第1話 最強、田舎を目指す。
「おラァ! 死にたくなかったら全ての荷物を置いていきな!!」
「ちょっとでも変な真似をしたらぶっ殺すからな!!」
ぼろぼろの服に身を包んだ男たちが6人。奇妙な出で立ちの少年を囲んでいた。少年の歳のほどは16かそこら。ボロボロのフードを目深にかぶり、顔は依然として見えない。フードの奥から零れ落ちるキラキラとした銀髪が彼の容姿を知らせるただ一つの手がかりだった。
その後ろからぎゅっと彼の服を包んでいる少女が少年の身体に隠れながら、小さな悲鳴を上げた。人間離れした紫色の髪の毛に、紫色の瞳。歳を重ねればすれ違う度に万人が振り向くであろう素質を備えた彼女はまだ10ほどの小さな少女である。
「1つ聞いていいっすか?」
少年はフードの底から尋ねる。
「あァ!? さっさと荷物を置いていけばいいんだよ!!」
「金を置いていくんで食料分けて貰っても良いですかね」
その言葉に男たちは顔を見合わせて笑い転げた。
「お前馬鹿かぁ!? 俺たちは八百屋じゃねえっての」
「さっさと荷物置いていけよ!」
「ついでにそっちの妹を置いていってもいいぜ!!」
そういってさらにギャハハと笑う。見たところ盗賊のように見えるが、よく見ると装備などが盗賊では手に入らないような一級品ばかり。ということは、彼らは冒険者か。
「ううん。困った。こっちは3日も飯を食ってないんだが……」
「3日も飯食ってないのにそんなに元気なわけないだろ」
「嘘をつくと痛い目に合うぜ!」
男たちはジリジリと少年に迫ってくる。
「盗みは良くないよなぁ……。例え自分がされても他人にするってのはおかしな話だ」
「何をぶつぶつ言ってんだよ!」
「だからと言って危害を加えるというのは良くない。ひじょーに良くない」
「あの、お兄様」
「どうした、サラ。お兄ちゃんはいま考え事で忙しい……」
「服を取るというのはどうでしょう?」
「服?」
「はい。あの人たちも人です。服を取られると恥ずかしいと思います」
「……ッ! サラ、お前もしかして天才か……!?」
「お兄様ほどではありませんよ~」
そう言ってくねくね動くサラ。
「お前らいい加減にッ!」
男たちの中に1人がそう言って足を踏み込んだ瞬間に、風が吹いた。少年はそこに立っていた。そこに立っていたように見えた。だが、風が吹き抜けた後男たちの手にしていた武器も、身に着けていたぼろぼろの防具も何一つとして彼らの元には残されておらず。
「……は?」
「サラは見ちゃダメ!」
すばやく妹の目を隠す少年。
すっぽんぽんに剥かれた男たちが6人、そこに残された。
「じゃ、服とかはそこらへんに隠しておいたんで」
「待て待て待て! 何やった!?」
「魔法か!? お前もしかして魔法使いか!!?」
「いや、ごめん俺いま魔禁中なんだ」
「なんだそのオナ禁みたいな奴!」
「おいッ! サラの前で御下品な言葉使うの辞めろ!!」
「何なんだよ! お前は!!」「こんな恰好にしたんだから名前くらい名乗っていけ!」
どういう理屈でそうなるのか、彼にはまったく分からない。冒険者なんてやったことも無いし、やろうとも思わないが彼らの中には独自の風習があるのだろう。
しかしッ! 独自の風習だろうが何だろうが、名前を聞かれたのだから応えねばなるまいッ!!
