3話 俺弱くない?(真顔)
「……初戦は何もできずに負けか……っ!」
ベッドから起き上がろうとするシンの身体に強い痛みが走る、あまりの痛さに声も出ない悲鳴、痛みが再び来ないように動かないでいた。しばらくするとギーリックが入って来た、シンが目を覚ましていることを知るとちょっと待ってろと言い部屋を出て行った。戻って来たギーリックは試験管のような入れ物を持って来た、中身は透き通った緑色の液体
「ポーションだ、飲めるか?」
シンは口だけ開けてギーリックに飲ませてもらった、飲むと徐々に身体の痛みが引いていく、ポーションを全て飲み干すと身体の痛みが和らぐほど回復した
「痛みは取れたか?」
「まだ痛いですけど、楽になりました」
シンがそう答えるとギーリックは溜息をついた
「お前さんに飲ませたポーションは生命力を50%回復させる高価なポーションだったんだがな……スライムの一撃でそこまでダメージ受けたやつを初めて見た」
「え? たった一撃?」
スライムによる攻撃は最初の体当たりのみ、モンスターマスターの操る魔物は、野生の魔物に比べて強いが今回は冒険者でもない子供の模擬戦だったのでかなり手加減していたらしい。スライムはシンが気絶すると「スラ! スラ!」とシンの周りを飛び跳ねながら鳴いて、どうしたらいいのかわからず困っていたそうだ
「シンがここまで弱いとは思わなかった、スライムは一番弱い魔物なんだ。鍛えていない子供でも一発もらっただけで気絶するようじゃ冒険者は厳しいかもしれないな、強くなるにも最低限の力は必要だ」
強くなるには最低限の力はたしかに必要だ。ゲームでもたまにあるが、エリアのボスを倒すまで他のマップに移動が出来なくなるのにセーブをしてしまって、レベル上げをしようにも敵が倒せず経験値を得られなくて詰んでしまう。今のシンはそんな状況だと思った
「いったいどうすれば……」
「シンは魔力を使えるか? こういう感じのやつなんだが」
俺がこの先どうすればいいか落ち込んでると、ギーリックさんは手に魔力を込め始めた、真似してやってみるが出て来ない
「魔力の出し方は、腹に力を込めてそこにあるモヤモヤした感じのやつを手に流れていくのをイメージするとやりやすいはずだ」
「はい!」
シンは腹に力を込める、モヤモヤした何かを感じることが出来たこれが魔力だと理解する。それを手に流れるように移動して掌から魔力が出ようとしたとき、シンは気絶した
10分ほどでシンが目を覚ます、シンに起こったことは精神気絶というものだった。これは魔力を使い切った後に更に魔力を使うと起こることだ
「魔力もこれだと厳しいな、模擬戦での戦い方を見るに武器もまともに使えないだろう。俺から誘っといて悪いが、冒険者は諦めた方が良さそうだ」
「そんな! 何とかならないんですか?」
ギーリックは無理だろうと判断した、一撃で気絶させられる体力だけならまだしも、魔力はほぼ0で遠距離から攻撃できない、武器と防具も片方しか装備できずそれでも使いこなせない。ここまで出来ないことが多いとギーリックでなくとも冒険者は無理だと思うだろう
そもそもギーリックが何故シンに冒険者を勧めたかというと、シンは凄い冒険者になる予感があったからだ。運が良かったとはいえ森の中で力の無い者が一人で生き残ることはとても難しい。でも予感は予感、ギーリックは今回その予感は外れたと思っている。冒険者は運だけでは生き残れない、シンの実力は運でカバー出来ないほど低い
「現状は何ともならないな、俺は教えることは得意ではない」
「……」
シンは黙り込んでしまった、そんなときギーリックはまだ可能性があると告げる
「冒険者学校というものがあるんだが行って見る気はないか?」
冒険者学校、それは将来冒険者をやる若者が冒険者をやる前に戦い方や知識を高め初戦からの命の危険を減らすために、元冒険者が稼いだ財産で作った学校だ
「学校に通うほどお金持ってないです……」
「俺が出してやるよ、金はシンが冒険者になったとき返しにくればいい」
