幻の騎士
光王国にある不思議な草原、幻の丘。
国民は勿論、王家ですらその存在を知ってる者はごく限られたまさに幻の地。
光姫は時々この丘に来ては丘の花の世話をしに来ている。
誰もいないここなら、恥ずかしい鼻唄だって遠慮なく歌える。光姫は最近、ラジオで聞いた物珍しい歌を口ずさんでいた。
「鼻くそは~不快だ~…」
おや、丘にかかった白い霧の向こう側に何か見える。
動いている…動物か?
いや、ここには虫さえ生息していない。ならば人か?
だとしたら今の歌が聞かれているかも…光姫は焦った。
更にその人物は、こちらへ近づいてきてるようだった。
まずい、このままでは何か言われるに違いない!
軽い恐怖を覚え、頭を抱える光姫…。
「…ん?」
その人物を見ると…彼は馬に乗った騎士であることが分かった。
騎士はこの場所を知らないはず。更にその騎士は、何か異様な白い光を纏っていた。
騎士は、兜で覆った顔のまま光姫に言ってきた。
「ここは良い場所だな。隠れられるし、敵にも見つからん」
何だこの人は?よく分からないまま頭を下げる。頭の冠が落ちそうになり、慌てて顔をあげる。
光姫の態度も気にせず騎士は静かに呟いた。
「どうか、この場所を他人に知らせないでくれ」
馬が軽く頭を振る。
幻想的なその声は、少しエコーがかかって静かにこだました。
騎士は煙のように薄くなっていき、白い霧に溶け込むように姿を消した…。
光姫はその後、城に戻った。
あの騎士の事を調べる為に、城の書斎で光王国のかつての兵士たちを探る。
ここに載っているのは大昔、戦争で戦死した者ばかりだ。
彼らに敬意を込め、こうして本にして未来の兵士たちにも伝えていくのだ。
だが、あの騎士は兜の下を見せなかった。なのでどんな顔の兵士なのか分からないのだ。
兵士たちは同じ兜を同じように被っているので、素顔だけが書かれたこの本を適当に読み漁っていては見つからない。
駄目か、と本を置いた彼女の肩に、何か大きな手が置かれた。
振り替えると、そこには白い髪と髭の大柄な男…光姫の父、光星王が、赤いマントを身に羽織って立っていた。
「どうした?急に兵士の本など読み出して」
「お父様。実はですね…」
光姫は、同じく幻の丘を知っている父にあの騎士の話をした。
王とあれど、顔も知らない騎士の話をするのは無駄だと思っていたが…。
…と光星王の顔が一瞬歪み、何かを知っているような素振りを見せた。
何か言いにくそうな顔で、彼にしては珍しく挙動不審。
「お父様、何か知っておられるのですか…?」
「…」
光星王は光姫と共に、兵士たちの目を盗んでカーテンで隠した城の隠しドアを使って幻の丘へ向かう。
幻の丘は、一層白い霧がかかっているように見えた。
足元の緑の草原は白い霧に囲まれている。
草の音を鳴らしながら、光星王は娘を連れ歩いてある場所へ向かっていた。
幻の丘は霧がかかっている以外は木一本生えておらず、果ても見えない迷いの丘とも呼べる場所。
すいすいと進んでいく光星王は完全にこの丘を知り尽くしていた。
光姫は父を見失わない事だけを考えて後を追い続ける。この丘で知っているのは入り口くらいだから。
だからあの得たいの知れない騎士に出会った時も、正直かなり緊張していた。
もし丘の向こうにでも連れ去られたらどうしようかと。
それにしても…光星王は一体どこを目指してるのだろう。足取り的に、闇雲に歩いてる訳でもないらしく、しっかり一定のルートを通っている。
もしや、この丘にまつわる何かを追っているのか…?
普段の退屈な王家の生活を過ごしていた光姫は、思わず冒険心をくすぐられた。
「…ここだ」
光星王が足を止めた場所…。白い霧の中から出てきたのは、墓石だった。
花も添えられていないその墓は、誰にも見つからない霧の中で寂しく佇んでいた。
誰の墓か…光姫は何となく見当がついていた。
光星王は膝を曲げ、墓石と同じ視線で墓を見つめながら話しだした。
「…ここは戦時中、多くの兵士が身を隠した場所だった。彼らは国の為に作戦を立て直す洞穴がわりに使っていたのだが、恐怖のあまり敵軍に寝返り、集まった兵士たちを大量に虐殺した呪われた場所でもあった」
光姫は、今までここはただの神聖なパワースポット程度にしか考えていかなかった。そんな過去があったとは。
言いにくそうに光星王は続ける。
「そんななか、敵軍からも裏切り者からも市民を守ろうと必死になった騎士がいた。彼はひたすら戦い続け、どんなに傷だらけになっても諦めなかった」
純粋な正義、思念だけを持ち続けた一人の兵士がいたのだという。
彼は歴史に刻む名前さえ明かさず、敵軍の一撃で顔面の一部を引き剥がされてしまった。
戦地での致命傷を顔という致命的な部分に負った彼だったが、それでも諦めはしなかった。
まずはかつての避難地…この幻の丘に逃げ込み、他の兵士と同行した。
だが、その時既に光王国は劣勢状況から危機的状況へと陥っていた。
騎士たちは避難した市民を守る為、ほぼ丸腰も同然の装備で敵軍に向かっていった。
当然ながら次々に兵士たちは破れ去り、最後の一人となった兵士の鎧は仲間の血で濡れていた。
恐怖と絶望が襲いかかる。
目の前の敵軍兵士に慈悲はなく、彼に剣を突き向ける。
「…」
騎士は、そんな状況でも勇敢にも立ち上がり、数十人の兵士たちにたった一人で立ち向かう。
彼の最期の言葉は、これだ。
「負けた訳ではない。戦いは、永遠につづくのだ」
「…」
姫という立場ではあるがまだまだ歴史については未熟な光姫。
こんな歴史を知り、複雑な気持ちに。
王は自分で話ながら改めてこの歴史を振り返り、そして現代、彼の霊が現れたのだと悟った。
そして、同時に彼の思いも考えられた。
まだこの戦争地帯…幻の丘をさ迷ってるという事は、彼はまだ戦争が続いてると思っているのだ。
「…」
未だに国民を守ろうと、敵を探してるのかもしれない。
…その時。
白い霧のなか、誰かが立っているのが目に見えた。
人影は、霧に紛れつつもかなりはっきりと目に映っていた。
彼だ。
身に纏う白い鎧を白い霧に溶け込ませながら、こちらに背を向けている。
今までの会話を、耳にしていたかのように。
沈黙する二人。
光星王は、彼にゆっくり歩み寄る。
騎士は、何も言わぬまま背を向け続ける。
「国に仕えし勇敢な戦士よ。戦いは終わったのだ」
戦いの終わりを、ようやく告げた。
騎士は振り替える。
かつて自身が仕えていた王とは違う…当時の人物である彼にとって、それは次世代の国王だった。
騎士は国王と向き合うと、左手を頭に添えて勇ましい敬礼を見せた。
「国王陛下、お国のお役にたてず、申し訳ありませんでした」
感情を表さないよう、必要最低限の敬礼の騎士。
兜で顔が隠れていたが、彼は一瞬、嗚咽を出していた。
光星王が深く頷くと、騎士の体は光の粒に包まれていき…。
まるで幻のように、霧の中へと姿を消した。
しばらく二人は声を出さなかった。
「…国の為、頑張っていかんとな」
光星王は空を見た。
白い霧は、少しだけ日の光を地上に通していた。




