第10話 最強、たじたじ
「……ミカ、言っている意味は分かってるのか?」
「…………はい。シスターから、その……聞きましたので」
「そうか……」
ロイとしては、ここですんの? という気持ちと、ミカはそれで良いのかという気持ちの2つがぐるぐると混ざり混ざって、どちらともつかない気持ちになっていた。
確かに地下室なので光はほとんどない。ムードがあるか無いかで言われたら、無いことも無いと言った具合である。点数をつけるなら100点満点中60点。ギリギリ可。
けど、教会の地下室といえば普通は墓地か倉庫である。が、しかし教会の地下というアンモラルな空間は確かにそういう気持ちを強めてくれるといえば強めてくれる。それにミカは教会服に身を包んでいる。イケナイことしてる感満載だ。
むくむくと点数が上昇。現在75点。
「……ミカは、それで良いのか」
「……はい。私じゃ、どれだけかかっても返せませんから」
ロイの鼻がすん、と教会の地下の臭いを嗅いだ。埃と地面と、わずかに死臭の臭い。ならば、一時期ここに死体が置かれていたということだろうか。確かに『戦争』中では、死体の置き場にも困る有様だった。本来は倉庫として使われている場所に死体を置いていたとしてもおかしくはない。
……うーわ、なんか萎えてきた。
だって、ほら……ねえ?
死体が置いてあった場所でやれとか言われても、勃たない物はたたないんだからどうしようもないって……。
しかし、こちらを恥ずかしそうに見てくるミカはやる気満々である。勘弁してくれ。
「俺はお前に何か返して欲しくて眼を治したわけじゃないしなぁ……」
「そ、そうかも知れませんけど、何かを返さないと私の気が収まらないんです!」
「うーん……」
そう言われてしまえばロイとしても唸ってしまう。
よし、言い訳を考えろ! 俺は最強だぞ!!
女の子を傷つけずにここを乗り切る方法の1つや2つあるだろ!!!
と、自分に言い聞かせるもののロイが潜り抜けてきたのは血と魔力と暴力が飛び交う戦争であって、愛憎渦巻く修羅場ではない。こんな経験、生まれて初めてだ。
「ロイさん?」
「……じゃあ、こうしよう」
「……?」
「俺はミカに治癒魔法を教える」
「は、はい」
「ミカは俺から教わった魔法で多くの人を癒してくれ」
「……それは」
「あの戦場じゃあ、怪我を治されたくても治されることなく死んでいった奴らが大勢いた。だから、その無念を晴らしてくれ」
「え、で、でも……それじゃあ……」
まだ渋り続けるミカに、ロイはとどめの一押し。
「というか、教会所属の人間がそんなことをしていいのか?」
「え? た、多分大丈夫なんじゃないですか? シスターも言ってましたし……」
あいつ……。
「だから、俺に恩を返したいんだったらまず治癒魔法を覚えろ」
「は、はい……」
ミカは渋々と言った具合にうなずいた。
……うーん? これで納得してくれたかな?
戦場に女の子なんて、ほとんどいなかったからなんて説得したら良いか分かんないんだよなぁ……。
「じゃ、鍵を開けてくれ」
そういってロイが手を差し出した時に、蝋燭の火がふっと消えた。
「はっ!?」
「えっ!!?」
ロイが初めに警戒したのは、酸素不足である。
かつて、『魔神』と戦う最前線では空気の中にいながら水に溺れた時のようにどれだけ空気を吸っても楽にならないということがあった。その後に分かったことだが、火は空気の中に含まれる何かによって燃えるのだという。その燃える元となる空気の何かが無くなった時に、空の下に居ながら水の中にいるような息苦しさを覚えるということだった。
その何かは共通している。だから、人々はそれに酸素と名前を付けた。
だが、ロイは普通に呼吸したところ何一つ不自由することなく呼吸出来た。ということは、酸素が無くなっているわけではないようである。では、一体どうして蝋燭の火は消えたのか。
すぐさま手元に魔力を集めて光として顕現させる。暗闇に包まれた部屋の中を、光が全てを照らしあげる。そこには火が消えたものの煙をあげる蝋燭の姿があった。そして、蝋燭を置いていた机から離れる様にしてうずくまっているミカの姿も。
「……なにやってんの」
「ひ、火が消えたので……っ!!」
「そう……」
ということは、勝手に蝋燭の火が消えたということだろうか? まあ、確かに蝋燭の火が勝手に消えるということは稀によくあることなのだ。風が吹いた、手が当たった、魔力の塊がぶつかったなどと、驚くことも無いような理由で消えることもある。
大方、ミカが手でもぶつけたのだろう。
「おい、どこか火傷していないか?」
「し、してないです……」
ミカは自分の両手を見てそう言った。
「それなら良い。早く外に出よう」
「はいぃ……」
情けない声を上げながらミカはガチャガチャと扉の鍵を開けると、地下室から一目散に逃げ出した。こけるなよーと、後ろからヤジを飛ばしつつロイが階段を上がる。するとニヤニヤしながら、ミカとロイを見つめるシスターと目があった。
「なんすか……」
「いえ、特に理由はありませんよ?」
そう言いながらもにやにやし続けるシスター。ロイは文句の1つや2つを言おうかとも思ったが、長老との約束を思い出して辞めておいた。3人口説けというふざけた指示だが、まだ1人も達成できていない。
ここは打算的にシスターと協力関係を築いていくのもありだろう。
「じゃ、お邪魔しましたー」
外に出ると、空は曇天に覆われていた。まるで今にも雨が降り出してきそうな勢いだ。太陽の位置が分からないと日没の時間も分からないのでこれからの予定も立てられそうにない。
「今日は帰るかー」
子供たちと鬼ごっこして、ミカと一悶着あって。あとは家に帰って寝るだけである。
今日の1日。完璧じゃないか。
これだよ。これ。俺が思っていた田舎暮らしってこういうのだよ!!
1人でテンションあがりながら、家までスキップしながら帰るロイ。それを村人たちは生暖かく見守っていた。
「雨、降ってきましたねー」
「そうだなぁ」
さて、いざ就寝となった時に外は水桶をひっくり返したようなどしゃ降りであった。ロイは窓から外の様子を見て、『魔除けの香』がどうなっているのかだけを確認。香はいつもよりも多く焚かれ、煙は村を覆うように広がっている。だがロイは、どうしても気がかりなことが……。
「どうしたんですか? お兄様」
「……いや、ちょっとな」
「気になることでも?」
「ああ……」
雨の中で、揺れ動く気配を察知。
かなり遠くだ。だが、確かに何かいる。
「……ちょっと出てくる」
「え? お兄様!?」
ロイは濡れないように雨具を羽織ると、窓から外に飛び出した。そのロイの顔をみて、サラは少しだけ深呼吸を繰り返した。兄があれだけ血相変えるというのは何かがあるということだ。だから、
「……頑張ってください」
と、そう言った。




