171話 無言詠唱鍛錬!①(黒刃)
俺もみんなの所に向かいイスに座ると、ヤミィはフードを外す。黒髪黒目の男性だと分かった。
「おいおいヤミィ、いきなり隣に来てビビらすんじゃねーよ」
「お前がいつでも来いって言ったんだろ?」
ヤミィはナーゲの方を見ないで答える。
「あと、俺から話すことは何もないから。よろしく」
ヤミィは頬杖をつくと、目を閉じて会話に参加しない意思を示した。それを見ていたカイトがヤミィに話かける。
「そんなこと言わずに話しませんか? 俺たちはこれから一緒にクエストに行くんですから」
「そうよ、連携は大事だわ」
「連携は大事ねぇ……自分の状況を理解していない奴が俺と連携できるとは思わない。首」
ヤミィは自分の首に指を向けながら、カイトとフィーシュを見る。
カイトとフィーシュの首には、黒い刃のような物があり、いつでも首を切り落とせる状況だった。
「っ……いつの間に!」
パチンとヤミィは指を鳴らすと、カイトとフィーシュの首にあった黒い刃は消えていく。
「俺は単独で動く、お前らは他人の心配より自分の心配をしろ」
ヤミィはイスから立つと、的に向かって歩き出し、鍛錬を始めるのであった。
「何なのあいつ、ムカつくわ!」
フィーシュはヤミィの態度に怒っているようで、言葉が荒々しくなっている。カイトはそんなフィーシュを宥めていた。
俺はナーゲに、ヤミィがなぜあんな言い方をするのか聞いてみた。
「ナーゲさん、何でわざわざヤミィさんは単独で動くなんて言ったのでしょうか? こう言っては悪いですが、カイトやフィーシュさんを囮にして戦った方が、単独よりずっと戦いやすいですよね?」
「まーな、その方がずっと戦いやすいが、ヤミィに関しては別だ。あいつは気配を消して戦うやり方だから、むしろ仲間がいない方が魔物に見つかりにくくなって戦いやすいんだ。それにさっきシンはヤミィの分身に騙されただろ?」
「ヤミィさんから目を離さなかったのにいつの間にか移動されていたので驚きましたよ」
「そうだろ、ヤミィはああやって自分の分身を囮にして戦ったりもするから、余計な動きをする他人はやっぱり邪魔なんだ」
「なるほど、色んな冒険者がいるのですね」
俺は目線をヤミィの方に向ける。鍛錬中のヤミィは的に向かって魔法を放っていた。
「あれ? ヤミィさんって詠唱していますか?」
「いや、ヤミィが詠唱しているところなんて見たことないぞ」
「俺がどうかしたのか?」
「うぉぉ!」
ヤミィはナーゲの後ろから両肩に手を置き、耳元で囁くように言った。ナーゲは驚きすぎて立ち上がり、ヤミィから距離を取る。
「ヤミィ急に後ろから現れるなよ!」
「後ろから現れたくらいで騒ぐな、俺が魔物だったらお前は不意打ちを食らっているぞ」
「外ならともかく、後ろ気にするほどこの街は危険じゃねーよ」
「…………そうだな」
「何だよその間は、そして俺の首に黒い刃を出すな」
ナーゲは黒い刃と自分の首の間に投げナイフを差し込み、ヤミィの黒い刃を壊して消えさせる。
「さすがにお前にはバレるか。そっちの奴には気が付かれなかったが」
ヤミィが俺の方を見てそういったので、目線を下げると、俺の首に黒い刃があった。俺はこれを相手に悟らせずに実行できるヤミィの強さに凄いと感じた。そして、俺にもこういう力が欲しいと思った。
「うわぁ、全然気が付かなかった……いたぁ!」
俺は黒い刃の面の部分に触れると、切られたような痛みが指に走った。
「それは俺の魔法で作った黒い刃だ、面の部分でも切れ味はある」
「こんなに便利な魔法をいつ詠唱しているんだ?」
「それは無言詠唱だ、詠唱すると声で魔物に気が付かれるかも知れないから、俺は詠唱をしない」
「ほう、ヤミィにしては随分と喋るじゃねーか、シンの事気に入ったか?」
「俺の黒い刃を見ている時の目が他の奴と違った。それだけだ」
ヤミィが俺に向ける視線が柔らかく感じた。
そして、訓練所の入口から荷物を持ったギルド職員がやって来る。
「お待たせしました。エアーポーションなどのアイテムが準備出来ましたので、そろそろ出発をお願いします」
ヤミィはマジックポーションを飲み、鍛錬で消費した魔力を回復させると、ギルド職員から支給品を受け取って、訓練所から出ていった。
「それじゃあ俺たちも言って来るね」
「またねシン」
「気を付けて」
アオとフィーシュも支給品を受け取ると訓練所から出ていった。訓練所に残った冒険者は俺とナーゲだけだ。
「俺もミーナミ村に戻ってもう一度森に魔王軍の拠点がないか調べてくる。シンはここで鍛錬していくんだろ? 頑張れよ」
「頑張ります!」
ナーゲは背中を向けながら手だけ振り、訓練所から出ていった。俺はヤミィが使っていた的の方に向かい、無言詠唱の鍛錬を始めるのであった。
■
俺は早速、的に向かって手を向けて魔法を放つ準備をする。息を整えて集中して、頭の中で詠唱した。
(『スマッシュ』!)
しかし『スマッシュ』が不発になり、魔力だけが消費された。
「やっぱりスマッシュが出ないなぁ。でも魔力は消費されたから発動はしているんだよね。よし、こういう時は完全詠唱だ」
もう一度、的に向かって手を向けて。息を整えて集中する。目を閉じ、頭の中で完全詠唱をしていく。
(我が魔力を一つに、球へと型作り、大いなる魔素を集い、不純なる魔を我に、我に適応し糧となる、サンラ・ルンボ・アイド・ケブン・バイタ)
手に魔力が集まっていくのを感じる、あとはこの溜まった魔力を放つだけだ。俺は目をゆっくりと開け、魔法名を唱える。
(『スマッシュ』!)
俺の手からスマッシュは放たれたが、小さくて遅く、ゆらゆらと揺れてたよりなさそうだった。的には当たったが端の方で、的には傷一つ付いていなかった。
「ふぅ……完全詠唱でもこういう結果だったか。今日はとことん鍛錬するぞ!」
俺の無言詠唱鍛錬は続くのであった。
ヤミィはカイトやフィーシュに黒い刃で攻撃しようとしていた。それに気が付かない2人にヤミィは連携できないと感じ、単独で行動すると言い始めた。
ナーゲはヤミィが単独にこだわる理由は、気配を消して戦ったり、分身を囮に使ったりするから、勝手に動く他人は邪魔とだと教えてくれた。
俺とナーゲがヤミィの話をしていると、ナーゲの後ろにいきなり現れて驚かす。その間にナーゲと俺に黒い刃を使っていた。ナーゲは投げナイフを黒い刃と首の間に入れ、黒い刃を壊した。俺は黒い刃に気が付かなかったうえに、黒い刃の面に触れてダメージを受ける。
ただ、俺がヤミィの黒い刃を見る目が他と違うということで、ヤミィから気に入られたようだ。
そうしてギルドは支給品の準備ができたのでカイト、フィーシュ、ヤミィ、ナーゲはミーナミ村に行った。
俺は訓練所に残り、無言詠唱の鍛錬をする。だが、完全詠唱の無言詠唱でやっと小さな魔法が発動する程度だった。




