74話 ☆2『アルンの洞窟へ運搬』④(環境)
―6階―
草原
6階に降りると、俺は目の前の光景に目を見開いて驚いた。洞窟の中だというのに、草原が目の前に広がっていた。
「え? なんで草原が……」
温かな日差しに草の香りを乗せた風が俺の頬に触れる。床は魔石などではなく土で、手で触れてみても土と同じ感触だった。
草に触れても草の感触そのまま。千切って空に放つと、風に乗ってゆらゆらと舞った。しかし、地面に着くと魔素と変わり消えていった。
「……草のように見えても、魔素なんだね……それに、いつの間にか手に付いていた土も消えている。ナーゲさんはこのこと知っていたんですか?」
俺がそう聞こうとナーゲさんの方を向くと、ナーゲさんも驚いた表情をしていた。
「ナーゲさん?」
「おっとすまねぇ、俺が見た景色と全然違うから驚いちまった」
「ナーゲさんが来た時はどんな景色だったのですか?」
「俺が来た時は、地面は雪が積もっていた。寒くて草は生えていなかったぞ」
どうやら、ナーゲさんが見た景色と本当にようだ。
「! 少年、敵だ」
そう言われて正面を向くと、草に青い何かが動いているのが見えた。あれは草原で何回もあったことのあるスライムだ。しかも3体だけで、他の魔物がいるようには感じない。
「5階がモンスターハウスだった。だから、もっと強い魔物が来たり、数が増えると思っていたから、数が減って弱くなったのは嬉しい……のかな?」
「数が減ったことでやりやすくなったが、草のせいで少し敵が見えにくいのが、これから先の戦いに影響が出るだろうな……ふふふん!」
「「「ス……ラ……」」」
見えにくくても、スライムを一瞬で倒す。
「あ……魔石どこに落ちた?」
「少年、魔石は諦めろ。さすがにこの草の中を探すほどスライムの魔石は貴重じゃない。行くぞ」
「……はい」
俺は魔石を拾うのを諦めて次の階へ続く壁を探して歩く。しばらく前進すると『7』と数字が書かれた所が見えた。ジッとその場所を見つめても壁があるようには見えない。奥までまだまだ続いているように見えていた。
でも、ナーゲさんが手を前に突き出すと階段が現れた。
「階段を見つけるのが大変だな……」
俺たちは次の階へ向かった。
―7階―
「今度は森か……」
7階は森で、魔物がどこから出てくるか分からない。
「ふん!」
「アァッ!」
突然ナーゲさんが木に魔力の刃を飛ばすと、その木が動き始めた。
「あいつはウッドォ! ナーゲさんが攻撃したのにまだ生きている!」
ウッドォは枝を揺らしてこちらに近づいて来る。
「さすがに他の魔物に比べて、穴開けたくらいじゃやられないか。なら、こいつはどうだい?」
刃の無いナイフをしまい、刃の付いたナイフを装備した。そして、そのナイフに魔力を込めると、剣と同じくらいの長さまで魔力の刃が伸びた。
「おらぁ!」
素早く移動して、ウッドォの横を、ナイフを横に振りながら通り過ぎる。ウッドォの身体は上下に分かれる。それでも根の部分は動いていて、攻撃をしようとしてくるが、ナーゲさんは縦にナイフを振り、残りの根の部分を左右に別れさせウッドォ倒した。
「9階までは1撃で倒すつもりだったんだが、相性の悪い魔物が来たもんだぜ」
ナーゲさんは、やれやれといった感じで落ち込んでいた。そんなことをしていると、ウッドォを倒した所に『8』が浮かび上がってきた。
ナーゲさんはナイフに魔力を込めるのをやめ、武器をしまい、手を前に出すと階段が現れた。
「こんな近くに階段が……」
「いや、この階は魔物を倒さなきゃ次の階に行けないようになっていた感じだな……ん?」
階段を降りようとしたナーゲさんが何かを見つけたようで、しゃがんでそれを掴んだ。そしてそれを俺の方に投げてきた。
「ほらよ」
「わぁっ! これは……魔石」
「ウッドォが落とした魔石だろうな、たまたま近くにあったおかげか、階段に落ちたみたいだな。よし、次行くぞ」
俺は魔石を袋にしまって、ナーゲさんに付いていく。
―8階―
8階に着くと、正面に『9』と書かれた文字が浮かび上がっている。しかしそこに行くには、目の前の湖が邪魔をしていた。湖の水面にはときどき触手のようなものが見えている。
