第2話 最強、条件を課される
「長老ー! 長老ー! どこにいらっしゃるんですかー!!」
「そんなに大声を出さんでも聞えておる」
ぬっ、と部屋の奥から長老と言われた女性が現れた。
腰はとうに曲がり、髪は純白とまでに白い。もちろん額には一本の角。そして何よりも顔に深く刻まれた皺が彼女の長い人生を物語る。辺境の村で長く生きて来たのだろう。顔に浮かぶ表情は歴戦の戦士よりも険しかった。
「ついにラケルが恋人を拉致ってきたか」
は? 今なんて言った??
「違います! 旅人です!!」
「旅人?」
長老ことおばば様はそういって首を傾げた。確かにこんな辺境までやって来る村人は珍しいかもしれない。
「とにかく話を聞こう。こっちにこい」
そう言って3人は奥へと案内された。長老ということで頼りにされるのだろう。家の入り口には様々な贈り物が置いてある。
「そこいらに座れ」
案内された部屋で長老に言われるがまま、ロイとサラは腰を下ろす。
「この辺鄙な村に旅人が一体何の用じゃ」
「この村で暮らしていきたいんです」
ロイは老婆の目を見つめながらそう言った。
「何故」
「亡き父がこの村出身と言っていました」
「父? 名前は」
「ペルトロです」
「……そうか。お主らはペルトロの……」
「ペルトロ? 誰?」
長老は誰か分かったようだが、ラケルは誰か分からずに首を傾げる。
「ペルトロは、20年以上前にこの村を出て行った男じゃ。風の便りに何でも騎士になっていたと聞いていたが……。そうか死んだのか……」
「はい。流行り病で」
「そうか……。まあ、この村に収まる様な男ではなかった。当人が納得しているならばそれで良いか……」
「僕たちは父に拾われた“親なし”です。父亡きあと、父の故郷を頼ろうと」
「なるほど、通りで似ておらんわけだ」
ロイの言葉に長老は少し微笑んだ。
「じゃが、お主らが“正しい者”かどうかを確認させてもらえるか?」
“正しい者”、それは王国にて身分を証明できる者のことを指す。この国では5歳を数えた時、『才覚の女神』より己が秀でた才能を教わる。それを記した1枚の板。人々はそれを指して、女神の証と呼ぶ。
「はい。これです」
ロイは己の女神の証を老婆に見せる。
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【名前】ロイ 【種族】人間
【職業】無し (■■■)
【身体力】
STR:貂ャ螳 VIT:壻ク崎?
AGI:荳榊庄 INT:譛?蠑キ
DEX:轣ス螳ウ REL : 辟。謨オ
【スキル】
『#N/A』『#N/A』『#N/A』『#N/A』
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「……数字が」
老婆の呻いたような声にロイが答える。
「こういうことも稀にあるようです」
「……うむ。なるほど、女神と言えども万能ではないというわけか。しかし、適した職業が無いというのは?」
「僕は全ての職業に適性があるので」
「……うむ? くはははっ。なるほどなるほど」
毅然とした態度で言い切ったロイに老婆は爆笑。
「失礼ですが、この村は有角族の村なのですか?」
ロイは長老より女神の証を受け取りながら、そう聞いた。
「……うむ。ここに来るまでに村の様子を見たか」
「ええ。明らかに女性の比率が高いようですね」
見たところ8:2。いや、9:1くらいで女性優位だ。しかも男性と言ってもいるのはまだ働き手にはならないような小さな子供たちと、老人だけ。若い男、働き盛りの男は1人としていなかった。
「5年前の戦争で、な……」
「なるほど」
5年前に終戦した『魔神戦役』。そこでは多くの人族が犠牲になった。中でも最も犠牲になったのは最前線で戦う男たちである。有角族は力も強く、魔法にも秀でた種族だ。王国を守るために多くの男が兵士として戦い散っていったのだろう。
たかが5年。されど5年。
戦争の傷痕を癒すにはまるで足りない時間である。
「ロイとその妹、サラよ。お主らがこの村で暮らすことを認めよう」
「ありがとうございます。しかし妹の女神の証をまだ見ていませんが」
「よい。お主を見ただけで十分じゃ」
「ありがとうございます」
「してロイよ。この村で暮らすには1つ条件がある」
「条件? 何でしょうか?」
この村の仕事を手伝えとかだろうか?
それならお安い御用である。ロイは田舎でのんびり暮らすためにやって来たのだ。確かに今までがニートとは言え、スローライフをするならある程度の労働は必須だろう。それくらいは覚悟の上である。
まあ有角族とは言えこの村は女性ばかりだ。
力仕事なら最強の俺に任せてくれって。
「この村には娘たちが余っておる」
「はぁ……」
だが、長老が言い出したのはロイの考えていたこととは全く別のことで、意図が掴めずにロイは生返事。
「3人じゃ」
「は?」
「3人、口説け」
「はぁ!!?」
「む? 足らんか? 足らんならもっと増やしても構わんぞ」
「いやいやいや、そう言うことじゃなくて」
思わず敬語が崩れてしまう。
「何、最低3人じゃ。それ以上なら好きにしてくれて構わん」
「いや、ちょーっと待ってくださいよ! 俺の考えていたこととあまりに違ったもんで!」
「何が」
「何が、じゃないですよ! おかしくないですか!!? 何で俺が! っていうか、俺は人間ですよ? 良いんですか!? ハーフになっちゃいますよ!」
「おお、もう子供を作る気でおるのか。安心安心」
「安心できんでしょう!!」
「襲っても構わんぞ」
「アンタは止める側だろッ!」
「若い男がおらんからの、この村には」
「それは、そうかも知れませんけど」
「もうこの村におるのはジジィと5つほどの子供ばかりよ。どう村を続けるというのか」
「それは……」
ロイは言葉に詰まる。あの戦争を未だにロイは覚えている。
子供の彼でさえも戦いに出なければならなかったあの戦争を。そこでは人の命などぼろ布ほどの価値もなく、ただ強さだけが支配したあの戦場を。
「それに出来ることなら、あの子供たちの兄や父になってくれぬか」
「……俺が」
「うむ。この村の子供たちは父親という存在を知らんのだ。可哀想なことにのう」
「…………」
「この村に来たばかりでお主にこんなことを頼むのはおかしなことだろうと思う。じゃが、もうお主くらいにしか頼めんのじゃ」
「……近くの村に、男はいないんですか」
「いない。みな、戦争で死んだ」
「そう……ですか」
確かにロイたちが暮らしていた街でも男は少数派だった。しかし、比率で言えば7:3から6:4くらいは女性が居たのだ。この村ほど極端な割合になっていたわけではない。
ロイはしばらく考えて顔を上げた。答えは決まっている。
「やります」
「おお、そうか。ありがとう……。ありがとう……」
老婆はロイの手を握ってわずかながらに涙を流し始めた。村の存続。それを何とかしなければいけないと、長老の立場故に考え続けていたのだろう。だからこそ、ロイの言葉が救いになったのだ。
「任せてください。何しろ俺、困っている人を放っておけない質なんで」
ラケルの胡散臭そうな視線を後ろから感じながら、ロイはそう言った。