8 なんでもない
玄一行は森を抜け、小川に辿り着いた。奥方の指示で側近は布を敷き、昼食にすることにした。
「貴方、ちかも勝彦もお腹空いたでしょ。さあさあ座って、お昼にしましょう。怜さんもよろしければご一緒しませんか?」
怜は突然、自分に話が回ってきたことに驚きながらも、遠慮がちに答える。
「俺が輪に入ってもいいんですか?」
奥方は微笑みかける。
「遠慮されなくていいですよ。貴方は玄の認めた男ですから、重用しないと失礼に値します」
それでも怜は気後れをしてしていた。見兼ねたちかは怜の手を引いて優しく導いた。
「もうしょうがないなー。お兄さんはもう家族なんだから、ほらほら早く」
ちかの言葉に怜は自分の過去を思い出した。暴力を愛だと、押し付けることこそが愛情と言う二つの黒い顔を。思い出したくもない、苦虫を噛み潰したように苦笑いしか出来なかった。
「家族か…」
ちかは怜の顔をじっと心配そうに見つめる。
「ん?お兄さんどうかした?」
怜はちかに心配そうな顔をされるのが嫌だったから、無理に笑顔を作り、いつも通りを装った。
「なんでもない」
ちかは寂しそうな顔をしたかと思うと、表情を切り替えて怜に笑いかけた。
「そう?ならいいけど。それよりお兄さん、母様の作ったお弁当食べようよ。母様のお弁当はとっても美味しいんだよ」
ちかは箸で唐揚げを摘まむと怜の口元に持っていく。
「あーん」
怜は気恥ずかしかったが、渋々口にする。
「旨い」
唐揚げがとてもジューシーで、口にする前は硬い肉かと思っていたが、柔らかくホロホロしている。
「えっへん」
ちかはとても自慢気だ。何故お前が威張っているんだと内心思った。
「ちかもこのくらいは作れるようにならないと婿の貰い手がありませんよ」
「うー」
ちかは怜をチラチラ見ては顔を赤くする。助け船を出してほしいのだろうか?悪いが俺は助け船は出せない、何故なら奥方が怖いから…
「怜のバカッ」
助け船出さなかったのは悪かったけど、そんなに怒らんでも?ちかはプイッとすると黙々と弁当を食べ始めた。弁当を食べ終わる頃には玄は横になり、いびきをかき始めた。
「怜さん、ちかと勝彦の遊び相手をお願い出来ますか?」
奥方は怜に優しく問いかけた。
「わかりました」
怜はそれに頷いて見せた。ちかは裸足で小川に入って遊んでいた。勝彦は姉を遠くからたまにチラチラ見ながら、木の日陰で本を読んでいる。この姉弟は対称的だなと思いながら、この世界にきてから飲んだ甘い水のことを思い出し、後から玄に聞くことにした。