218話 ユカリたちと温泉の旅!⑫(閃光)
ワイルドボアの突進に対して、俺たちは横に飛んで避けた。
ワイルドボアはそのまま真っすぐ進むと木にぶつかると、木は折れてしまった。しかし、ワイルドボアの突進はそこで止まった。
木を折るほどの威力の突進をしたので、ワイルドボアにだってダメージはあると思っていた。しかし、ワイルドボアは頭を振った後、何事もなかったかのように体の向きを俺たちの方に変えて、前足で地面の感触を確かめ始める。
「……どうやら攻撃力や速さだけじゃなく、耐久力もあるようだな。だが、攻撃の前の動作は分かりやすい」
「あの地面を擦る動きだね、突進する前にやっているよね」
「……ああ、だからあの動きをやり始めたら別の場所に動いた方がいい、こっちだ」
ハクはワイルドボアの正面にならない位置まで走り、所に俺も付いていく。
するとワイルドボアは、正面に俺たちがいなくなったことで体の向きを変えて、俺たちの姿が正面に来るようにする。そして、前足で地面の感触を確かめ始める。
「……シン、今度はこっちに行くぞ!」
ハクと俺は斜めに移動して、ワイルドボアの正面から外れつつ、距離も遠くなるようにしていた。
しかし今度のワイルドボアは、地面の感触を確かめる行為を辞めなかった。そして、俺たちの方に走り出した。
「……さっきと同じくらい横に移動したはずだが、なぜ突進してくる」
「多分距離が離れたことで、正面の範囲が広がったんだよ、もっと横に移動すればよかった」
「フゴッ」
ワイルドボアは突進しながら俺たちのいる方にゆっくりと角度を変えていく。俺たちよりもワイルドボアの突進の方が速いので、このままでは追いつかれてしまう。
「ハク、このまま一緒にいても2人ともやられちゃう。俺は左に走るから、ハクは右に走って! そうすればワイルドボアは俺かハクのどちらかしか狙えない」
ハクは俺の提案に頷くと、俺たちは別々の方向に走り出した。ワイルドボアがどちらを狙うか決めると、狙った方に向かって進む角度を変えていく。
狙いは俺のようだ。
「くっ……俺が狙われるのか、だったらカウンターを入れてやる!」
俺は持っている剣を強く握り、ワイルドボアが十分近づいてきたら、走る向きを一気に変えて、ワイルドボアの顔のすぐ横に飛び、剣を額に向かって横に振った。
「フゴッ」
ワイルドボアに剣が当たると剣は砕けて、破片が辺りに飛び散る。元々ゴブリンが乱暴に使っていた剣だから脆くなっていたのか、ワイルドボアの突進の威力に剣は耐えられなかった。
そして、剣を振った俺の腕にも、ワイルドボアの突進の振動が伝わってきて、腕を思いっきり引っ張られたような痛みを感じた。
「いったぁ!」
「フゴッ!」
腕の痛みに気を取られていると、ワイルドボアは頭を振って、すぐ横にいる俺に頭突きをして攻撃をしてくる。
「ぐはっっっ!!!」
肺から空気が押し出されるほどの衝撃を全身に駆け巡り、俺の体は高く飛ばされた。俺はそのまま受け身を取ることができずに地面に叩きつけられる。
「ぐっ……痛い……」
たった1回攻撃を受けただけ、しかも突進よりも威力の劣るであろう頭を横に振っての頭突きでこのダメージ。痛みが引いて行くので加護を突破されたわけではないが、次に攻撃を食らえば加護を突破される可能性が高かった。
「フゴッ」
ワイルドボアは俺の方を向いて地面の感触を確かめている。すぐに移動しないと、また突進をされてしまうが、俺はまだ地面に倒れていて起き上れていなかった。
「……シン、今助ける! 『スモーク』」
ハクが『スモーク』を俺の方に向かって飛ばすと、俺の周りは煙で見えなくなった。
「フゴッ」
「……『スモーク』、『ボイズスモーク』」
俺の周りが煙で覆われている間に、ハクがワイルドボアと戦っているみたいで、ワイルドボアとハクの声が聞こえてくる。
俺はその間に立ち上がり、体勢を立て直す。すると、煙の中からハクが現れ、俺と目が合った。
「……大丈夫か?」
「うん、ハクのおかげで何とか」
「……ワイルドボアは、突進前に狙った相手を見えなくさせれば攻撃を中断するみたいだな。もっと早く気が付いていれば良かった。今はワイルドボアの周りに『ボイズスモーク』を使って視界を悪くさせている。急いでここを離れるぞ」
