闇のマルマンとブラック企業
今更だがれみは大のゲーム好きだ。
お気に入りのテレビゲームで遊んでる。ピコピコ電子音が部屋に響くなか、れみはある事を思い出した。
「これお姉ちゃんとよくやってたなぁ。…帰ってこないのかな」
急に悲しい気持ちになり、コントローラーを押す指の動きが鈍くなる。
れなが消えてからどれくらい経ったのだろう。もうあれから全く音沙汰がない。
しかし…彼女の顔はハッキリと覚えていた。
間抜けながらも、純粋な笑顔…。
…そんなれみの意識を遮断するかのように、突然テレビ画面が消えた。
「え?」
真っ暗になったテレビを揺らしてみるが何も起きない。…壊れたらしい。
「何だよちくしょー!」
「助けてくれー!!」
助けを求める声が聞こえた。
研究所の窓から外を覗いてみると、そこには真っ黒な球体の体を持つ生物…マルマンが。
「俺は闇のマルマン。闇の戦士だ」
闇の!?と腰を曲げて戦闘姿勢をとるれみ。
闇のマルマンは焦る。
「違うよ。俺は正義の戦士だ。闇だから悪っぽいのは分かるけどさ」
闇姫のイメージばかりあったれみはハッ、と失礼な態度を改めた。
闇のマルマンは闇の世界の住人…つまり闇姫の支配国の住人らしい。そんな彼が一体何の用なのだろう。
「俺、あの闇姫が支配する国が嫌すぎたんだ。あれじゃ闇のイメージは悪くなる一方さ。だからこの人間の世界で生きていく事にしたんだ!」
中々無謀ではあるがまともな理由だ。闇姫なんかが支配する国が嫌なのはもう聞かなくても分かる。
今は闇姫は行方不明だが、恐らくその情報は知らされていないのだろう。
「という事で俺、何か工場に就きたくて、こうして町の人達から良い所がないか聞いて回ってんだ。良い所ないかな?」
れみが思い付いたのは町の中央部にある小型工場。あそこはそんなに悪くないイメージだし、そんな巨大な施設でもないので労働は楽なはずだ。
早速闇のマルマンはその工場へ行く事に。
「ありがとよ!」
人間の世界で闇世界の住人が暮らしてく…夢のある話だが、何だか不安にも感じた。
その後、闇のマルマンは面接に見事合格した。
彼の熱意と決意は冷たい闇のイメージとは真逆な物。
早速工場のコンテナを機械で動かす作業を任され、闇のマルマンはヤル気満々で働き始めた。
「このレバーをこうしてああして…」
教わった通りに機械を動かす闇のマルマン。新人ながらも懸命に動く彼は労働者の鏡。
そんな彼に他の作業を任せてくる作業員。
「このコンテナも頼むよー。ブラシ掃除も頼むよー」
若い作業員は大きなコンテナを置いていった。闇のマルマンは健気にそれを了解し、また作業へ戻る。
「今日もよく働いたなー」
仕事は大変だが、回りの人達から褒められていくのがたまらなく嬉しかった。
そんな喜びを活力に、闇のマルマンは厳しい労働作業をこなし続けてきた。
「今日はコンテナの設置頼むよー」
大半は若い作業員が指示をだし、闇のマルマンはそれに従う。
楽しい作業で一時はとても楽しい日々が続いた。
一時は…。
「これ頼むよー」
「あれやっといてくれ」
闇のマルマンは少し違和感を感じていた。何故こんなにも自分は任されるのだろう。
いや任されるのが嫌な訳ではない。でも何だか異様だ。
僅かに体に疲れも出ているのか、ある日小型コンテナを落としてしまった時の事。
「す、すみません!」
「何やってんだ!!ったく移住人なりに真面目にやれ!!」
枯れかけた作業員の声に返事をしつつも、闇のマルマンは移住人という言葉にまた違和感を感じる。
そして…事件は起きた。
「え!?」
給料日。
闇のマルマンは銀行にて自分への給料を見て驚愕した。
「これはどういう事ですか!」
闇のマルマンは作業員たちの目も気にせず上司に訴えた。
「出勤した日と給料が全く不釣り合いだ!しかし私と同じ出勤日数の同僚に聞けばそれ相応の金を貰ってる!一体どういう事ですか!!」
偉そうな態度の上司は、闇のマルマンの必死の訴えに冷たく答えた。
