第21話 最強の打ち合わせ
「俺たちがここに来た目的だが、まあ大体わかってるだろ?」
「……ドラゴンか」
「そうだ」
ロイとカインは机上の地図を挟み込むようにして、立っていた。ロイの後ろからそろそろと地図を見るラケルは、地図を初めて見るのか興味深々だ。
「昨夜、村の直上を西側に飛んでいった」
そう言いながらロイは地図の端の方にちょろっと記された、フィニスの村の上から指でドラゴンの進行方向をなぞった。
「ああ、勿論俺たちもそれを見ている。ケイ、お前も昨日見たな」
「ええ、見ましたよ」
そう言ったのは、アキツの国の青年だった。カインの側に置いているということは相当に重宝しているのだろう。強いのか、頭が切れるのか。それともその両方か。
「僕らはこの平原に居たんですけど、ドラゴンはやっぱり西の方に飛んでいきましたね」
そういって、ケイは自分たちが立っていた場所に駒をおくとそこから見たドラゴンの侵攻方向を指でなぞった。ロイの言った情報と共有すると、大体の場所は予測できる。
そして、それから行き着く先にあるのは、
「『天蓋の森』あるいは、その先の『天峰山脈』か……。遠いな」
カインは渋い顔をしてそう呟いた。どちらも並みの人間では入ることも出来ないほどに危険な場所だ。『天峰山脈』を超えた先にあるのは『魔神』がかつて星の在り方すらも変えてしまった『異界』――すなわち『魔界』と呼ばれる別世界だが、流石にここからだと遠すぎる。
あのドラゴンがいるのは間違いなく『天蓋の森』か『天峰山脈』だろう。
「俺は『天蓋の森』だと思うぜ」
ロイはカインの言葉に合わせる様にそう言った。
「どうしてそう思う?」
「昨日、ドラゴンの姿を真下から見た。その時、ドラゴンの身体の下から星が見えたんだ」
「……じゃあ、つまり」
「あれはただのドラゴンじゃない。『屍の竜』だ」
不死と呼ばれる魔物たちがいる。それは、死体に『魔神』の呪いがかかり仮初めの命を吹き込まれた生き物だ。彼らは『魔神』の呪いの通りに、人族だけを襲う。
それだけではなく、生きていたころよりも強化されていることが往々にして少なくない。例えばスケルトン。あれは生前の技術を持ったまま、骨という軽量の存在に生まれ変わっている。
軽いということは素早いということである。しかし、一方で脆い。だが、ドラゴンであるならば。骨そのものがあり得ないほどに堅牢な最強の生き物であるならば、その問題は解決される。
「ここにいる奴らなら知っているだろう。不死系の魔物は日光に弱い。その点、『天蓋の森』なら日光を遮ってくれる森がある」
「……なるほど。確かにロイの言う通りだ」
『天蓋の森』。それは魔物と化した木々で構成された森である。天に届かんと成長した木々の高さは数十メートルに達する一方で、驚くほどに密集したその地では日の光が1つとして届かない。
ただ、暗黒がそこに広がっているだけである。
「ロイの言うことを信じるなら、『天蓋の森』を検討するべきだろう」
「どうします? 団長」
ドラゴンは騎士団たちにとっても脅威となる。それが例え夜しか現れないのだとしても、だ。倒せるうちに有効な方法を取っておくのは必然だろう。
「やるしかない。3~12班までの連中を集めろ。討伐部隊を作るぞ」
「了解しました」
「相手がドラゴンなら俺も出る」
カインはそう言う。後ろにいる老齢の騎士たちは、それに深くうなずいた。
「そうなさるのが良いでしょう」
「ああ、団長が出てくれるなら団員たちも安心できる」
「それまで団長の仕事は我らが請け負いましょう」
「頼んだ」
……結局、この後ろの人たちはなんのために居るんだろう。
「いや、助かるよ、カイン。お前が出てくれるなら安心だ」
「何を言ってるんだロイ。お前も行くんだぞ?」
「は?」
「相手はドラゴンだ。団員達に死者を出したくないんだよ」
「まぁ、そりゃそうかも知れないけどさ……」
「頼む、報酬は弾むからさ」
ロイはちらりとラケルを見た。
彼女は小さくうなずく。
「良いよ。その代わり1人、魔法を使える奴を借りても良いか?」
「む? それくらいは構わないがどうしてだ?」
「俺、魔法の教師やってんだよ」
「そういうことなら安心してくれ。ここにいる騎士たちはお前ほどじゃないが、魔法は使える。1人くらいなら全然大丈夫だ」
「ああ。それなら安心して行ける」
「ケイ、アヤに連絡してフィニスの村で教師をやるように伝えてくれ」
「りょーかい」
彼は軽く言って、部屋から出て行った。仲が良いのだろう。
「おい、カイン。1班何人構成でやる?」
「『天蓋の森』はデカいからな……。4人だ」
「分かった。適当に班を作っておいてくれ。俺はラケルだけを連れていく」
「え、私!?」
まさか自分に焦点があてられるとは思っていなかったラケルが驚いた声を出した。
「ああ。場所が場所だし、お前には魔法の才能があるからな。贔屓する訳じゃないが、狩人の中で1人くらいは『騎士団』の戦い方を見ておいたほうがいいだろ」
「い、良いの……?」
ラケルの視線は滑るようにロイからカインに向かった。
「ああ。ロイが付いてくれるなら民間人がいても大丈夫だろう。こっちで残りの2人を選んでおく。少し隣の部屋で休んでいてくれ」
カインはそう言ってほほ笑むと、次々と指示を出し始めた。
おーおー、大変なこって……。
そう言うのが嫌で田舎に逃げたロイとしては、彼の活躍を見て羨ましいとは思わない。むしろ気の毒だと思うが、本人が楽しそうならそれで良いだろう。
ロイたちはメイドに連れられて別室に移ると紅茶を差し出された。
「団長があんなに楽しそうな顔をしているのは初めて見ました」
その時、ぽつりとメイドがいった。
「そうか? あまり変わっていないように見えたけどな」
「それは、ロイ様が旧知の仲だからでしょう。いつもは常に難しい顔をしていらっしゃいます。何かに怒っているような……」
「ふうん。ま、色々あるだろうさ。騎士団長……それも元『聖騎士』様なら」
「それにしても、『魔神』を討った方々はどうして皆様とも欲が無いのでしょう。団長は貴族を蹴られましたし、『賢者』様も……。それにロイ様だって、今まで功績などを一切名乗りを上げられていないご様子ですし」
「ま、世の中簡単じゃねえのさ」
ロイはそれだけ言って紅茶を飲んだ。メイドはそれに首を傾げたが、ロイが何も言わない雰囲気を察すると一礼して部屋から出て行った。




