235話 『サーチ』鍛錬!③(歩く)
ハクは、俺が持ってきた魔法書の『サーチ』が書いてあるページを、イスに座って黙って読んでいた。俺はそれをハクの正面にあるイスに座って見ている。
ハクがページを最後まで読み終わると、本を開いたまま立ち上がり、本に書かれている詠唱の部分に目線を向けながら詠唱をしていく。
ハクは、一単語ずつゆっくりと詠唱をして魔力を高めていた。
「……『サーチ』」
ハクは『サーチ』を発動させると、部屋全体を見渡した後、自分の手と俺を交互に見ていた。
「……なるほど、これが『サーチ』で見えている景色か、シンには俺がこう見えていたんだな。んっ……視界の色が戻っていく」
ハクは目を凝らして『サーチ』が解けないように踏ん張るが、『サーチ』は解けてしまった。ハクは魔法書を閉じてイスに座り、ふぅーっと息を吐いた。
「凄いねハク、初めて使った魔法なのに、もうここまで使えるようになるなんて」
「……ああ、あと何回か使えば省略詠唱で使えるようになるはずだ。もう一度やってみる」
ハクはイスに座りながら魔法書をテーブルの上で広げて、完全詠唱を確認しながら『サーチ』を発動させた。今度は、さっき使った時よりも長く『サーチ』を使えているようで、発動させてから1分以上は『サーチ』を維持していた。
「…………もう限界か」
限界を感じたハクは、『サーチ』を解いた。
「ハクの『サーチ』を見ていて思ったけど、『サーチ』使っているときと、使っていないときで見た目に変化はないんだね」
「……シンが『サーチ』を使っているときも見た目に変化はなかったぞ」
「じゃあ戦闘中で『サーチ』が使われているって、魔物には分からないって事かな?」
「……そうだろうな。まあ魔物が『サーチ』を警戒するとは思わない、見た目に変化があってもなくても、戦闘に影響はないだろう」
「確かにそうだね。でも、魔王幹部のように知恵があるタイプの魔物だとどうかな?」
俺がそう言うと、ハクは魔法書の向きを俺が読みやすいように変えて、俺の目の前に置いた。
「……そもそもこの魔法は戦闘中に使うような魔法じゃないだろ。俺が『スモーク』を使って視界が遮られる場面が多いから使おうとしているだけで、戦闘中に相手の姿が見えなくなることなんて……いや、戦闘中でも使う場面があるな」
「え? 姿が見えなくなる魔物でもいるの?」
「……いる。ゴーストって名前の魔物なんだが、ゴーストは攻撃の瞬間まで透明になって隠れていて、見つけることが難しい。強い冒険者なら、気配とか景色の違和感で見つけられるみたいだが、普通の冒険者は、ゴーストの攻撃を受けながらゴーストに攻撃をする。『サーチ』を使えば、そんなことしなくてもゴーストが見えて戦えるはずだ」
「『サーチ』って、魔物をこっちが先に見つけたり、ギルド職員が冒険者を見つけるために使うと思っていたけど、それ以外にも使い道があったんだね」
「……そうみたいだな。じゃあ話は終わりにして俺は『サーチ』の鍛錬をする。もう省略詠唱で使えるだろうから、魔法書はシンに返す」
「分かった。じゃあ俺も自分の部屋で鍛錬してくるね。でもハクはまだ1回も省略詠唱で『サーチ』使っていないけど、本当に魔法書使わなくて大丈夫なの?」
俺がそう言うと、ハクは目を閉じて集中する。
「……『サーチ』」
ハクは目を開けると俺を見る。
「……省略詠唱でも問題なく使えている。だからもう俺にはもうその魔法書は必要ない」
「もうハクはそこまでできるようになったのか、俺も鍛錬してこなきゃ!」
俺はテーブルの上に広げて置かれた魔法書を閉じて手に持って立ち上がって、ハクの部屋から出る。
「じゃあハク鍛錬頑張ってね、俺も頑張る」
