51話 強くて『スマッシュ』鍛錬!②(動く)
朝と昼の鍛錬を終えて、訓練所で魔法の鍛錬を始める。
「昨日シンくんが頼んでいた物を用意してきましたよ」
「ありがとうございます!」
俺がここに来るまでに、ランド先生は訓練所にお願いしたものを持ってきていてくれた。すでに壁の近くに設置してある。
「移動する距離は短いですし遅く単調な動きですが、シンくんの要望通り動く的です」
「あれ、動いていませんよ? どうやって動かすのですか?」
的1つに大きな仕掛けがしてあるが、今は全く動いていなかった。近くによって見てみるが、壊れている感じはしない。
「右下の方に引き出しが見えますか? そこに魔法石を入れると動きますよ」
ランド先生は懐から薄暗い魔法石を取り出す。それを握りしめて魔力を込めると、綺麗な青色に輝いていた。
その魔法石を引き出しに入れると、的が左右に動き始める。
「動いた!」
「的は昨日と同じ強度です、当てることも大事ですが、圧縮をしないといつまでも壊すことはできませんよ」
「はい、やってみます!」
俺は『スマッシュ』を圧縮させて、左右に動く的に狙いを定める。的の軌道を追いかけて、俺の手も左右に動く。そうやって的に意識を集中していると、圧縮した『スマッシュ』が不安定になってきた。
手元で暴走するくらいならと的に飛ばしたが、狙いも悪く不安定になっている魔法では的に当たるはずもなく、的から大きく外れて壁に当たった。
「いきなりは厳しそうですね。今度は普通に狙ってみてください。時間はいくらかけてもいいので、当たると思ったら飛ばしてください」
俺は2発目の『スマッシュ』を用意する。圧縮をしていないから的に意識を向けていても安定していた。
(左右に動くといっても、同じところしか動いていない……ここだ!)
「『スマッシュ』!」
飛んで行った『スマッシュ』が的に当たるかと思ったが、壁に当たってしまった。飛んでいる間に、狙った場所から的が先に進んでしまったので、的の距離まで『スマッシュ』が来る頃には、当たる物は壁だけになっていた。
「当てるためには動く先を読む必要があるな、次こそ当てる」
3発目は的の移動する場所を読んで飛ばす。しかし今度は、的が狙った場所に来るよりも早く魔法が飛んでしまい、また壁に当たってしまった。
「もう1回!」
続く4発目を飛ばすが、今度は飛ばすのが遅くて的が通り過ぎてしまった。
「新しいことを始めたばかりですし、次の実戦訓練までの時間もあります。それまでに間に合わせれば大丈夫ですよ。今日は部屋に帰って休みましょう」
「ランド先生、俺はまだいけます! 最近5発も使えるようになったんです」
俺がそう言うとランド先生は少し考えた後で、的を動かすために使っていた仕掛けから魔法石を取り出した。それと同時に、的の動きは止まる。
「シンくんは、あと1発魔法が使えるだけの魔力が余っているのですね?」
俺はその問いに「はい」と答えると、的を動かすために使っていた魔法石を渡された。さっきまで的を動かしていたからか、魔法石の輝きは小さくなっていた。
「これから寝る前に、この魔法石に自分で魔力を込めて、的を動かせるようにしてみてください。今のシンくんなら昔のように何日も魔力を込めなくても、魔法石が青く輝くことでしょう。では、私はこれで失礼しますね」
そう言ってランド先生は訓練所から出て行った。俺は渡された魔法石を握りしめて部屋に帰ることにした。
■
自分の部屋に着くとイスに座って本を読んでいたオレンが話しかけてくる。
「シンくんお帰りなさい。ん? なにか握っているようですが……」
「あぁ、これのこと?」
隠すほどのことでもないので、オレンに魔法石を見せる。すると、キイロやミドーも興味があるのか、ベッドから出てきて俺の近くまで来て手のひらをのぞき込む。
「青い石なんてどこで拾ってきたんだ?」
「ミドー、これは魔法石だよ。なんでシンがそれを持っているんだい?」
「今やっている魔法の鍛錬で必要になってね、ランド先生から渡されたんだ」
疑問に思っている2人に素直に話した。
「シンくんが最近夕方に帰ってくるのは魔法の鍛錬をしていたからなのですね! 実は僕も魔法に興味があって、図書室で魔法書を借りて読んでいるところなんです!」
魔法のことを話したら、普段から大人しいオレンが身を乗り出してきた。
「朝やお昼の魔法の鍛錬しているとき、オレンは魔法が得意そうだって思っていたけど、それで興味持ったのかな?」
「そうなのです! ランド先生に相談してみたら「図書室で魔法書を借りられますよ」と教えてもらって、今読んでいます! 僕はまだ1つも使えませんが、シンくんはどんな魔法が使えるのでしょうか?」
凄い熱量で話しかけてキイロとミドーが置いていかれていた。俺もこんなに元気いっぱいのオレンを見るのは初めてで戸惑っている。グイグイくるオレンを落ち着かせてから話し始める。
「俺はまだ無属性魔法の『スマッシュ』しか使えないよ。いつかは色んな魔法を覚えてみたいけど、今はその魔法の威力を上げて、魔物に当たるように鍛錬しているところだよ」
「確か1番習得が簡単な魔法の1つですよね? この本にも書いてありました」
オレンが本をパラパラとめくり、俺が使う魔法のページを開き見せてきた。
「俺もその魔法書持っているよ、ほら同じだ」
俺は自分のベッドから魔法書を取り出した。それを見てオレンは目を輝かせた。
「シンくんも魔法書を借りていたのですね」
「いや、俺はランド先生から買ってもらったんだ」
「羨ましいですね。僕も早く冒険者になって本を買えるようになりたいです」
オレンは借りている魔法書を抱きしめて楽しそうにしている。
「2人とも僕とミドーのこと忘れてる?」
俺とオレンの話しに区切りがついたころを見計らってキイロが話しに入ってくる。
「ごめんね、俺たちだけで話しちゃって」
「いや良いんだ、ただミドーが僕以上についていけてないみたいで……」
「…………」
頭から今にも煙が出そうな感じで頭を抱えているミドーがそこにいた。そんな感じで今日はみんなといつもより楽しく談笑することができた。特にオレンとは長く話していた、ほとんど俺が聞き役になっていたが……
聞いているだけでも疲れたので、また明日ということにして終わらせた。オレンはベッドに横になるとすぐに眠りについた。
オレンが寝ると、ミドーもキイロも寝始めた。
(俺もそろそろ寝るか……その前に……)
俺は魔法石を握りしめて、残った魔力をすべて魔法石に送り込む。魔力は空になったが、光を取り戻した魔法石が手のひらにあった。
(……これで明日の準備はよし。魔力も無くなってぐっすり眠れそうだ)
俺は目を閉じるとすぐに眠りについた。
今日は移動する的に魔法を当てる鍛錬をやった。的を動かすための魔法石を俺がこれからも用意することになった。オレンとは魔法のことで語り合い、新たな一面を見ることができて楽しかった。
そんな1日だった。




