第16話 最強の農業
「農業をやってみたい」
「急にどうしたの、ロイ」
「そだよー、どうして急に農業なんか」
既にこの村に来て数週間。彼女たちが使える魔法もだんだんと様になってきたタイミングでロイがそう言った。
「田舎で暮らしたいと思ってここに来たわけだし、田舎暮らしと言えばやっぱ農業でしょ」
「田舎暮らし馬鹿にしすぎでしょ」
「ま、でもロイっちの言うことも一理あるよねー。田舎といえば農業、畑仕事だもんねぇ……」
「そういうこと! せっかく来たわけだしさぁ、やってみたいもんよ」
「でもめんどいよ」
「その面倒臭さを味わってこそ生き方に濃さが出るってもんよ」
「そうなのかな? じゃロイは狩人に向いてるんだから狩人やればいいのに。狩人も狩人で面倒だし」
「自分がしたい事で生きていきたいんだ、俺」
「くずぅ~」
ラケルに流れる様に言われてずっこけそうになるロイ。
「なんつー言い方するんだ、聞けよ俺のしたい事」
「田舎でスローライフでしょ? ずっと言ってたじゃん」
「まあ、あながちそれは間違いじゃないんだけどさ。やっぱ人助けよ。困ってる人を助けたいわけ」
「なんで田舎に来たの」
「街は歪なんだ。そういうことが通らない」
「どゆことよ」
「なんつーかな、説明が難しいんだけど欲望が複雑化してるんだよ」
「欲望が複雑化ぁ? 難しいこと言うのね」
「人が多いからだろな。やりたいと口に出していることと、実際にやりたいことが一致しない。彼らが心の中で何を考えているかなんて、人の心を俺は読めるわけじゃないからそういうのが嫌だったんだ」
「ふうん……。ま、それは良いんだけどさ。本当に田舎暮らしがしたいからって畑仕事したいの?」
「うん」
「でも、土地が無いから」
「あー……」
村の外に畑を作ると、魔物によって畑が荒らされることがあるので基本的に村の外に畑は作らないのである。そして現状、村の中は畑と家だらけ。確かに村を拡張するもの良いが、そうすると今度は森を切り開かなければならない。
やりたいことを成し遂げる前に、やるべきことがあるのである。
「じゃあ畑仕事はいいや。めんどいし」
「雑な……。じゃあ、私たちと一緒に魔物でも狩りに行く?」
「行くぅ!」
「お兄様、予定を適当に決めすぎでは……」
「良いんだって村暮らしなんだから! さ、サラも一緒に行こうぜ!」
「もちろんご一緒しますけど」
ということで気を取り直して一同出発。開拓なんて面倒なことはせっかくやってきた騎士団に丸投げして、やれることをやっていこう。とか何とかかっこつけて森に出たのだが、魔物が居ない。
それも全然居ない。
「今日はツイてないな……。いや、魔物がいないからツイてるのか……?」
「最近ずっとこうなの」
ラケルが少し気落ちしたように言った。彼女は狩人だから、自分の仕事が無くなって悲しいのだろう。責任感が強そうだし、もしかしたら仕事が出来ないことを恥じているのかもしれない。
「ふうん? 魔物がいないのか」
「騎士団たちが来たからねー。もしかしたらあの人たちがここら辺の魔物狩りつくしたのかも」
「あー」
魔物は基本的に西側からやってくる。これには、フィニスの村の西側の遥か遠方にかつて、『魔神』が君臨したことに由来する。そこから爆発的に広がった『魔神』の配下たちは幾つも国を滅ぼしながら勢力を拡大した。
『勇者』がこの戦場に降り立つまで、前線をどんどん引き下げながら人類領土は着々と奪われつつあったのだが、その時に人類は東側に東側にと逃げたのだ。『戦役』が終わった後、人類は残った魔物を狩りつくしたのだが、どこかに潜んでいた魔物たちは勝手に繁殖して、人類の生存圏に住み着いていたのだ。
え、もう一回狩りつくせばいいって?
残念だがそれは出来ないのである。どうして『魔神戦役』の時は出来たのに今は出来ないかというと一か所に集まっていないからである。『魔神戦役』の時は、魔物たちが戦場に集まっていた。だから出来た。今は散らばった。だから出来ない。それだけである。
だが、フィニスの村の場合はちょっと様子が違う。『魔神』の住処に近いこともあって、魔物は基本的に西側からやってくるのである。そして騎士団たちがフィニスの村の西側にキャンプ地を設置したものだから、ほとんど魔物を狩ってしまったのではないかというのが彼らの仮説である。
「魔物がいないなら、動物でも狩る?」
「動物こそほとんどいないじゃん……」
気分を変える様にラケルが言ったのだが、ロイは渋い顔。何しろ元々魔物の多い土地である。スライムのように低級の魔物や、スケルトンのようにアンデッド系の魔物の中には食事を必要としない物もいるが、ほとんどの魔物は食事を必要とする。
それは人間であったり、動物であったり、植物であったりするのだがここいらには魔物が多すぎて食べられそうなものはほとんど食べられているのである。森の中を探せば動物たちが居るのかも知れないか、魔物や人に食われないようにと知恵をつけたものだが生き残っていく。
「家畜を飼えばいいのに」
「土地がないもん」
ぽつりと漏らしたロイに対していじけたように返すラケル。ちょっとほっぺを膨らませてるのを天然でやってるところが可愛いと思うけど狙ってやってるならそれはそれでぐっとくる。
「じゃ、土地広げるか」
「え?」
「だって農作業用の土地が無いんだし、家畜を飼う土地も無いんだろ? 広げれば良いじゃん」
「ロイっちー、人手が足りない……」
そこまで言って、アイリはあることに気が付いたのか、合点がいった顔でロイを見る。
「ふっふっふ」
「み、見てください。このドヤ顔! カッコいいです」
ロイのドヤ顔にサラが興奮する。
「いや、ちょっとその感性はよく分かんないけど……。確かにロイなら、出来るわね」
「おうよ、俺の力舐めてもらっちゃ困るぜよ」
「ぜよ?」
さて、拡張すると決まったのなら今度は長老に許可を取りに行かなければならないだろう。ということで引きかえすためにUターン。村に直帰した。長老は村長の役割を兼ねているので、日中は基本的に長老宅にいる。
歳ということもあるだろうが、緊急の用事が出来た時に同じ場所に居たほうが連絡が取りやすいためだろう。
「村を拡張したいんですけど」
「ん? ああ、東側なら良いぞ」
「あざっす!」
出会って10秒足らずで決定。
意思決定が早いのが村の良いところである。
「とは言ってもあそこは森になっておるから幾つか木を抜かねばらんけどの」
「よーし、これはロイ君にお任せ案件ですぞ!」
「自分で自分に君付けしてる……」
「ほ、ほらお兄ちゃんが自分のことお兄ちゃんって言うようなものですから……」
「そこ! 私語が多い!」
ということで許可を貰ったので早速村の東側に移動することにした。
初めて田舎っぽいことが出来てロイはワクワク気分である。