ギーリックは金が返ってくることを期待していなかった。冒険者学校は冒険者になる若者以外の教育もやっている。シンのような実力の無い若者を冒険者という危険な職業にはさせないで、ギルド職員や回復代行、鍛冶屋や調合師など冒険者を支える職業の教育もやっている。ギーリックは助けた命も職がなくて暮らせず死にましただと嫌なのでここまではやると決めた
「ありがとうございます。必ず冒険者になって返しに来ます! ポーションの分も!」
「おうよ、ポーションの分は期待しないがな」
シンは冒険者になると決意し、ギーリックに恩を返すという目標を得た。ギーリックは笑っている、出来もしないとわかってても自信満々に言われると出来てしまうと感じてしまう。
――
次の日シンとギーリックは街の船着き場にいた。冒険者学校は中央大陸にあるらしく、シン達がいる大陸は西大陸なので船で移動する。
「冒険者学校にはギルドを通して連絡しといた、この推薦状を向こうの冒険者学校に見せれば入学できる、お前さんとはしばらく会えないだろう」
ギーリックは推薦状をシンに渡すと、穏やかな水平線を眺めていたシンはギーリックの顔が、まるで二度と会えなくなる、そんな寂しそうな顔をしているように感じた。
「しばらくは会えませんけど、また会えますよギーリックさん」
シンは笑顔でそう返す、ギーリックは少し目を開くがすぐに笑顔になり
「おうよ」
いつもの返事でギーリックが返す。船が出航する時間がきた、船に乗ったシンはギーリックが見えなくなるまで手を振り続けた。船は五日かけて中央大陸まで行く、着いたら馬車に乗って冒険者学校のある街へ向かう。今乗っている船もこれから乗る馬車もギルドが管理している物で、推薦状を見せればお金は必要ないとのことだ。船内の寝泊まりする個室に入ると、シンはベッドで横になった
「ふぅ……昨日の痛みはほぼなくなったな、死ぬかと思った」
昨日の痛みを思い出しつつこれからについて考える。必ず冒険者にはなるといったが、スライムを倒せない以上どうすればいいか悩んでいた。ベッドに横になっていると急に眠気に襲われたシンはそのまま夢の中に行く
――
シンが目を開けると目の前には腰まである黄緑色の髪……
「アルン様じゃないですか」
「おはようシンくん」
シンはジト目で女神を見て、女神はシンの顔を見て微笑む、シンは女神に聞いておきたいことがあった
「アルン様……スライムに勝てないって努力のしようがないですよね?」
「そんなことないわよ、魔物倒して経験値を得るのが一番だけど、筋トレしたり瞑想したりスキルの訓練をするのだってりっぱな努力よ」
言われてみればそうだ、ゲームを参考にしていたから魔物倒すことでしか強くなれないと勝手に思っていたけど、これはゲームじゃないから鍛えようはいくらでもあるのか……
「木刀がやたらと重かったり魔力を使ったらすぐ精神気絶したんですけど筋トレも瞑想もまともにできないと思うのですが……スキルも『無限成長』しかないです訓練のしようがないです」
成長に限界を作らないスキルでも、基礎能力が低いと辛いものがある
「私はシンくんの努力次第って言ったわよね? 『無限成長』はシンくんの努力しか能力を発揮しない、今まで積み上げてきた物しか出してくれない、奇跡も偶然もシンくんの助けにはなってくれるけど力にはなってくれないとても厳しい能力だけど、無限の可能性を持っている能力でもあるのよ」
アルン様の言葉で自分の正しい能力を理解した。木刀が重かったのは筋肉を鍛えていなかったから、魔力を出したらすぐ精神気絶したのは魔力を鍛えていなかったから
「才能があるって素晴らしいと同時に限界を作ってしまう、中には限界を超えてくる人もいる、でもまた限界がくる。『無限成長』は底から這い上がるもの、才能は一切ないわ、かわりに止まらない、一歩一歩積み重ねていく、周りが五歩十歩と走っていくときでも壁にぶつかり止まっているときでも進み続ける……背中が見えた! 手が届いた! 隣に立った! 追い越した! 全てのことで……シンくん、君はこの感覚を手に入れることが出来るんだよ」
女神が語る、心が揺れる、出来る気がしてくる、これが女神の力だろう
「ヒントを上げるね、"限界"はあるけど魔力は使うほど出せる量が増えるよ」
そこで夢が終わり目が覚めた