ハクに手を掴まれて移動すると、煙の外に出る。辺りは白い煙に紫色の煙がいくつもあった。
ワイルドボアはまだ煙の中にまだいるのか、煙の中から声が聞こえてくる。そして、気絶したゴブリンたちを残して、意識のあるゴブリンやドン・ゴブリンはこの場からいなくなっていた。
俺たちはワイルドボアが煙から出てくる前に、この場を離れるのだった。
呼吸が荒くなるほど山道を走っていると、川の流れる音が聞こえてくる。
「川の流れる音だ」
「……オンセーン村は川の水が入ってきている。つまり、川を頼りに下っていけば、村に帰れるぞ」
俺とハクは帰れる希望が見えてきたので、疲れを忘れて音のする方へ向かった。木々の間を抜け、草むらを飛び越えながら進み、目の前に川が見えてきて、元気よく飛び出した。しかし川には、口を付けて水を飲んでいるワイルドボアがいるのだった。
それを見た俺とハクは、心臓が締め付けられるような感覚になり、体が一瞬固まったあと、すぐに草むらに引き返して身を潜める。
ワイルドボアは川の水を飲むのを止め、俺たちがいた場所を見る。だが、俺たちはすぐに引き返して隠れたため、ワイルドボアは俺たちを発見できずに、川の水を飲み始めるのだった。
「危なかったね、あと少し隠れるのが遅れていたら見つかっていたよ」
「……ああ、だがもう安心だ、ワイルドボアがあそこから離れたら移動しよう」
「グルゥ……」
「ん? 何か後ろから聞こえる?」
後ろに振り向くと、そこには赤い体毛のベアードが、よだれを出しながら俺たちを狙っていた。そして前足を振り上げて俺たちに攻撃をしようとする。
「グルァ!」
「逃げるよ!」
「……っ!」
俺とハクは草むらから出て川の方に移動する。
ベアードが追いかけてくるが、川で水を飲んでいたワイルドボアも、ここまで騒げば気が付くようで、俺たちとベアードを見つけて、前足で地面の感触を確かめ始める。
ワイルドボアとベアードが、お互いを敵だと認識して睨み合っていると、俺たちの後ろから聞き覚えのある声で叫んだ。
「2人とも目を閉じて顔を伏せて!」
俺とハクは言われたとおりに目を閉じて顔を伏せる。
すると、俺たちに指示をした人は魔法の詠唱をする。
「『フラッシュ』!」
目を閉じて顔を伏せているのに、目の前が明るくなったと理解したと同時に、ワイルドボアとベアードの悲鳴が聞こえてきた。
「フゴッッッ!」
「グルァァァ!」
悲鳴が止んで、何かが暴れるような音が聞こえる。
「2人とも、もう大丈夫だよ」
そう後ろにいる人に声をかけられ、ゆっくりと目を開けて顔を上げると、ワイルドボアは地面に頭を擦り付け、ベアードは目を押さえながら地面に頭を打ち付けて暴れている。
「怪我はないようで良かった」
ここでやっと後ろを振り返り、助けてくれた相手を見ると、そこにはサンゾックがいるのだった。
「ありがとう、サンゾック」
「……助かった、ありがとう」
「ワイルドボアとベアードは『フラッシュ』で目を眩ませただけだから、直に視界が回復する。今はここから離れよう」
「はい」「……ああ」
俺とハクは、サンゾックに助けられて、この場を離れるのであった。
ワイルドボアの突進を避けたが、木を折るほどの威力があった。
ワイルドボアは突進前に狙う相手の正面を向いて、前足で地面の感触を確かめる動作があるため、俺とハクはワイルドボアの正面にならないように移動していたが、距離が離れたことで正面の範囲が広がり、突進されてしまった。
シンが突進にカウンターを決めるも、ゴブリンから奪った剣は砕けて、頭突きで飛ばされたが、ハクが『スモーク』や『ボイズスモーク』を使ってワイルドボアの視界を外して逃げることができた。
逃げた先に川があって、そこから下って村に帰ろうとすると、別のワイルドボアがいて、後ろから赤い体毛のベアードが現れ、2体に挟まれてしまう。
しかし、サンゾックが『フラッシュ』を使ってワイルドボアとベアードの目を眩ませて、その場から離れるのだった。
魔法の紹介
・『フラッシュ』
閃光を出す光属性魔法。強い光を出して、その光を見た者の目を眩ませる。




