第11話 最強
ロイが外に飛び出してしばらくすると、森の中より1つの狼煙が上がった。それを見た狩人の1人が近くにあった鐘を激しく鳴らす。カンカンと短い間で何度も何度も狂ったように叩かれるソレは、村へ危機が迫っているということである。
「何が起きたんですか……?」
サラはその鐘の音を聞きつけて集まった村人の中で見つけた知り合い……すなわち、自分の教え子にそう尋ねた。
「なんかね、魔物がいっぱいこの村に集まってきてるんだって!」
だが、村人たちにとってはこのような出来事など日常的に起きているのだろう。特に驚いているようにも、心配しているようにも見えない。逃げ慣れている者の顔つきだ。
家の上に立っている狩人が、他の狩人より指示を受けて村人たちを安全な場所へと避難させていく。ロイはこれが分かっていたのだろう。だから、抜け出したのだ。
「お兄様、どうかご無事で」
彼女は自分の兄がどれだけ強いのかを知っている。所詮、この程度の出来事で傷つく様な男でないと知っている。だが、それでも彼女に心配するなと言うのは酷だろう。遠く、雨の中に紛れる様にして金属同士のぶつかり合いを聞きながらサラは村人たちと共に逃げた。
「どうなってる!」
「ロイ!? あんたどうしてここに!」
ロイが狼煙を上げた狩人の元に向かうと、そこには心配そうな顔をしたラケルとアイリが立っていた。
「今日はちょっと調子が悪くてね。少し夜目が利かなかったのよ。そんな時に、まさかこんなことが起きるなんて……」
ラケルは自嘲気味に笑うと、視界の奥にある山を指さした。ロイはピントを合わせる様に目を細めると……見えた。
うじゃうじゃと山じたいがうねっている。一種の気持ち悪さすらも感じてしまうのは、山そのものを埋め尽くしてしまうほど魔物で溢れているからだろう。
「……まさか、こんなに魔物がこの村に来るだなんて」
その数、ざっと数千。それも一心不乱に村を目指してやってきている。
「お前ら、これに見覚え無いか?」
その時、ロイはここに来るまでに拾っていた1つの香を取り出した。2人は灯りが一つもないような暗闇の中でそれを見ると、
「これって『魔除けの香』?」
「うーん。私もそう思うけど」
「違う。これは『魔寄せの香』だ。誰かが『魔除けの香』の中に1つ紛れさせていた。気が付いていたか?」
「なっ、だ、誰がそんなことをッ!!」
ラケルは血相を変えてロイに詰め寄った。それもそうだろう。この最果ての村では、全てが自治。こんな無数の魔物が来るだけで壊滅してしまうような場所で『魔寄せの香』を焚くのは自殺行為に等しい。
いや、自分だけで死ぬのであればまだマシだ。これは村そのものを巻き込んだ集団自殺。とてもじゃないが、許せるような行為ではない。
「そして、コイツだ」
そういってロイが出したのは、『魔除けの香』とも『魔寄せの香』とも似ても似つかない塊だった。だが、わずかに香る匂いはわずかに覚えがあるもので。
「これは?」
「こいつは『魔除けの香』の中に紛れる様にして、村に置いてあった。こいつは『感覚麻痺の香』。五感を鈍くさせる香だ。本来は『魔神戦線』で魔物の集団をどうにか出来ねえかと開発された奴だが、利きが強すぎて人間に使えば前後不覚に陥るような代物だ。間違ってもこんな村で、まさか村の真ん中で焚かれるようなものじゃねえよ」
「それって……」
「この村を壊滅させようとしている誰かがいる」
「そ、そんな……」
ラケルは顔を真っ青にして、2、3歩後ずさった。温厚な村で育った彼女にとって、誰かを傷つけるという暴力的行為は頭の中に発想として合っても、それをまさか実現できる人物がなどと思いつかなかったのだろう。
「このままだと、避難した連中が危ない。サラがいるから大丈夫だと思うが、お前らも念のため村人の方に行ってくれ」
「で、でもこっちには数千の魔物が……っ!」
「大丈夫だ。俺がいる」
ロイはそう言って優しくほほ笑んだ。
「任せろ」
「…………分かったわ!」
「ロイっち、ありがとね!!」
2人はロイを信じて、村に向かって走り出した。ロイはそれを見送りながら、魔物たちに意識を向ける。
