悪乱修羅の襲撃 後編
「よしよし、良いぞ。順調だ」
町の上空から密かに一連の騒動を見下ろしていたリューガは、赤い触手に向かっていくれなたちを嘲笑っていた。
この赤い触手の正体は、リューガと罰悪修羅の命を受けてやって来た最強の悪鬼の一角…悪乱修羅だ。
もちろんそんな悪鬼を知らないれなたちは敵を正確に予測する事もできず、ひたすら触手をかわしながら敵が全身を出すまで触手を切り刻んで飛び回る。
れなと粉砕男は手刀、ラオンはナイフを剣のように振るい、葵は離れながらスナイパーライフルを連射する。
どの方法でもれなたちの力量ならば触手を切る事ができた。
黒い液体が飛び散っていく。この調子で本体を炙り出す作戦だ。
触手はれなたちの相手よりも、町への被害を優先しているようだった。
れなたちが一本の触手から少し目を離した隙に、ビルに向かって触手が振り下ろされる!
「あっ!!」
れなが真っ先に気づき、触手の正面に先回り、振り下ろされる触手を両手で受け止める!
これはチャンスだ。
「うおおおおおりゃあああああ!!」
咆哮のような叫びと共に、れなは渾身の力を込めて触手を引っ張りあげる。
このまま本体ごと引きずり出すのだ。
そして、れなの全力の闘志が報われたかのように、触手の主が地中から顔を出そうとしていた。
コンクリートの地面にヒビが入り、盛り上がり、瓦礫をばらまきながら、それがゆっくりと現れる。
現れたのは…赤や緑の液体にまみれた巨大な内臓のような奇怪極まりない物体だった。
触手の大きさから想定していた以上の大きさ。町のビルよりも高い。
目玉や口がくっついており、それらは激しく蠢いて人に嫌悪感を与える為だけに作られたような姿だった。
これが悪乱修羅だ。
正体がバレたと見るや、悪乱修羅は触手を自身の周りで振り回し、妙な動きを始める。
れなたちは何か嫌な予感がした。
回る触手が駆け抜けた跡から、赤い血管のような触手が地面を侵食し始めたのだ。
その血管からは、今まで悪鬼と戦ってきた時に感じた血の臭いと似ていた。
同時に、全身に重みが走るようになる。臭いを嗅いだ瞬間に、重力が上がったかのような重みが全身にのしかかったのだ。
「な、何だこれは…」
粉砕男ですら両手を地につけてしまう。最も理解力のある葵が、これは臭いを通じた一種の呪いなのだと察知する。
…分かったところで対処法は分からない。このまま目の前で町が壊されていくのを黙って見ている事しかできないのか…。
れなたちは、希望を捨てない。今この町を守れるのは自分達だけだ…!
「…葵!他の仲間を呼べないの!?」
れなに聞かれ、葵は悔しそうに首を横に振る。れみやテリーなどの仲間は、他の依頼に対応して遠出している。
今町が大変な事も恐らく知らないだろう。まさに絶望的状況。
…だが、一同にはある希望の存在があった。
いつもこんな危機の時、彼女たちは決まって現れる…。
「おりゃあああ!!」
この日も、やはりそうだった。
赤い閃光が走り、目の前でビルをなぎ倒す悪乱修羅の触手から黒い液体が飛び散る。
彼女の登場だ。
「鬼子!!」
うつ伏せに倒れたまま、れなたちは歓喜の声をあげた。
空から赤い光を放ちながら、鬼子が降りてくる。
鬼子だけでない。
オレンジ色の髪に、赤い紋章がついた服を着た一人の少年…火竜も降りてきた。
悪鬼狩人の二人が降りてきたという事で、あの醜悪な怪物は悪鬼である事が確定する。
あとは自分達に任せろとばかりに火竜が両手の拳に炎を纏う。
「悪乱修羅だわ。初めて見たわね」
「罰悪修羅のクソジジイの使いだな!」
互いの波長を合わせるかのようにお互い語り合った後、臆せず悪乱修羅に向かっていく!
無数の悪鬼の集合体である悪乱修羅にとって悪鬼狩人である二人は天敵であり、そして復讐すべき敵でもある。れなたちの時以上に激しい動きで対抗してきた。
知性を感じさせる動きだった。だがこの程度の敵は、多くの悪鬼を相手してきた二人にとっては、まさに今更だった。
悪乱修羅の振り下ろされていく触手を背に、ひたすら走り抜けていく。
触手の衝撃で目の前の大地がめくり上がり、上り坂が出来上がる。二人は坂を上り、悪乱修羅はチャンスとばかりに猛スピードで触手を突き出した。
坂道が砕け散るが、これこそが二人の目的だった。砕けた瓦礫にできる限り体を隠し、悪乱修羅の触手に急接近。
触手の目玉や口が驚いたかのような表情を見せる。
れなたちは、二人が悪鬼の専門家である事を改めて実感し、彼らの戦いを観戦していた。
しかし…そう上手くはいかなかった。
悪乱修羅の全身の目玉が突如エメラルド色に輝き、今までにない力を放ち出す!
