第20話 最強の再会
騎士団長であるカインの朝は早い。まだ日の出るよりも早くに目を覚ますと、早朝訓練が始まる。だが、その訓練に付き合う騎士は1人としていない。どうあがいてもカインの邪魔になると知っているからだ。
だから彼は今日も今日とて1人で身体を鍛える。彼が手に持つ剣は、『決して折れぬ』と謳われる宝剣である。彼は仮想敵を想定すると、敵を動かし自分も動く。彼と互角で戦える兵士は彼が想像する“敵”だけだ。
例え彼が鍛え上げた兵士たちでも、カインが本気を出せば数秒とかからずにダウンするだろう。それだけ騎士団長と、他の騎士には力の差があるのだ。『魔神』を倒した一行で盾役を務めた男は伊達ではない。
だからこそ勇者亡き後、彼こそが王国“最強”ではという声も大きい。
それに加えて王国への高い忠誠心も王国民の誇りだ。何しろ、『魔神』を倒した報酬として『公爵』の位を贈呈されたというのにそれを拒否。自分は王国民を守る立場にあると言い、代わりに『騎士団長』になったというのだから。
そんな彼は1時間ほど身体を動かし続けると、汗を拭いて正装に着替えるのだ。今度は騎士団長としての業務に取り掛かる。戦場において騎士団長が真正面を切るということはほとんどない。
彼の仕事は騎士団に関わる全ての最終責任者という言葉で表現できるだろう。作戦実行の有無。他国への防衛ラインの設置。騎士団への予算獲得。そして、時間があれば彼は騎士たちへ直接指導を付ける。しかも、そこに付け加えるのであればイケメンなのである。
細目で優男。物腰も穏やかで、頭も良い。
老若男女に大人気である。
「なんでそんな人がいるのにロイは“最強”を名乗っているの?」
カインのとこに出向かう前に、ラケルが尋ねたそれをロイは肩をすくめて返した。
「俺の方が強いからだよ」
と。
確かにロイの規格外の強さを良く知っているので、彼女はそれに何も言わずにロイと共に騎士団のキャンプ向かった。フィニスの村からは2kmほど離れているので歩くと結構時間がかかる上に、道中では魔物が襲い掛かってくるという悪路。
しかし、歩くのは“最強”と狩人である。魔物など障害物にもならずにさくさく進んで、騎士団のキャンプ場にたどり着いた。
「へー。こうやってキャンプするんだ」
それを初めて見るラケルは少しはしゃぎ気味だ。
水源となる大きな川の近くに、騎士団のキャンプ地があった。とは言っても、氾濫を警戒してか少し丘になった場所に多くのテントが張ってある。
「んじゃ往くぞ」
「うん」
誰も手を入れるものがおらず、好き放題に生え切った草原をかき分けかき分け2人は進んで、騎士団のキャンプ場にたどり着くとロイは近くにいた騎士を捕まえた。
「カインはいるか?」
「君たちは?」
「フィニスの村の者だ」
そう言うと、騎士団がこちらを見つめる視線に含まれる『胡散臭いなこいつ等』という情報がいくつか減った。
「団長に何か用か?」
「村長直々の話なんだが、村長は足が悪くて俺たちが派遣されたってわけ」
「ふむ。時間があるか聞いてくるからここで待っていてくれ」
「分かった」
男はそう言って、どこかに行ってしまった。数分そこで待っていると、男が戻ってきた。
「許可が下りた。こっちだ」
そのまま男に先導されて、いざ騎士団長がいるテントへ。『騎士』たちが暮らしているテントはどれも1人用の小さなものだが、そのテントには複数人が出入りしている。それを不思議に思ったラケルがロイの袖を引っ張った。
「ねえ。こんな小さなテントにあんなに人が入っても大丈夫なの?」
「大丈夫だ。すぐに分かる」
ロイの要領を得ない返答に首を傾げるラケル。しかし、ロイがそう言うならすぐに分かるのだろう。ラケルはそう自分を納得させると、黙って2人のあとを追いかけた。案内する騎士が立ち止まったのはキャンプの最奥。他のテントに比べて、明らかにしっかりした作りだ。