そして、周囲に向かって魔力を振動させた。ロイを震源地として吐き出した魔力は何かの障害物に激突すると、跳ね返って戻ってくる。それはこの世界に無い技術。すわなち、レーダーと呼ばれる先端技術である。
森の中、さらに雨という悪環境にありながらロイのレーダーはほぼ完璧と言っていいほどにお互いの位置関係を把握した。
彼我の距離、およそ2km。まだ遠い。
だが斥候が出ているな……。いや、違う。これは別動隊か。ここから左斜め後ろに1.5kmで固まっている連中は村人たちだな。途中にアイリとラケルの反応も有る。
別動隊の数は15。これは村人たちに任せても良いだろう。彼女たちとて、この村で長きに渡ってやって来たのだ。少なくともこの程度の魔物は狩れるはずだ。
「さて、やるか」
ロイは誰に良い聞かせるでもなくそう言うと、体内の魔力を練り始めた。
「お前らが相手にしているのが誰だか教えてやるよ」
彼がそういった瞬間に、大気中にある魔力が彼の周囲に集まり始める。最初はぐるりぐるりと渦を巻いていたのが、どんどん加速し始めると周囲の魔力の量も跳ね上がっていく。
まるで竜巻、あるいは台風かと錯覚するまでに集められた膨大な魔力が濃縮され、圧縮され、凝縮されて、ロイの前方に5つの炎塊となって顕現した。
1つ1つの大きさは直径30cm程度であろうか。はっきり言ってそこまで大きなものではない。それが5つ。ぐるぐると彼の前方を回りながら機を伺う。だが炎というには明らかに色がおかしい。
暖かい橙では無く、浮かぶ炎の色は白である。
「まぁ、こんなもんで良いだろ」
彼は一人で笑うと、目測で狙いを付ける。目の前にいるのは無数の魔物たち。彼らは『魔寄せの香』にて、フィニスの村を破壊せんと集められた化け物たちだ。ロイは浮かび上がった炎の中で敵の姿を見た。
魔物の種類はオーク。大戦時に雑兵として前線で最も見た魔物のうちの1種。大変に繁殖率が高く、人型の雌であれば種族を問わずに繁殖できるという異常な生殖活動により増殖する。前線に女が少ないのはこの魔物のせいだとも言われるほどには人類を苦しめた魔物である。
さらにこれを指揮するのはかつて世界を絶望のどん底に叩き落とした297の『魔王』が1つ、『“獣醜”の魔王』の配下――“勇敢なる”オロボロである。オークの身でありながらその戦闘能力は魔王に匹敵するとも言われ、大戦終結時には『魔神』を守護するべく最前線で戦った魔物たちの英傑。
だが、そこに相対するのは。
5つの炎塊はふわりと浮かび上がると互いに結びつき、温度を高める。ぶわりと、熱風が地面を舐めると、周囲の水分が一瞬にして水蒸気になり余波で蒸気が上がる。白い煙を己に纏いながら幾千のオークに向かって狙いを定める。
敵は千。後ろには村人たち。周囲に人影無し。
こんなおあつらえ向きな状況、願っても手に入らないだろう。
さあ、準備は整った。
「『熱線』」
ぱっ、と5つの炎の塊からロイの前方1m付近に炎が線となって集まると、それは莫大な熱線となって前方へと吐き出された。真正面にある木々を融解させ、雨粒を蒸発させオークの群れに激突する。
『熱線』に激突したオークはこの世界から跡形残らず消滅すると、地面に熱線が触れる。それは一瞬で地面を沸騰させると、気化した地面が一気に膨張してオークが巣くっていた山の内側から爆発。
轟音と共に舞い上がった土砂がそのままオークの群れを押しつぶしていく。それだけではない。融解した地面はどろりと地を這うと、逃げ遅れたオークたちを熔かしながら下っていくではないか。
魔法が使えないオークに取って、それはあまりにも無慈悲な一撃。
そのまま、ロイは無表情に『熱線』を横に薙いだ。
その瞬間、山の上3割が吹き飛ばされると周囲に砲弾じみた岩石をまき散らす。だが、それはロイの放った熱線の余波によって蒸発し、消える。
最強。
彼がそれを名乗るのは何も自称ではない。
彼が魔法を放った瞬間は1秒に満たないだろう。だが、その極々短時間の魔法でさえも、山に巣くっていたオークたちを壊滅させるには必要以上の火力であったのだ。
「あちゃー……」
ロイは爆発炎上した山をみて、そうため息をついた。
「やりすぎた…………」




