地面を蹴って飛び上がった。1回、2回と飛び上がる。そして、3回目の跳躍にて、目的の高度にたどり着いた。星の丸みすらを遥かに見下ろし、血液が沸騰しそうになる最中、カインは全力で叫んだ。


「これで最後にしよう! ノア!!!」


 そういって、を使った。


 剣を構えるロイの頭上が暗くなると、そこに現れたのは巨大な質量体。丸みを帯びたその物体を、彼の瞳が捉えた瞬間に大きく揺れた。目が知らせてくれる。直径はおよそ3500キロ、質量は7×10^22。かつてその星に最も近く、数年前まで共にあった天体。


夜空を優しく照らし暮れていた『月』が、ロイの頭上に現れた。


 ドクン、と右眼が激しく脈動した。


「カイン、お前はこの星ごと俺を殺す気なんだな」


 そういって、ロイは右眼にそっと力を注いだ。


「【権能解放】」


 ロイの右眼、そこに眠るはまさに神具。その名を『フォルテナルガの瞳』という。それは月の裏でゆるりと微睡んだ、静かなる神。数年前に、『処女の魔帝(ヴァルゴ)と呼ばれた魔帝を殺した際に勇者たちは月の九割を消し飛ばし、それと共に殺された哀れなる神。


 落ちてなお、自らの住みやすい世界へと地上を『異界』化している際にペルトロとロイに眼を奪われた。


 その権能は全知。全てを知り、全てを知らぬことにできる絶対の瞳。


 そこに相対するのがカインだろうと、月だろうと、絶対なる者の前では一切合切が有象無象に等しい。


 ゆっくりと落ちてくる星を見ながら、ロイは笑った。月は圧倒的な質量で持って、こちらを破壊する。で、あるならばこちらの対応方法は1つ。ロイは手元に槍を生み出すと、深く構えた。


 月を穿ち、その背後にいるカインを貫く。


「ちゃんと、見てるか」


 月の重力圏に引かれ始めた地面が歪なかたちに変わっていく。世界が両側に引き寄せられ、今まで自分たちが立っていた大地が次の瞬間にはただの灰燼と化していく。


「これで、終わりだ」


 そして、全てが光に包まれた。


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