ウイルス注意報
「ただいまテクニカルシティにウイルスが漏洩中!テクニカルシティ第6支部バイオ研究所と見られており…」
ソファーに座ってニュースを見ながらも、れなはすぐ後ろで手帳を書きながら椅子に座っている博士に聞いた。
「博士、これはどういう事ですか?映ってる人が皆マスクしてるんですが」
博士は、神妙な面持ちで答えた。
「生物学の研究所から、危険なウイルスが漏洩したんだよ。幸い明後日の三時に滅菌用のガスが町に撒かれる。三日間の間、皆感染しないようにマスクをして、密集も避けてるんだ。勿論遠出も今は極力禁止だ」
滅菌、感染とよく分からなかったれな。だが、とりあえずマスクをする事でそのウイルスとやらを防げる事は分かった。
れなはアンドロイドなので感染する事はないが、外に行く際は誤解されないようにマスクをしていくように言われた。
久々のマスク姿で外出するれな。いや、久々というか今までこんな物つけた事はなかったかもしれない。まだ口元で息が跳ね返ってくるこの感じに慣れてないのか、頻繁にマスクをいじっていた。
「うわーお。こりゃすげえーな」
れなは辺りを見渡す。町行く人々全てがマスクをして歩いているのだ。
統一性のない普段の世の中とは思えない。それほど今回の騒動は大きいという事か。
「ん?」
そんななか、れなは謎の集団を発見する。
それは、町でも中々目立つマスクをしていない若者たちだった。いかにもチャラチャラな赤い髪や金髪の男女が町のレストランの前で騒いでいる。
マスクしないといけないんじゃなかったのかと、れなは彼らに話しかけてみた。
「ちょっと、マスクしてないの?」
れなの発言に対し、若者のリーダーと思われる金髪の男が、まるで聞かれる事を分かっていたかのように答えた。
「うるせーな。そうだよ。ウイルスが何だよ。皆マスクしてるけど、警報が出る割には俺らの周りでは一切感染者なんて出てないぞ」
何という不用心な。皆がマスクしているのに、こいつらは何様のつもりなのだろうか。
れなは彼らにマスクをするように促したが、全く聞かない。
そういえば博士からは飲食店はより感染の恐れがあるから気を付けなさいと言われていたのを思い出した。
それに、この若者グループは今いる限りでも六~七人程もいる。これではクラスター大発生だ。
「俺らはウイルス騒動が始まる前にここに予約してたんだから、口出すんじゃねーよ」
そう言い残すと、若者たちはレストランにゾロゾロと入っていった。困り果てたれなは何とか彼らを止めようとしたが、店内に入られてはもう止められない。
渋々彼らを見過ごしたれなは、ウイルスがどこにあるかも分からない町を彷徨くのが急に怖くなってきた。
身震いがして、今日はさっさと家に帰る事に決めた。
そして…本来ならば一時間ほど外出する予定だったれなは、たった十分ほどで帰ってきたのだった。
それからはまさしく外出自粛。多くの町の人達もそうしているように、れなも家に籠ってゲームをしたり漫画を読んだりと家でできる事で楽しんでいた。
感染の恐れはないのだが、町の人達がしっかり自粛しているなかで、自分だけ無意味に近い外出で彷徨くのは気が引けたからだ。
三日間はそれで過ごした。外に行けずにいつもと比べると退屈だったが、それでもまあまあ楽しむ事はできた。
テレビをつければウイルスのニュースが大半を占め、今回の騒動の大きさを物語っていた。そこでもやはり、密集する事を避け、特に飲食店は控え、必ずマスクをし、手洗いうがいに心掛ける事が推奨されていた。れなはその度に、あの若者達の事を思い出していた。
もしも彼らが感染していたら…だが、もし感染していたとしても、それは彼らの自業自得。ウイルスが漏洩した事とはまた別問題だ。
何とも言えないモヤモヤした気分だった。
そして…三日後。
町には、開発された滅菌ガスを搭載したヘリが到着。町に撒き散らされ、人々は施設内に籠ってその様子を見つめていた。
緑のガスが包み込む様を見て、何も知らず無邪気にはしゃぐ子供、ウイルスの恐怖から解放されて胸を撫で下ろす老人たち。
ガスは数十秒程撒かれ、しばらく立ち込めていた。
「…終わったかな」
れなは窓の外を覗きながら、周囲を見渡した。
緑のガスがなくなり、全く変わらないいつもの町となったが、空気中からウイルスが消えたかどうかなど当然分からなかった。
「午後三時頃、滅菌ガスが町にばらまかれ、ウイルスの滅菌作戦が実行されました。作戦は成功、テクニカルシティ市役所では、今後もウイルスの完全除去と…」
ニュースによると、まだマスク生活が続くようだった。僅かな破片からでも発生するウイルスは油断できない。この判断は正解だろう。
今後の生活を指摘するニュースの後、今回の感染者についてのニュースも飛び込んできた。
「この騒動により、二十代の若者グループが全員感染し、現在病院で治療を受けております」
れなはこれを聞き、あっ、と声をあげて飛び上がりそうになる。いや、実際ほんの少し飛び上がっていた。
「…やっぱりあの後、『かんせん』したんだなぁ」
やれやれと、真顔でため息をつくれな。あの時止めておけば…何ていう罪悪感は意外となかった。
どう考えても彼らの自業自得だ。しっかり警告はしたし、町もマスクをするというルールをきちんと出していた。
結局は自分の身は自分で守るのだ。
ウイルスの残留期間が過ぎるまで、れなはしっかりマスクで過ごし、期間が終わると、仲間たちと久々に再会したのだった。




