魔王軍の歌姫
「ふほーふほふほ…」
誰もいない草原で一人、歌の練習をするれみ。
そよ風に吹かれ、黄色の二つ編みが揺れ、切り株の上で歌声が空気に染み込んでいく。
歌詞はともかく、実に良い空気だったのだが…。
「下手な歌だな」
れみの歌声が止まった。
憎らしい声のした方を見ると、そこには蝙蝠のナスビが翼の手を口にそえながらクスクス笑っていた。
「歌うぐらい良いじゃねーかよクソヤロウ!!」
いきなり飛び出し、頭突きを食らわすれみ。
激突したナスビはより高い空中に投げ出され、地上にまっすぐ落ちてった。
草むらの上で目を回しながらもナスビはまだ煽る。
「そ、そんな声…我ら魔王軍の歌姫、アルトとソプラノの前には…」
新たな刺客の名か!?れみはまだ見ぬ相手に敵意を示すがナスビはその様子をまた馬鹿にする。
「アルトとソプラノは戦闘員じゃねーよ馬鹿。今度森で歌うらしいから良かったらコンサートのチケットやるよ」
いるか、と言う前にナスビはどこから取り出したのか、チケットを置いていって去っていった。
拾い上げたチケットには、二人の少女がうつっていた。
れみと同い年くらいの幼い二人だ。リコーダーを模したような服を着ており、茶髪を編んでいる。何より、二人とも外見がそっくりだ。
それもそうだろう。キャッチコピーは双子の歌姫。
まともそうだが果たして…。
翌日。れみは悔しさを噛み締めつつ森の広場へ向かう。
草が禿げた白く、丸い広場の上で大人しく待つ事にした。
コンサートが開かれるのは午前10時。そして現在時刻9時55分。丁度良いだろう。
それにしてもコンサートとは一体どんな感じなのだろう。まあ魔王軍のコンサートなど期待していなかった。
そして、世界の時計の針は10時を示す。
「ウェルカァァァァム!!」
物凄い声が響き、れみは後ろに転げ落ちそうになる。
外なのに、何故か周囲が暗くなり、スポットライトが一部を照らす。そこにはシルクハットを被ったナスビがノリノリで司会をしていた。
「ようこそいらっしゃいました!こんな多くのお客さんが来てくれて…さあお二人の歌声で幕を開きましょう!盛大な拍手を!」
たった一人の客に向かって集中的に叫ぶナスビ…。何だか可哀想になったれみは一応拍手自体はしておいた。
スポットライトは広場の中心の大きな切り株に向けられる。
そこには二人の少女が立っていた。アルトとソプラノだ。
「ひゃほー姉のソプラノでーす!!!」
「アルトでーす」
聞く限りソプラノは明るく、アルトは何だか暗い口調…。何より、どっちがソプラノでどっちがアルトなのか姿を見てもサッパリ分からない。
れみに構わず二人はいきなり歌いだした。
歌が始まったその瞬間、森の木々が美しく揺れだす。
優しさの中に力強さもある双子の歌声が、森の木から木に乗り移るように。
ちょっと聞いただけでれみの頭は何だか夢心地に…。
この歌声には、自分の歌も敗北を認めるしかなかった。これは確かにナスビが称賛するだけの事はある。
「素晴らしい歌声…でも…ね、む、い…」
れみの緑の目は、ゆっくりと閉じていき…やがて立ったまま寝てしまった。
「今だ!」
飛びかかるナスビと双子。
寝ていたところをボコボコにされるれみ。
目を覚ましてももう遅い。三人はどこから持ってきたのか鉄煉瓦を持っており、ひたすられみを殴りまくった。
煙が舞い、騙された事にようやく気づいたれみは後ずさりながら彼女なりの捨て台詞を残す。
「く、くそ…!待ってろ…!こっちにも手があるぞ!」
スタコラと逃げていくれみを見て笑いが止まらないナスビ。
茂みに完全に隠れたのを見届けると、ナスビは浮かれてパーティーを始めた。
彼の目的は、アルトとソプラノとパーティーをする事だったのだ。れみの撃破はそのついで。
これもまたどこから用意したのかテーブルを置き、ケーキやマフィンを置いて双子の気を引いた。
「さあさあれみをやっつけたんだ!どんどん楽しもうぜ!」
三人はジュースを飲んで
ケーキを食べて、時々歌を披露し、幸せな時間を過ごしていた。
「うーん素晴らしい!最近まともな飯にありつけてなかったしな!」
ナスビは特に満足しており、これなら魔王様やリューガも呼ぶのも良かったと久々に心が清らかに。
何だか素敵な光景に見えるが、彼らは悪だ。
この憩いの時間は、間もなく終了する。
「待たせたな!」
何故かパーティーしてる三人を見て困惑しつつも、助っ人を連れてきたれみが戻ってきた。
三人は椅子に座ったまま余裕の笑みを崩さない。
「何だ?そんなやつが助っ人か」
れみの横には、葵が立っていた。緑のサイドテールがいつも以上に綺麗になびいている。
その余裕もここまでだ、とれみは葵にマイクを持たせ、耳を塞ぐ。
「マイクだと?アルトとソプラノと歌で勝負する気か愚か者…」
言い終わる前に、葵は歌いだす。
覚えてる人は覚えているだろう。
葵の歌は殺人的音痴なのだ。
「ぶへえええええあえあああああああああああおおおおおおべええええええなぁああああ」
もはや歌詞にすらなってないただの怪音波を撒き散らす。
勿論ナスビたちは耳を塞いで叫び声もなくただただ悶絶するのみ。
「ここ、こうなれば…アルト、ソプラノ!」
目を血走らせながら口からマイクを吐き出すナスビ。
そのマイクは先が緑色だった。それを見てれみが耳を塞ぎつつ気づく。
「あれ、勇者エメラルドの欠片だ!!」
アルトとソプラノがそのマイクで歌を歌うと、音量が上がり、葵に匹敵する歌声になる。
その騒音コンボにも耐えながらナスビは叫ぶ。
「まだだー!もっと声を!!」
双子は更に声を出し、音量は鬼のように増加。音が森の木々を揺らし、動物たちが我先にと逃げていく。
それに呼応するかのように強まる葵の歌声。
双子も汗を流しながら更に大声!
「まだまだだー!!最っ大っ限っ」
ナスビはその言葉を最後に気絶した。双子の声は、更にヒートアップ…!
…かと思いきや、突然沈黙が戻ってきた。
「あれ?」
葵が双子を見ると、手に持つマイクから煙が出てる。
双子は何も言わなくなり、激しく息を切らしている。
ようやく解放されたような顔でれみが胸を張って二人を指差した。
「限界を越え過ぎて声が枯れたんだな!葵!行くよ!」
れみと葵は手を繋ぎあい、同時に空中に飛び上がる。
双子はスタコラ逃げ出そうとしたが手遅れだ。
れみと葵は回転し、周囲に風を放つと双子はマイクを手放してしまう。
それをれみが空中で手に取り、とどめは葵の美しい回し蹴り!
風によって遠心力が生じていた事もあり、その威力は絶大。双子は軽々と吹き飛ばされてしまった。
「今回は大変だったわね」
葵はれみの肩に手を置き、歌い終えた爽快感を胸に笑みを浮かべていた。
「葵のおかげで助かった!ありがとう!」
「いえいえ。それにしても何で私が歌っただけで双子はあんなに大きな声出したのかしら?」
れみは、石化したかのようにフリーズする。
衝撃的な事実が発覚したからだ。
「葵…まさか自分が音痴だと気づいてない…?」




