21話 魔法鍛錬!⑦(発動)
お昼の授業が終われば少しの休息をとり、昨日使った周りが壁で囲われている鍛錬所にランド先生と向かう。曇りのため少し暗くなっている。
鍛錬所に着いてイスを用意し座り、いつでも始められるようにする。
「それでは『スマッシュ』の詠唱を始めてください、最初は詠唱に間違いが無いか確認のため、魔力を込めずに完全詠唱してください」
「はい」
俺は魔法書を開き詠唱が書かれている部分を指でなぞりながら小さな声で詠唱を読んで頭に入れる。魔法書を閉じて完全詠唱をする、ランド先生からは「正しい詠唱です」と言われたので魔法鍛錬が始まる。
「では、魔力の球体を作るところまで詠唱してください」
俺は詠唱を始めた。
「我が魔力を一つに……球へと型作り…………」
手の平に形の無い魔力が集まり、球体へと変わっていく。
「まだまだ荒いですが、昨日と変わらず魔力を球体にできていますね。では、完全詠唱までやってください」
「……大いなる魔素を集い…………」
球体の維持を意識しながら魔素を集める、球体の維持はできているが魔素はよくわからなくなっていた。
「っ!」
魔素を探すことに時間をかけすぎて目眩がした。当然そんな状態では球体は崩れる。鍛錬は始まったばかりなのに俺は肩で息をし、顔からは汗がぽたりと落ちていった。
「球体までは作れてもその先が続きませんか……わかりました、これからシンくんには球体を維持することに慣れてもらいます、魔素は集めなくてもいいので、次はできるだけ長く球体を維持することに意識してください」
「わかりました、やってみます……我が魔力を一つに……球へと型作り…………」
詠唱をしてすぐに集まった魔力が球体に変わっていく。
「そのまま私がいいと言うまで維持してください」
俺は言われた通りに球体の維持を続ける、時間が経つとどんどん歪な形に変わっていく、それを元に戻すために魔力をさらに送り込む。
「シンくんもういいですよ」
魔力を止め球体は消える。俺の中ではまだ及第点すら無いと思っていたので突然止められて驚く。
「シンくんは魔力を球体にすることまではできています、ここまでは大丈夫です。問題は次、形を維持するところでシンくんはやり方を間違えています」
「どういうことですか?」
俺にはなにが間違っているのかわからないので聞き返す。
「シンくんは形が崩れそうになったときに更に魔力を流すことによって維持しようとしていました。それでも維持はできますが、やればやるほど魔力の量が多くなります。新たに魔力で抑え込むのではなく、すでに集まっている魔力を操って形を整えるのです。そうすれば余計な魔力を使わなくなるので扱いやすく、次の詠唱をしやすいはずです」
俺が失敗してしまう理由を丁寧に説明してもらった。しかしその説明では疑問に思うところもあった。
「ランド先生は魔力で抑え込むことが間違っていると言いましたが、魔素を集めて魔力にして、それを球体にした魔力に流すんですよね? それなら、魔力で抑えることは間違っているとは言えないのではないでしょうか?」
ランド先生は俺からの疑問に対して、目を閉じ自分の顎に手を置き考えている。答えが出たのかニコッとした顔で俺を見る。
「シンくんの言いたいことはわかりました。どうやら私の考えていることとシンくんの考えていることにズレがあるみたいですね。私は自分の魔力だけで作る形の維持を、魔力を更に流すことで抑えることが間違いだと考えています。なので、シンくんの言うことは魔素を魔力に変えた後のこととは違いますね」
「そういうことでしたか!」
俺は勘違いをしていたが、細かく説明してもらったことでお互いのズレを正すことができた。
「疑問も解けたことですし、球体の維持の鍛錬をしましょう。ここが楽にできるようになれば後の詠唱もできるようになるはずです。では始めてください」
「はい、我が魔力を一つに……球へと型作り……」
すぐに球体ができる、ここまでは慣れてきてできるようになっていた。球体はゆらゆらと形が崩れ始める。
「シンくん、落ち着いてください。今そこに集まっている魔力だけを意識してください」
俺はなんとか操ろうとしているが球体の揺らぎはどんどん大きくなる。魔力があちらこちらに移動して抑えることができなくなる。そして……今までで一番移動した魔力から亀裂ができ、そこから溜まっていた魔力が一気にあふれた。その勢いで俺はイスから落ちてしまった。
「うわっ!」
運良くランド先生がいる方向に吹き飛ばされたおかげで地面にぶつかる前に俺を拾い上げてくれた。俺が吹き飛ばされるほどの威力だったが、イスが倒れたくらいで何も壊れていなかった。緊張が取れたのか、俺の顔は汗だらけだった。
「怪我はないみたいですね」
「ははは……失敗してしまいました」
ランド先生は俺を立たせて汗まみれの俺の顔をどこからか取り出した布で拭き、倒れたイスを元に戻す。
「失敗した理由は揺れたところに意識を集中したからでしょう。一点だけに気を配ればそこは形を保てますが他は余計に崩れます。それがどんどん積み重なって今みたいに弾けてしまう。次は全体を意識してやってみてください」
俺はイスに座り直し詠唱する。
「我が魔力を一つに、球へと型作り……」
今度は球体全部に意識が行き届くようにする。さっきよりも全体の揺れる場所は多いが、大きくはなかった。しかしどんどん集中力が途切れてきて、破裂することなく消えてしまった。
「先ほどより長く維持できていましたね、次で最後にしますので少し休憩したら完全詠唱をしてください」
「わかりました」
ここまでずっとイスに座りながら魔力を使っていたのに、休憩になったとたん身体が重くなった気がした。目を閉じ瞑想をして魔力を整えつつ身体を休める。
「そろそろ始めます、準備はいいですね」
「はい」
俺は深呼吸をして集中力を高めてから詠唱を始めた。
「我が魔力を一つに、球へと型作り……大いなる魔素を集い…………不純なる魔を我に…………我に適応し糧となる…………」
俺はなんとか形は歪だが球体の魔力を維持しながら魔素を自分の魔力に変えることができた。
「シンくん! その魔力を流し込んでください!」
この溢れる魔力を球体に流し込む、激しく揺れるがそれを魔素から得た魔力で抑え込む、そして仕上げの詠唱を唱える。
「サンラ……ルンボ……アイド……ケブン……バイタ!」
俺の初めての魔法!
「スマッシュ!」
発動した魔法は前方に数メートル進み地面に落ちる。
地面に触れた『スマッシュ』は少し地面を抉るだけで消えていった。
「……やった……初めて魔法が使えた……」
「シンくん、おめでとう」
「ランド先生!」
ランド先生は今までにないくらい目尻が下がり口角が上がっていた。俺は涙を流しながらランド先生の方へ駆け出した。途中で足がもつれ、体当たりをするように抱き着いたが、ランド先生はその一瞬でしゃがみ、微動だにせず優しく俺を受け止めた。