「ロイだ。“最強”のロイ」
だから、少年は胸を張って堂々と答えた。
「よしよし、よく泣かなかったぞー。偉いぞー、サラ」
全裸にした男たちをサラに見せるわけにはいかないので、素早く距離をとったロイは森の中に紛れる様にして妹の頭をなでた。
「えへへ~」
サラもまんざらでもなさそうになでられる。
「よしよし、偉いぞ~偉いぞ~」
「お兄様! なですぎです! 髪の毛がくしゃくしゃになります!!」
「あ、ごめん」
妹に怒られて手を引くロイ。
「い、いえ。良いんです。それより、ここら辺には全然動物がいませんね」
「最果てに近づいているのかもな。親父の故郷が近いのかも知れん」
「ならあともうちょっとですね! 頑張りましょう!!」
今からちょうど1ヵ月前になるだろうか。彼らの唯一の肉親である父親が流行り病で病死したのが始まりだった。ぽつんと残された2人は、頼るあてもなく路頭に迷っていると兄であるロイがひらめいた。
そうだ。親父の故郷に行こう、と。
彼らの父親は最果ての村という村出身で、よくその話をしてくれたのだ。最果ての村はかつての『魔神戦役』にて、王国の最前線に最も近しい場所。現在、人が住める領域の最果て故に、最果ての村と呼ばれているのだと。
「それに田舎でスローライフって、憧れるだろ?」
「はい! 憧れます!!」
極度のブラコンである妹は反射的にそう言った。別に兄がいれば彼女はどこだっていいのである。
当然、街で生きていくという選択肢もあった。けれど、
冒険者? やだやだ、戦いたく無いし。
騎士? 何で王国相手に忠誠誓わにゃならんのよ。
商人? 向いてないから……。
あくせく働きたく無いしぃ、何だか田舎でのんびり自給自足って良いなぁ。
そんなことをぼんやり思っている時に父親との死別。これ幸いということで村人暮らしはどうだろうと、ロイが言うと、妹のサラも村人暮らしに憧れがあると言ったのでならば2人で移住である。
そこまでは良かった。いや、本当は良くなかった。何も考えていない2人の適当人生設計プランである。しかし、悲しいかな。それに突っ込みを入れる父親もとうにこの世にいない。
ということで父親の故郷の村を目指していざ出発。
だが、ここで想定外の事態が起きた。どの馬車も途中の街までは送るものの最果ての村には行きたくないという。確かに最果ての村にはまだ『魔神戦役』の名残が残っていると言われていた。
尋常でない魔物がいるのではないか。生き残っている魔王がまだいるのではないか。
もしかしたら魔帝が制圧しているのではないか。魔神が別世界からやってくるのではないか。
あちらこちらで好き勝手な憶測が流れており、どこの御者も最果ての村へは連れていってくれなかった。さらには、ロイとサラに向かって「行くな」と説得しようとしてくるものまでいる始末。
あそこは竜が出てくるから辞めておけ、だとかあそこに行った者は皆帰ってこない。だとか言ってくるのである。
勘弁してほしい。俺は最強だぞ? そんな奴らに負けるはずがないだろ。
と、言うのだが所詮は青二才の戯言として流されるばかり。仕方がないので、2人で歩いてフィニスの村を目指したというわけである。
目指せ、スローライフ。
目指せ、村人暮らし。
そして出発して1週間。食料が尽きた。思っていたよりフィニスの村が遠かった。なのでロイが動物を仕留めて2人でそれを食べることにした。しかし、それも3日前までの話。ここ数日は動物とすらも出会っていない。
肉、肉が食べたいと動物を探しているところに先ほどの盗賊が運悪く通りかかり……と言った具合である。
「お兄様。あの……次の食料はお兄様が食べてくださいね?」
「馬鹿! 妹にひもじい思いなんてさせられるかよ」
そう。この男、3日間で見つけた食料は全てサラに食べさせているのだ。全ては可愛い妹のために。本人は気が付いてないだけで彼は極度のシスコンである。
「し、しかし。それではお兄様が死んでしまいます。最強のお兄様が飢えで死ぬのは見たくないのです……」
そう言ってぽろぽろ泣き始めたサラにロイは大焦った。本人曰く様々な死線をくぐってきたが、そのどれよりも焦った。
「ご、ごめん! 今度は俺が食うから、食うからな!?」
「死なないでお兄様!!」
2人は森の中で硬く抱き合う。そうしておいおい泣く。
いつもなら父が突っ込みのだが、あいにくと既に他界している。突っ込み不在の2人は怖いのである。
「な、何で泣いているの……?」
否! ここにいた!
この2人に突っ込む者が! ここに!!
透き通るような金の髪に金の瞳。背負っているのは弓と矢。腰には短剣。ぱっと見では狩人に見える。だが1つ目を引くところあるとすれば頭に輝く結晶の様な角、だろうか。
「おお! 人だ!!」
「ほ、本当ですよ! お兄様!! 人です!!!」
「アンタ達、何なの……? 人って何……?」
少女は若干引いた様子でそう言う。
普通、自分の姿を見たら人だと思うだろう。常識的に考えて。
目の前の2人はもしかして魔物の類だろうか……?