これはテントというよりもゲルじゃないのか。ラケルはそんなことを考えながら、中に入った。そして、息を飲んだ。
目の前に広がるのは奥行10m、高さが5mはある巨大な部屋。そこには多くの騎士たちが色々と話し合っている。その部屋の大きさは明らかに外からみたゲルの大きさよりも大きい。
「こっちだ」
男はそう言って、部屋をつっきると部屋についていた扉を開けるとそこには廊下が広がっている。
「……な、何これ」
「空間拡張。本物の魔法だよ」
ロイがことも無さげにそう言った。
「魔法ってこんなことも出来るの?」
「ああ。建築魔術師っていう職業があるんだよ」
「へぇー……」
初めて見るその光景にラケルは唖然。情報量についていけず、ただロイに引っ張られるようにして歩いていると、そこには階段が。
「か、階段まで……」
「おいおい、別に驚く様なことじゃないだろ……」
「だ、だって外と中で大きさが全然違う……」
現実を受け入れられずに倒れそうになるラケルを抱えて、ロイは2階に上がる。男は迷うことなくまっすぐ進む。そして、廊下の最奥で扉を数回ノックした。
「連れてまいりました」
「入ってくれ」
ロイにとっては懐かしい声に少しだけ笑ってしまう。ドクン、と激しく右眼が脈打った。
「……君たちがフィニスの村の使者か」
カインは手に持っていた地図から目を離してそう言った。小奇麗な椅子に座ると、少し大きな机一面に出来かけの地図が置いてある。よく見ると見知った地形があったので、この周辺の地図なのだろう。
そして、騎士団長の周りには老齢の騎士たち。そして、それに紛れるかのようにアキツの国の兵士が1人だけ入っている。服装が1人だけ違うのでひどく目立つ。
まるで邪魔者でも見るかのような鋭い視線がロイとラケルを貫く。
「どうも」
だからロイは慇懃無礼に礼をした。
「おい。人の前だからフードくらいとったらどうだ」
奥から冷たい叱責が飛んでくる。
「勘弁してくださいよ。傷を隠してるんだから」
ロイは笑いながらそう返した。老齢の騎士はロイの態度が気に入らなかったようだったが、しかしそう言われると何とも言えない。しかし、当てつけのつもりか何かを言おうとしてそれをカインに止められた。
「フィニスの村からわざわざここまで来てくれてありがとう。俺の名前はカイン。よろしく」
「ああ、久しぶりだな」
「……久しぶり?」
カインはその言葉に首を傾げる。
「ロイだ」
その言葉でカインの表情が大きく崩れた。
「ろ、ロイ!? 生きていたのか!!!」
「おう」
「おいおい、全然連絡無いから死んだと思ってたぞ!」
カインは素早く立ち上がると、ロイに手を差し出した。
「よく生きていたな」
カインの言葉に返すようにロイはその手を取った。
右眼が激しく熱を持つ。
「おう。お前の評判は色々と聞いてるぜ」
「……団長。お知り合いですか」
「当り前だ! 『魔神』討伐の時、最後まで俺達の補助をしてくれた男だぞ!!!」
その言葉で背後に立っていた騎士たちが騒然となった。
「な、なんと!?」「そんな方だったとは!」
「しかし、名前を聞いたことがありませんな」
「歳だから忘れているだけだろう」
「何だと!?」
「……ノアは残念だったな」
その喧噪を撃ち破るように、ロイがそう言った。
ノア。『勇者』ノア。
「ああ。……だが、あいつのおかげで俺たちには今がある」
右眼が、痛む。
忘れろ。今はこの痛みを忘れてしまえ。
「まあ、生き残った者同士仲良く行こうぜ」
「あ、ああ。しかし、ロイ。お前……」
「どうした?」
「口、悪くなったな」
「ほっとけ」




