第18話 最強の出会い
「完成!」
「「おおー」」
作業開始から数時間。ロイは一人で柵を作り上げると、村と拡張部分の境目にあった最後の柵を撤去した。数時間前までは森だったことなどみじんも感じさせないほどに整地された地面には、農地とは別に家畜を入れるための柵が出来ている。
家畜を飼うことが出来たのならば、狩人たちの仕事はぐっと減る。魔物狩りだけで済むようになるからだ。食料の安定。生活居住地の安定。それは家畜を導入することで一気に解決する。
「こんなに早く村を拡張するとはの」
「長老!」
腰の曲がった老婆が杖を突いてこちらにやってきた。
「“最強”、か。よもや、それを自称する者が来るとは思いもせんかったが、なるほど。確かに凄まじいの。これは畑にするのか?」
「いや、悩んだんですけど家畜にしようかと」
「ほう。家畜」
「ええ。このあたりだと猪なんかが良いんじゃないかと思いますけどね」
「猪か。まだこの辺りに居れば良いが……。まあ、狩人たちにそう伝えておこう。見つけ次第ここに連れてくるようにとな」
「ええ、お願いします」
長老はロイの言葉に深くうなずく。
「さて、そろそろ夜になる。家に帰ると良いだろう。ロイよ、お主は少し話があるから残っておけ」
誰かに聞かれたくない話だろうか?
ラケルもアイリもサラも長老の言うことに従って帰路につく。いつもだったら、ロイと一緒に残るサラも長老がそういう話がしたいのだと悟って、すぐに離れて行った。賢くて助かる。
「さて、どこから話して良いものか」
長老は近くにあった大きな石に腰を下ろした。
座るっつーことは長話になるってことで良いんだろうか?
「数日前、この村にオークたちが踏み込もうとした」
「ありましたね」
忘れもしない。ロイが山ごと吹き飛ばした奴だ。
「あの時、村には『魔寄せの香』が焚かれていたといったな」
「はい。狩人の人たちに渡しましたけど」
「そして、それに紛れる様に『感覚麻痺の香』も焚かれていたと」
「まあ、俺の勘違いじゃなければ」
だが、ロイはその2つに関しては自信を持ってそうだと言い切れる。まだ記憶に新しい『魔神戦役』では使えるもの全てが投入された。試作品だろうと、失敗作だろうと関係ない。ただ人類が生き残るためだけにありとあらゆるものが導入された。
特にその2つは戦場においても大きく活躍したことから、常時使用されていた。だからこそ、その臭いを忘れるはずがない。
「それを焚いた者はこの村にはいない」
「……というと?」
「第三者が、怪しい」
「言ったら何ですけど、こんな村壊したところで得する奴なんていないですよ」
「うむ。それだ。だからこそ分からんのだ。どうして『魔寄せの香』を使ったのか。どうしてオークだけが寄ってきたのか。そして何故『感覚麻痺の香』も使う必要があったのか。かつて戦場にいたロイなら分かるかと思っての」
「……『魔寄せの香』は魔物を一か所に集めて叩くための代物です。『感覚麻痺の香』も寄せ集めた魔物たちを前後不覚に陥らせ、叩くためのもの。2つ合わせて運用されているのはおかしな話じゃない」
「なるほど。言われてみれば理解も出来る」
「ただ、それを人の居住区でやる奴はいない。普通は……」
「まあ、それは考えていてくれ。そして、もう1つ話がある」
「……なんすか」
「お主、いま何人目じゃ?」
「……0っす」
「本当か? お主のことだから既に数人には手を出していると思ったのだが」
「急かし過ぎですよ。とは言っても、そろそろ行こうと思ってましたけど」
「ほう! 誰に!?」
「なんでそんな活き活きとしてるんですか。言いませんよ……」
「ま、楽しみにしておくからの」
長老はすっと立ち上がると、杖をついて帰っていった。残されたロイは、夕日が沈んでいくなか嬉しそうに帰っていく長老の姿を静かに見送っていた。
夜。『魔除けの香』が村を包む中、こっそりと教会の窓を叩いた男が1人いた。
「えっ、ろ、ロイさん!?」
「元気してたか?」
慌てて窓を開けるミカ。ロイは素早く部屋の中にもぐりこむと臭いが入らないように、素早く閉じた。
「ど、どうしたんですか?」
「夜じゃないと出来ないこと」
「えっ!?」
急に顔を真っ赤に染めるミカ。とても可愛らしいけど、明らかに誤解を生んでいる。だからロイはにっこり笑った。
「勉強だよ」
「なんのですか!?」
少しだけテンションを上げたミカは、戸惑いながら嬉しそうにそう言った。
「何だと思う?」
「わ、分かんないです……」
「治癒魔法」
「……えー」
露骨にがっかりした様子を見せるミカ。ロイはそれににっこり笑うと、ミカに手を差し出した。
「外に行こう。ここじゃ出来ない」
