マスターマルマン 茶牙鬼
「おーっと、またムッキー選手の一人勝ちだ!」
テレビ画面から響く活気に溢れたアナウンサーの声。
客からの叩きつけるような力強い声援、青いリングの中心で鍛えぬいた右手を掲げる球体状の体の茶色い生物…世界チャンピオンムッキー。
その凄まじい力で世界的な人気を誇る彼だが、敗北者を罵倒するは踏みつけるはの傲慢な性格故、彼のアンチも少なくはなかった。
画面の前で頭を抱えているれみも、そのうちの一人である。
「あーもう!またムッキーの勝ちだよ!!」
「痛め付けて倒すのは本当に気持ちがいいなぁ?」
たった今倒したばかりの若い人間のボクサーを短い足で踏みつける。体格差ではどう見ても人間の方が上だが、それは素人の意見。人間の半分ほどもないムッキーの体には、体格差など戦闘に一切役に立たせない程の技量や力があるのである。
戦いが終わり、あるのはリングのムッキーの数少ないファンの歓声、そのファン以外の人々の冷たい視線。
どちらにせよ、ムッキーにファンやアンチなどどうでもいい。ただ戦い、痛め付けられればそれで良いのだ。
…だが、彼は少し痛い目に遭う事になる。
「相変わらずだな」
リングに、感情を感じられず、しかし活気に満ちた力強い声が響いた。
観客たちと共に、視線を向けるムッキー。
新たな挑戦者かと思ったが、その顔を見てムッキーは凍りついた。
ムッキーと同じく丸い体に、体の色は青、頭にはアルファベットのMを模したような青い冠、両肩に当たる部分にはMと書かれた装身具が取り付けられていた。
ムッキーは彼を知っていた。
「マ、マスターマルマン!」
マスターマルマン。
千を越える弟子を持つと言われている、格闘家の間では知らぬ者の方が少ないとさえ言われている最強の格闘家。ムッキーもまた、かつて彼に技を教わっていた。
その際には、格闘家に何より必要な「礼儀」を叩き込まれていたのだが…。
リングに上がる乱入者にざわつく観客たち。一部の一般人も、彼の事は知っているようだった。
「貴様には、もう一度修行をつけねばな!!」
マスターマルマンの怒鳴り声は、数百メートル規模にも渡って周囲に響いた。
「ったくもー、何でムッキーなんかが勝つんだよ!」
ムッキーの独占勝ちに納得いかず、プリプリ怒りながら街を歩くれみ、そんな彼女をなだめるように背中を右手で擦る葵。何だか異様な光景だった…。
しばらく歩いていくと、いつもの公園が見えてくる。
れみはこの間、滑り台で遊んでいたのだが、滑ろうとしたところへ姉のれなが飛んできて、何の意味もなく後ろから突き飛ばされた事を思い出し、余計に腹が立ってきた。
「あ~もう何もかもがムカつく!!公園を破壊しないと気が済まないいい!!」
本当に公園を破壊しかねない勢いのれみを止めようと、葵はれみの前に出て公園に先回りしたのだが、そこであるものを発見する。
公園の中心に、何か黄色い棒が建ててある。問題はその棒に何かが縛られているところだった。
それは、つい先程テレビで見たばかりのムッキーだったのだ。
短い手足を伸ばした状態で縄で縛られており、無様な姿だった。
何故ここにムッキーが、何故こんな姿になっているかも分からずにれみはムッキーを挑発した。
縛り付けられて動けない状態のムッキーを殴り、蹴り、完全にストレス発散のサンドバッグに使用している。
「おい!俺はサンドバッグじゃねえぞ!」
何とか拘束から逃れようとするムッキーだが、やはり動けない。誰の仕業なのか、葵は周囲を見渡した。
…公園の茂みのなかに誰かがいる事に気づいたのは、公園に来て約十分ほどたってからだった。
そこには、先程ムッキーのリングに上がったマスターマルマンが、茂みから様子を伺っていたのだ。
完全に気づけなかった。完全に気配を消していたのだ。
更に葵がこちらに気づいた事にマスターマルマンもまた気づくと、自ら茂みから出てくる。
「やあやあ、私はマスターマルマンという者でね。今傲慢な弟子に罰を与えているのですよ。お見苦しいところをお見せして大変申し訳ございません」
頭…というか、体型の都合上体全体を下げて礼儀を示すマスターマルマンに、れみと葵も思わずお辞儀した。
こんな格闘家は久々に見た。しっかり礼儀がなっており、立ち振舞いも完璧。
それに引き換え、ムッキーはすぐ近くで暴言を吐き散らしながら相変わらずバタバタしている。
チャンピオンに、そのチャンピオンの師匠が集まっているところ以外は、ごく普通の日常の一場面になると思われたが…。