少女がそこまで考えて短剣を抜こうとした瞬間に、
「俺たちは人間だ! 悪いが食料を分けて貰えないか!! 俺たちもう3日も何も食べていないんだ」
「3日も!? 良いわ。干し肉あげる」
少女は腰のポーチから干し肉を取り出すと、適度な大きさにカット。ロイとサラに手渡した。
「お、恩に着る」
「水もあるわよ。飲みかけだけど……」
「助かる。うう、良かった。まだ人の優しさは残ってたんだなぁ……」
ぼろぼろ涙を流しながら干し肉をかじる兄。久しぶりに人の優しさに触れて涙が止まらない。
「ど、どういう状況なの?」
どうもこうもない。ただ3日間食事を取ってないだけである。
「あの……失礼ですけど名前を伺っても?」
サラが金髪の少女に問いかける。
「ラケルよ。姓は無いわ」
「ラケルさん、私はサラです。こちらで涙を流しているのが世界最強のお兄様です」
「ロイだ」
「世界、最強……」
ラケルはサラから紹介されたロイを胡散臭そうに見た。
「こら、サラ。あまり他人に世界最強だとか言うんじゃない」
自分で名乗っていたのは棚にあげてロイが妹をたしなめた。
「はい。申し訳ないです。お兄様」
「ということでよろしく」
ロイは握手を求めたが、それを無視してラケルは尋ねた。
「こんな所で2人は何をしてたの?」
「よく聞いてくれた。実は俺たち、最果ての村に用事があるんだ」
「ウチの村に? どうして?」
「「ウチの村?」」
サラとロイの声が重なる。はて、一体全体どういうことだ?
ラケルは2人の疑問に答える様に言った。
「フィニスの村は私たちの村よ」
さて、鬱蒼とした森を歩くこと数分。森を抜けると、すぐに人工物が見えてきた。野生動物が入らないように木の柵で覆われた中に入ると、中はぼちぼちの人数がいる。洗濯をしている者や、果物を干している者。他にも子守りをしている者や、中にある畑仕事をしている者もいる。
だが、
「……男がいない」
「それに皆さん頭に角が生えています」
そう。男女比率が明らかにおかしい。まだそこいらを駆け回っている子供たちは確かに男女が半々だが、中に仕事をしている者たちはほとんどが女だ。
「ラケルー! もう帰ってきたの!?」
「今日は獲物取れた!!? お肉は?」
「ラケル姉、その人たち誰ぇ?」
子供たちがラケルを見つけるとわっ、と子供たちが集まってきた。子供たちにも、皆、角がある。
「獲物はまだよ。お客さんを連れて来たの」
「「「お客さん?」」」
「そ。長老のとこに連れていくの」
「そっかー」
長老というワードが出た瞬間、子供たちはラケルの元から離れていった。聞き分けの良い子供たちだ。きっと素直なんだろう。
「俺子供苦手なんだよね」
「お兄様、私はまだ子供ですよ?」
「サラは別!」
とか何とか言っているとラケルが一際大きな家の前に立ち止まった。
「ここが長老の家よ」
「はぇー。ここが」
「おっきいですねえ」
「……本当にこの村で暮らすの?」
この村で暮らすには長老への挨拶が必要不可欠ということで、ラケルが2人を案内してくれた。だが、ラケルは突然そんなことを聞いて来た。
「おう! 親父の出身の村だからな!」
「街の出身なんでしょ? どうして、村なんかで……」
そういって顔を顰めたラケルの機微をロイは感じ取った。
「なるほど、ラケルは街で暮らしたいのか」
「えっ!? そ、そんなこと……。ま、まあ多少は……あるけど……」
「街なんてろくなとこじゃねえぞ?」
「そうなの?」
「そうだ。何をするにも金だ。金がいる」
「お金が」
「そうだ。そのためには働かないといけない。だが、働いたって稼ぎは微々たるものだ。俺たちに満足な金入って来ない」
「……そうなの?」
「そうなんだ」
何だかんだ言ったが要するに金のために働きたくないだけである。
のんびり暮らしたい!
あくせく働きたくない!!
「……ふうん」
ラケルは渋々と言った具合で納得した様子を見せると、長老宅の扉をどんどんと叩いた。
「長老ー! ラケルです! おられますか!!」
そう言って扉を叩くが反応はない。
「あれ? 出てこないわね」
ラケルは首を傾げると、扉を開けた。
「長老ー! 入りますよー!!」
「え、勝手に入って大丈夫なの?」
「え? 駄目なの?」
純粋な目で返されたロイは困惑。街は家に鍵をかけるし、泥棒とかと間違えられるリスクがあるので他人の家に勝手に入らないのだが。
しかし、郷に入ってはなんとやらである。
「お邪魔しまーす」
ロイとサラは長老宅へとお邪魔することにした。
幸先が悪いなァ……。