「……ああ、じゃあな」
俺はハクの部屋の扉を閉めると、自分の部屋に戻るのだった。
窓に背を向けて立ちながら、俺は『サーチ』を完全詠唱で唱えた。
灰色に変わる視界を確認すると、俺は部屋の中を歩き出す。少し歩くと『サーチ』が解けそうになるが、歩くことを止めて『サーチ』の維持に集中する。
これを繰り返して、部屋の扉の位置まで歩いたところで『サーチ』が解けた。
「もう一度だ!」
俺は何度も『サーチ』を唱えては歩くを繰り返すことで、『サーチ』が解けることなく部屋の端から端までを歩くことができた。
「次は省略詠唱で……『サーチ』!」
視界は灰色に変わるが、一瞬で元の色付きの景色に戻ってしまった。
「ふぅ……まだ省略詠唱は俺には早いみたいだな。とりあえず、ハクみたいに1分くらいは『サーチ』が使えるようになるまでは完全詠唱で使おう」
俺はそう決めて鍛錬を続けるのであった。
そして、魔力を使い果たしたので、ベッドの上で瞑想をしながら魔力の回復を待つ。
次第に雨や雷の音が全く気にならないくらいに集中して瞑想をするのだった。
「ん? いつの間にか雨と雷が止んでいる」
目を開けて窓の外を見ると、夕空が見えていた。俺は瞑想に多くの時間を使っていたようだ。
外に出ると、人が街を歩いていて、店もやっているようだった。俺は食堂へ行き食事を済ませて、そのままギルドに向かう。
辺りは暗くなって来ていて、夕方から夜に変わっていく。
ギルドに着くと、多くの冒険者がギルド内で待機していた。みんな朝や昼にクエストを受けられなくて、クエストが掲示板に貼り出されるのを待っているようだ。
ギルド職員が掲示板にクエストを貼っていくと、冒険者たちは次々にクエストを取って受付に行く。
冒険者の人数が多いので、受付をするギルド職員の数を増やして、冒険者のクエスト受注を済ませるのだった。
冒険者はどんどん外に出てクエストに向かい、ギルドに残ったのは俺以外だと1人だけで、掲示板に残っているクエストの何を受けるのか悩んでいるようだった。
その悩んでいる冒険者はアオだった。
俺はアオに声をかけてみる。
「アオ、クエストに行かないの?」
「あっ、シンくん。もうクエスト受注しちゃった?」
「まだだけど、アオはクエスト何にするか決めていないの?」
「うん、他の冒険者と一緒に受けようと思っていたけど、みんなクエストに行っちゃってパーティを組む時間がなかったんだ。そうだ、良かったらシンくんが僕とパーティを組んで一緒にクエストに行こうよ」
「良いよ」
「やったぁ!」
アオは喜んでいるようだった。さて、アオと一緒に行くクエストを、この残りのクエストが少ない掲示板から探すことになるのだった。
ハクは魔法書を見ながら、完全詠唱で『サーチ』を唱えた。
ハクが『サーチ』を使っているところを見て、見た目では『サーチ』を使っているか使っていないかは分からないということが分かった。
ゴーストという『サーチ』を使うことで発見しやすくなる魔物がいることを教えてもらった。
ハクは省略詠唱で『サーチ』を唱えられるようになり、俺は完全詠唱ではあるけれど、自分の部屋の端から端まで『サーチ』を維持しながら歩くことができた。
いつの間にか雨と雷が止んでいて夕空になるまで瞑想をしていたことに気が付く。
ギルドに向かうと、冒険者がたくさんいて、掲示板にクエストが貼りだされたら一気にクエストを受注していくのだった。
ギルドに残ったのは俺とアオのようで、アオからパーティに誘われて、これから一緒にクエストにいく事となった。
アオと一緒に行くクエストを、クエストが少ない掲示板から探すことになるのだった。




