闇姫の愛馬
ドクロ型の小さな兵士たちや黒い鎧の兵士たちが、荒れた戦場を駆け回る。手にした槍や銃で敵兵の反撃も元ともせず、建物を破壊し、次々に進行していく。
彼らが掲げるは、黒い旗に赤く「闇」と刻まれた闇の旗。
「降伏せよ!我ら闇姫軍の黒き意思はこの世の誰にも止める事はできぬ!」
球体状の体に四本の腕を持つ灰色の生物…闇姫軍四天王のバッディーが、崖の上から指揮を取っていた。
荒らされた街の住人たちは次々に手を上げていき、報復の意を示していた。
ここで初めて、バッディーの後ろに潜んでいた闇姫が顔をだす。
黒いスカートとツインテールをなびかせ、赤い左目は嵐のような威圧感を放っており、目につくもの全てを凍らせるようだった。
鎮圧された戦士たちはたちまち膝をつき、震えが止まらない全身に冷や汗を流し、自由の効かない体で必死に偽りの敬意を示す。
闇姫はふと、彼らの隣に臆する事なく立たずむ美しい馬たちを見下ろした。
美しい毛並みは、戦場の生臭い風の中でも気品を放ち、乱れる事なく一定の方向に流されている。
「…」
闇姫は、何かに気づいたようだった。
崖の上から住民たちを見下ろしたままバッディーに指示する。
「バッディー」
「はっ、何でしょうか」
四本の手を全て下ろし、地につくバッディー。
「私は馬が欲しい」
「え?」
「私は馬が欲しい。二度も言わせるな」
突然の欲求だった。
…城に帰還し、バッディーについていく闇姫。
何を突然馬など欲しがるのかと聞いてみたところ、戦場を通る時は王家らしく馬にのって下民どもを見下してやりたいのだそう。
確かに闇姫のような低身長では見下せる相手はごく限られている。何より、馬にのれば王家らしさが際立つというアイデアは、兵士たちも大いに賛成だった。
城のすぐ近くにある森の入口付近に、馬小屋がある。そこを目指すバッディー。そこに闇姫にピッタリな馬がいるのだ。
「ここですぞ闇姫様」
辿り着いた先の馬小屋は、闇姫の王族が大昔から使い続けている由緒正しい馬小屋だ。だが長らく掃除されてないのか壁や窓は薄汚れ、壁の一部が剥がれ落ちている。
ここまで放置された原因はただ一つ。中にいる馬が、あまりに凶暴すぎるからだ。
「お邪魔しまーす…」
一人の勇敢な兵士がかしこまりながらドアを開く。
何を馬ごときにそうまで恐れる?闇姫は思った。
この後闇姫は、その馬への甘い考えを改める事になる。
突然、大量の木材が飛び散る音が響き、兵士たちが宙に舞った!!
一瞬の叫び声と共に、砕け散った小屋からそれが現れる!
粉々になった小屋の瓦礫を浴びながら現れたのは…
灰色の体にカラスのような羽毛を生やし、屈強な筋肉に覆われた体を持つ馬だった。両目は殺意に満ちたかのように赤く輝き、鼻からは黒い鼻息が吹き出している。
既に兵士たちは怯えきっている。四天王であるバッディーだけは、その強大な力を感じつつも一切怯える様子は見せていない。
「こいつが闇姫様の愛馬となるであろう、華羅崇であります。大昔から闇姫軍が保有していた大馬だったのですが、まさか今日解放する事になろうと…ぐはっ!!」
突然バッディーの全身に激痛が走る!
華羅崇は、バッディーをボールのように蹴飛ばして、そのまま丘の向こうへと走り去っていく。
「まずい!あの方向は城下街!下民どもで打てる相手ではありませんぞ!」
バッディーはすぐに立ち上がり、闇姫と共に兵士たちを置いて後を追った。
闇のような黒い鬣を揺らしながら、あっという間に城下街へ辿り着いた華羅崇。長年閉じ込められていた事もあり、まだまだ暴れたりないのだろう。
街の門を突進で破壊し、道路に深い足跡をつけながら突き進んでいく華羅崇に、街の悪魔たちは驚き、どよめくばかり。
目の前にある物全てを破壊する華羅崇の姿は闇の破壊馬だった。まさに闇姫の愛馬に相応しい。
「待て」
上空から聞こえてきた声が、華羅崇の荒れ狂う足を止めた。
闇姫が、華羅崇の羽毛とよく似た灰色の翼を広げて飛び、華羅崇を見下していた。
「所詮はお前も下等よ。地に足をつけて何が私の愛馬だ」
その言葉を理解しているのか否か、華羅崇は全力を込めて地を蹴飛ばした!
高層ビルをも破壊する衝撃が大地に走り、コンクリートの瓦礫を撒き散らしながら華羅崇は美しく宙を舞う。
「と、飛んだぞー!!」
一人の住民悪魔の声が響く。黒い雲に覆われた空に、華羅崇の鬣が泳ぐ。
飛んできた華羅崇は闇姫に全力の蹴りを打ち込もうとする!
闇姫は華羅崇の力を確かめる為にあえて左手を突き出して受け止めた。
「…」
闇姫の腕に、凄まじい振動が走る。全身の骨が揺れ動くかのような嫌悪感にまで襲われ、一瞬バランスを崩しかけた。
単純な力だけではない。この馬は魔力をコントロールし、キック力を高めているのだ。
だが、手の内は全て読めた。華羅崇の足を掴み、そのまま回転して振り回す。
「やるな、だがこの私を乗せるにはまだ愚かすぎる」
再び見下し、そして投げ落とす。
華羅崇が叩きつけられ、その衝撃で住民たちは派手に吹き飛んだ。
大地が凹んだようにできたクレーターに、華羅崇は足をバタつかせながら痛みに悶えていた。
しかし闇姫の攻撃を受けても正気を保てる者は珍しい。
ゆっくり降りてくる闇姫。
地に伏してその身を汚す華羅崇を滑稽そうに見下していたが、同時に何かを深く考えているような目をしていた。
「…闇姫様?」
闇姫より遅れて駆けつけたバッディーが、彼女に寄り添って華羅崇をまっすぐ見つめる。
「華羅崇よ。お前に私の身は任せられん。その代わり、我が軍の為に働いてもらおうか」
バッディーは、予想外の展開に驚きを隠せない。
愛馬ではなく、部下として軍に加入するとは。
華羅崇も暴れてある程度落ち着いたのか、先程と比べると足の動きも落ち着いていた。
これなら制御もできるかもしれない。
その後…華羅崇は無事、闇姫軍に加入した。
履歴書など必要ない。闇姫の意思が全てだ。
「さあ行ってこい華羅崇」
主の指示で、華羅崇は燃え盛る戦場へ駆け抜けていった…。