「お前は闇の世界の住人。よその人間界で偉そうに語れる立場じゃない。あ、また9件ほどお前に仕事入れたから。あと朝っぱらから大声出すな」
それだけ言い残し、上司は残酷にも背を向けて去っていった。
これだけではない。
モヤモヤした気持ちでその日の仕事を全て終え、今まさに夜空を見上げて帰ろうとした時だ。
「待て。まだ残ってるぞ」
作業は全て終わらせたはず。闇のマルマンは、まさに「え?」という言葉が似合う顔をした。例の偉そうな上司は部屋の奥を指差した。そこには10個ほどの木箱が積まれている。
「すまないが8件仕事入ったからやっといてくれ。完璧にな」
上司は闇のマルマンの真横を堂々と通過し、自分は帰っていった。
「…駄目だ…このままじゃやばいな」
疲れが全身にのし掛かる中、闇のマルマンは彼らの思惑を悟って精神的にも参っていた。
闇の世界の住人で、人間界では偉そうな立場になれない闇のマルマンを良いように利用しているのだ。
それ相応の給料も与えず、ただひたすら任せ続けるのみ。これは、立派な「差別」だ。
「どうしよう。れみに言った方が良いのかな。いや、だが折角入ったのに…」
「あらどうしたの?」
綺麗な声が、彼の疲れきった耳にゆっくりと入ってきた。
声の主は緑のサイドテールに緑のワンピースの女性、葵だ。
れみの仲間とも知らずに闇のマルマンは彼女に軽くお辞儀して去ろうとした。
夜闇に紛れそうな黒い彼の歩みを呼び止める葵。
「あなた、相当悩んでるわね?顔に出てるわよ」
闇のマルマンはガックリ肩の力を落とす。端から見ても分かるくらいに悩んでいたのかと…。
他人に話すのも恥ずかしいがこの際仕方ない。
思いきって闇のマルマンは息を吸い、話し出した。
「…それでどうすれば良いか分からないと」
葵は相づちをうってこちらの話を思っていた以上に真剣に聞いてくれた。闇のマルマンは後悔はしていなかった。
「なら、辞めれば良いんじゃないかしら」
かなりあっさりと答えた葵。闇のマルマンは彼女を見上げ、何故?とジェスチャーをとる。
「だって、そんな事言ってブラックに振り回されて、死んじゃったらどうするの?死んだら二度と金も稼げなくなるのよ。無理して自分を壊してくより、一瞬だけ勇気を出して辞めた方がましだと思うけど」
俯く闇のマルマン。
「あ、一種の意見だから!あんまり気にしないで!!」
葵はすぐに去っていった。闇のマルマンは、しばらく一人で佇んでいた。
電灯が、闇に紛れそうな彼の体を明るく照らし出していた。
「退職願?」
退職願、と丁寧に筆で書かれた紙を、上司はじっと睨み付けていた。
「何故やめるのか理由を聞かせてもらおうじゃないの」
「はい。闇の世界の住人だからどうだの何だの言って、まともな給料も与えてくれず、そのくせ仕事はドカドカ…」
言い終わる前に、上司は立ち上がって理不尽な怒りを爆発させた。
「折角雇ったのに何だその態度は!!」
何だも何も、お前らが辞めさせるような事したんだろうがと叫びたくなるが、ここはグッとこらえて冷静になる。
「申し訳ありません。ですが私、この会社の『差別』には向いていませんので」
それだけ言うと、僅かな感謝を込めて深くお辞儀をし、背を向けて去っていった。
「貴様ぁ!!勝手な事を言うなぁ!!!」
怒り狂う上司の声を背に、オフィスのドアは静かに閉じられた。
「…で結局やめたと」
事務所に再びやって来た闇のマルマン。ため息をつく彼を見て、れみはまた一つ何かを学んだような顔をした。
「一見すると普通の工場に見えて良かったんだけどね…。表だけだと裏が見えないって、怖い事だね」
そんなれみの手には、他の店の求人書が握られていた。闇のマルマンは苦笑いで手を振った。
「や、もう一度闇の世界でやり直すよ…」
「え!?折角来たのに!」
闇のマルマンの顔に後悔はなかった。誇らしげに、もう一度やり直す事を決意したのだ。
「あの工場も悪いけど、無理して働こうとした俺も悪いんだ。余裕があるうちに考えとくのが一番良いんだよな」