こんな強者が二人も集まって、何も起こらない訳がない。
全員気づいていなかったが、上空に目玉を模したドローンが飛んでおり、一同を監視していた。
ドローンの後ろには、黒いマークに赤い字で「闇」と書かれた紋章が。闇姫軍のドローンだ。
ドローンの映像は闇姫の城のモニター映像に繋がっており、闇姫軍四天王の蛙型怪人、ガンデルがその様子を見ていた。
「ふふ…中々良いやつらが揃ってるねえ。早速お前に働いてもらおうか?」
ドローンは黒目の部分から虹色の光を発射し、コンクリートの地面に照射する。
ある程度の魔力も作用している光線だったのか、一同は何か嫌なものを察知し、光線を放つドローンを発見した。
突然の怪しいドローンに困惑するしかない一同。こんな物破壊しちまえよと読者の皆様は考えると思うが、突然の事態というのは意外な程に対処が遅れるのだ。
光線の正体は、いわゆる召喚光線と呼ばれるものだった。
照射地点に少しずつ何かのシルエットが現れだし、やがてその全貌を明らかにする。
その姿は、直立した茶色い体毛の狼だった。両手に爪、口内に鋭い牙、まさしく野生の狼そのものだ。
血に飢えたその目は、一同を睨み付ける。そこからは、獣の野性的な殺意ではなく、人間のような、ドロドロしたひねくれきった憤怒の意思が伝わってくる。
マスターマルマンは、一同の前に立ち、得体の知れない敵に構えをとる。
丸い背中に、全身から放たれる闘気を背負っているようだった。
狼のような相手は、はじめは獣の唸り声をあげていたが、突然流暢に人語を話した。
「俺は茶牙鬼!闇姫様の命だ。お前たちには死んでもらおう」
悪鬼でありながら、闇姫の使いのようだった。これにはれみたちも驚きを隠せない。
謎の悪鬼、茶牙鬼は獣らしく四足歩行になる。こちらに向かって飛びかかり、まずは一番弱そうなれみを狙ってくる!
れみは両手で顔を覆い、防御姿勢をとる。しかし、茶牙鬼の牙は彼女の腕に深く食いつく。
アンドロイドの肌でさえも貫通するほどの硬さだ。れみは穴の空いた腕を押さえながら、転げ回る。
「い、いってえええ!!」
久々の大ダメージに、物凄い形相だ。れみの仇とばかりに、葵は茶牙鬼に銃を向けた。
だがそんな彼女の前に、歩みでる者がいた。
マスターマルマンだ。
マスターマルマンはは葵の方に振り替える。紫色の目の隅々まで、闘気が宿った表情だ。
「そこのお嬢さんの仇を討つついでに、ムッキーに武道の極みを見せてみたい。よろしいかな?」
葵は頷く。彼が積極的に協力してくれるなら、余計な弾丸を撃たなくて済むという事だ。
マスターマルマンは一礼すると、茶牙鬼の方を向いて再び構える。
「何だお前は?クソチビが悪鬼に勝負を挑むというのか?」
「かかってくるが良い。一匹狼」
何だか物凄く馬鹿にされたような気がした茶牙鬼は、先程以上の勢いで飛びかかってくる!
誰もが危ないと思った。
本当に危ないのは茶牙鬼の方だというのに。
マスターマルマンは、茶牙鬼が着陸してくるまでの時間を瞬時に把握し、右手を振り上げた。
茶牙鬼の腹部に炸裂した拳。拳と落下の衝撃が、全身に駆け巡る。
茶牙鬼は空中でバランスを崩し、仰向けになって落下してくる。
マスターマルマンは落ちてくる前に空中で茶牙鬼に目にも止まらぬ打撃の嵐を放つ。打撃の勢いで、滞空してしまう茶牙鬼。
れみたちには、その動きは全く見えていなかった。
連続打撃のラストを飾る拳を打ち込む為、拳に力を集めるマスターマルマン。
右手が青く輝き、マスターとしての威厳を示す為か、その光にはご丁寧にもMの字の紋章が浮かんでいた。
情け容赦なく振り下ろされる拳!!
茶牙鬼は、コンクリートの地面に凄まじい勢いで叩きつけられる。上から叩きつけられた衝撃が地面に炸裂すると同時に新たな衝撃を生み、茶牙鬼を天高く吹き飛ばした。
「ちくしょー!!!」
茶牙鬼は、細やかな捨て台詞を残しながら空の果てへ飛んでいった。
その拳の速さ、正確さに驚かされっぱなしのれみたちは、しばらくの間口を開けたまま動けなかった。
何食わぬ顔で戻ってきたマスターマルマン。ムッキーを拘束している縄をほどき、彼の前に拳を掲げてみせた。
「どうだ?」
「…さすがです師匠…。一生ついていきます!」
目を輝かせるムッキー。
「あのムッキーがこんなに…凄い人もいるもんだな」
れみも、まだ見ぬ強敵たちが待ち受けてると思うと、目を輝かせずにはいられなかった。