「どうしましょうか……」
「水中でミズクラゲと戦うのは面倒だ。遠回りになるが、迂回していこう」
「そうですね」
俺たちは湖の周りを移動して次の階を目指していく。ミズクラゲは俺たちに気が付いていないのか、それとも、俺たちが湖に入らないからか、移動中に攻撃をしてこなかった。
しかし、俺たちが半分くらいまで進んだ時に、ミズクラゲの触手が俺たちの方に伸びてきた。
ナーゲさんは、刃の付いた方のナイフを装備して魔力を込めて剣を作る。俺に近づいて来る触手を切っていった。
伸びてくる触手を全て切り終わると、刃の無いナイフに装備を変えて、水中にいるミズクラゲに魔力の刃を飛ばす。しかし、魔力の刃は水に触れると、みるみる速度を落としていき、ミズクラゲには避けられてしまう。
水中にいるミズクラゲの切られた触手は、再生を始めた。
「少年、ミズクラゲは無視をする。次の階に行くから走れ! 触手が来ても俺が全部切ってやる」
「分かりました!」
俺は先頭でその後ろをナーゲさんがミズクラゲを警戒しながら付いて来る。
『9』と書かれた所に近づくと、ミズクラゲが攻撃を再開してきて触手が襲い掛かってきた。
ナーゲさんがどんどん触手を切っていく。
「少年、お前が次の階段を出現させろ! 俺のやり方は見ていただろ? 手を前に出すだけでいい」
「は、はい!」
俺が手を前に出すと、指先に見えない何かに触れている感触があり、手のひらまで感触が来たら階段が出現した。
「少年は先に行ってろ! 俺も攻撃が止んだらすぐ向かう」
俺は階段を駆け降りる、少ししてからナーゲさんも階段を降り始めて、すぐ俺の横まで追いついてきた。
「水中にいるミズクラゲは厄介すぎるな。一応少年には攻撃が当たらないように触手を防いでいたが、大丈夫か?」
「大丈夫です、1発も攻撃はくらいませんでした」
「そうか、そりゃあ良かった。次の階も何があるか分からなくなってきたから、気をつけろよ」
「はい」
―9階―
9階に着くと見たことのない地形が目の前に広がる。
「や……山?」
「低めの山岳地帯ってやつだな」
段差があるが、上がれないほど高いわけでもなく、階段のように足だけで上り下りができるほど低いわけでもない、そんな地形だった。1番高い所には『10』と書かれた文字が浮かび上がっている。
「敵が出てきたぜ」
所々にある穴からウルフが出てくる、こちらは下にいて、ウルフは上にいる。有利なのは上にいるウルフだろう。そして、次の階に移動するにはウルフたちを倒さなくてはいけないようだ。
「ガウッ!」
ウルフが吠えると、ウルフたちは縦横無尽に駆け回る。山岳という地形が、ウルフたちの動きを複雑にさせていた。
「ふん!」
「ガァ……」
噛みつこうとしていたウルフの額に魔力の刃を飛ばして穴を開ける。
「いくら複雑な動きをしていても、俺に攻撃しようとしたら、やる動きは決まっているよな。その時だけ動きが単調だぜ……ふんふんふん!」
「「「ガァ……」」」
攻撃してくるウルフだけを徹底的に狙っていき、どんどんウルフは数を減らしていった。
「お前で最後だ!」
「ガァ……」
最後のウルフは、方向転換をする瞬間を狙われ、頭に穴を開けられて魔素となった。
「ここの階は少しゆっくりしていくか」
「次の階が、団長さんのいる階か……やっと背中の荷物を届けられる」
俺はやっとクエストクリアが見えてきてほっとしていたが、ナーゲさんはまだ気を抜いていないようだ。
1番高い所まで来て、手を前に出すと階段が現れる。登ってきたのに降りるという不思議な状態だが、洞窟の中でこんなに景色が変わるので、おかしいとも思わなくなっているのだろう。
俺たちは階段を降りて10階へと向かった。
「そうだ少年、このアルンの洞窟は10階ごとにボスがいるみたいだぞ」
「え?」
どうやら俺のクエストクリアはまだまだ先らしい。
6階からは魔物の数と強さは下がったが、地上で見るような地形に変わり、複雑になった。
9階では、まだ行ったことのない地形で、何が起こるか本当に分からない。
そして10階に行ってすぐにクエストクリアと思ったらボスがいるようだ……