「外に……? けど外は魔物が」
「大丈夫だ。俺がいる」
「……はい」
ロイの言葉に促されるようにミカは彼の手を取った。ロイはすばやく彼女の背に手を回すと彼女を抱きかかえる。窓を開けて、跳躍。ぐん、と身体に強烈なGがかかるとミカを抱きかかえたままロイは村の柵を飛び越えた。
そのまま周囲を警戒している狩人たちに気づかれないようにまっすぐ進んで、いつも魔法を練習している広場にやってきた。
「ど、どうして外でやるんですか? 中じゃダメなんですか?」
「臭いがつくからな」
その言葉にミカは首を傾げた。
「臭いですか」
「ああ」
そう言ってロイは地面に落ちていた枝を拾い上げると、それに魔力を流して形質変化を引き起こす。ぎゅむ、と肉質的な音を立てて枝が膨れ上がると、そこには人間の右腕が出来ていた。
「ひっ……」
「これから、右手の構造を解説していく」
「ほ、本当に?」
「ああ。治癒魔法を使うには全てを知っている必要があるからな」
そう言ってロイは手元にメスを生み出すと、腕を切開し始めた。
腕が全てのパーツに分解されるまで2時間かかった。1つ1つ、構造の解説と機能の解説をしているとそれくらいかかるのだ。
「どうだ? 理解出来たか?」
「半分ほどは……」
「そうか。なら少し休憩にしよう」
ロイはそういうと、その場に座り込んだ。ミカは少し迷った素振りを見せると、ロイの隣に座った。
血の臭いと、『魔除けの香』の臭いが混じりあい、周囲には悪臭が漂っているが既に2人の鼻はそれを認識していない。慣れとは恐ろしい物である。
しばらくの間、沈黙が場を支配していた。どちらが何かを言うわけでもない。ロイは次に何を教えるかを考えていたし、ミカはぼうっとした顔で知識の定着に努めているようだったから。
何分経っただろうか。ぽつりと、ミカが口を開いた。
「昔、月を見るのが好きだったんです」
「……月か」
ズキリ、と右眼が痛んだ。
随分と懐かしい言葉が出て来たものだと思う。
『月』。それは、かつてこの星を明るく照らしてくれた衛星だ。今はもうない。『魔神戦役』で堕ちたからだ。
「ロイさんは、月を見たことありますか?」
「まあ、あるよ……」
何と言うべきか、しばらくロイは迷った。何を言えばいいのだろう。
月を落とした張本人は黙りこくった。あれは仕方のない出来事だったのだ。
『魔王』たちを統べる48の『魔帝』。その中でも、衛星軌道上にその身を置き超々遠距離爆撃により人類たちを滅亡に追いやらんとした魔帝たちが居た。『天統べる十二の魔帝』と呼ばれた彼らは、しかし英雄たちの手によって全てを屠られた。
その1つ『処女の魔帝』を討つ際、月はその姿を失ったのだ。
「月を見てると、何だか元気になれたんです」
ドク、ドク、と右眼が脈動する。熱い。
「けど、6年前に月が無くなるのを見ちゃって。けどあの時は『戦争』中だったから、そういうこともあるんだろうって思ったんです。月が無くなった次の日に、『魔帝』がこの村にやって来たんです」
堕ちた『魔帝』は果たして生きていた。ロイはその言葉を聞いて、その全てを思い出した。あれは確か。
「その後、勇者様がやって来られて魔帝を倒されました。そのついでに、多くの人に治癒魔法をかけられたんです」
「……それで?」
「私、それを見て思いました。治癒魔法を使いたいって。私も『勇者』様のように多くの人を治せるようになりたいって」
ああ、駄目だ。これでは駄目だ。
彼女の目は破滅に向かうものの目をしている。
「『勇者』は死んだよ」
「はい」
「自分を治せずに死んだ」
「……それは」
「技術に憧れるのは良い。だが、その生き方に憧れるな」
「……それは、ロイさんの忠告ですか? 『勇者』様たちを近くで見てきたロイさんだからこその」
ミカが喘ぐように、言葉に詰まりながら尋ねてきたその瞬間。
『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!』
耳をつんざく大咆哮と、巨大な風がロイ達を殴りつけた。
「何だ!?」
風によって、村に焚いていた『魔除けの香』が全て払われる。だが、問題はそこではない。問題は、
ロイ達の真上を通り過ぎて行った1匹の魔物に誰しもが目を奪われた。全身が100mにも達すると思われる巨大な肉体。四肢はどれも立派で、大人でも抱えきれないほどに太い。
だが、目を見張るのはその巨大な双翼だ。身体全てを覆ってしまうほどに巨大な双翼で、それは空を飛んでいた。
「う、嘘…………」
ミカはそれっきり黙りこくってしまう。
人類を破滅に追い込んだ『魔神』。彼らが切り札として持ち込んだその魔物は。
「…………ドラゴン」
それが空を飛んでいた。