悪乱修羅の変貌に、その戦いを見ていた全員が驚愕、避難していた住人たちは一瞬宙に浮いてしまう。
同時に、悪乱修羅の戦闘力が跳ね上がった。
触手の速さは鬼子たちでも対応しきれない程に上昇、正確に狙い打ち、鬼子は叩き飛ばされてしまう。
火竜が驚いている隙に、悪乱修羅の更なる一撃が飛んでくる。鬼子と同じように触手で吹き飛ばされ、飛び交っている瓦礫に叩きつけられる。
岩の砕ける音と共に、火竜は悔しそうに目を細める。
「ぐっ…悪鬼狩人なのに悪鬼に吹っ飛ばされるなんてよ…」
「あとは任せて!」
火竜の頭上をれなたちが通りすぎていく。
悪乱修羅は悪鬼狩人たちから今度はれなたちへと素早く切り替える。
目玉が飛び出そうな程に突きだし、瞳からエメラルド色の光線を発射してきた!
「勇者エメラルドの力か!」
悪鬼狩人の鬼子たちが悪鬼に慣れているように、エメラルドの力を持つ者と戦い続けてきたれなたちはすぐにその力を察知、手慣れた動きで攻撃をかわしていく。
体を横に捻り、勢いのまま回転させながら悪乱修羅の真横に回り込み、ラオンがナイフで切りつける!
黒い液体が飛び散り、それにまみれるラオン。
「ぶええ!!気持ち悪…」
ラオンの全身から力が抜けていき、そのまま地上に叩き落とされる。
続けて粉砕男が悪乱修羅の目玉に拳を振りかぶり、殴り付ける!!
目玉からも嫌な音と共に黒い液体が…。
「ぐっ…!葵…!」
粉砕男は薄れる意識の中、葵に左手を伸ばして合図をした。
瓦礫が落ちるなか、葵はまだ無事なビルの上から悪乱修羅にライフルを構え、引き金を引く。
鉄の鉛が怨念の塊に放たれ、乾いた唸り声…銃声をあげる。
弾丸は悪乱修羅の皮膚を貫いた瞬間に、黒く染まった。
それは、数十メートルほど離れた葵も無事では済まさなかった。
何と、この距離でも黒い液体が飛んできたのだ。
葵は液体に直撃、派手に転倒しながらも、れなに右手を突きだして合図。
倒れる葵の頭上を飛んでいくれな。
仲間たちの攻撃のおかげで悪乱修羅はかなり消耗していた。やはり、無数の怨念を組み合わせていては不安定なのだ。
だが、それを見ていた火竜が何やら違和感を感じているようだった。
(…確かに無数の怨念を固めるにはそれ故の結束力が必要だ。だが、伝承に聞く悪乱修羅はもっと強かったはずだ。…それに、悪鬼は罪から生まれた存在。怨念はそれなりに結合性もあるはずなんだが…)
「火竜、行くよ!」
はっ、と上を見上げる。
そこには、空中で手招きをするれなが飛んでいた。
すぐ横を見るとそこには同じように何かを考えていたかのような鬼子が。
互いに顔を合わせ、恐らく同じ事を考えたが、まずは倒すのが先だ。
頷きあい、れなの後に続いて走り抜けていく。
れなはまだ無事なコンクリートの地上に降り、左手の平を向け、力を集める。
鬼子と火竜も、出せるだけの力を集め、悪乱修羅一体に集中する。
「オメガキャノン!!」
「射炎獄!」
れな、そして悪鬼狩人二人の必殺技だ。
オメガキャノンと射炎獄のミックス…燃え盛る青い炎の光線が出来上がった!
悪乱修羅は触手を構えて防御に出るが、そんなものこれまでの修羅場に比べればどうって事ない。
光線は触手を貫き、黒い液体もものともせずに悪乱修羅に飛んでいく!
悪乱修羅の体を突き抜ける光線。巨大なブルドーザーでも走らせているかのような地割れを発生させながら飛んでいき、少しずつ消えていった…。
悪乱修羅は穴の空いた体を無数の目玉で凝視しながら、ゆっくりと倒れこんだ。同時にその体は泡立って黄ばんでいき、やがてドロドロに溶け、数秒で蒸発してしまった…。
悪鬼たちの魂が、再び本来あるべき場所…地獄へと戻っていったのだ。
「共存の道はまだ遠いわね…」
鬼子は、どこか虚しそうに鎌を下ろす。
悪乱修羅の残骸があった場所には、未だに腐臭が漂っていた。
だが、その不快な臭いとは全く真逆の、何か心地よい物の気配を感じとる鬼子。
「…これは?」
「おーいれなー!!」
戦いを終えたれなのもとへ、粉砕男が先導して仲間たちが駆けてくる。
何とか勝てた。あっという間に勝ったように見えたが、最後にとどめをさせたのは彼らが悪乱修羅の気を引いてくれたおかげだ。
「皆、だいじょうぶりぶり?」
「平気そうだな」
呆れたくなるようなれなの言葉に、粉砕男は腕を組んで頷いた。
「ちょっと皆」
互いに合流しあうれなたちのもとへ、鬼子と火竜もやって来る。
鬼子の手に、何かが握られていた。
「私が間違ってなければだけど、これって…」
れなたちはそれを見て、予想通りの物に頷いた。
それは、勇者エメラルドの欠片だった。
その光は、あの巨大な悪乱修羅を動かしていただけあって、今まで以上の光を放っていた…。




