152話 ☆3『ウルフ討伐』⑨(勧誘)
「グルルルゥ……」
ドン・ウルフはオウマの隙を伺いながら一歩ずつ近づいてくる。オウマは余裕の表情でドン・ウルフを見つめる。
オウマは右腕を肩の位置までゆっくり上げて、ドン・ウルフのいる方向に拳を向けた。
ドン・ウルフはオウマの攻撃にいつでも反応できるように身構えている。だが、オウマは一向に攻めようとしなかった。痺れを切らしたドン・ウルフはオウマに語り掛ける。
「どうした、何もしないのか? それとも何か別の狙いでもあるのか?」
「いや、君を倒すのにこの右腕だけで十分なだけだよ」
「……どういう意味だ?」
「そのままの意味だよ。君を倒すのに右腕だけで十分だから、こうしてここから一歩も動いていないじゃないか」
ドン・ウルフは顔の血管が浮き上がるほどの怒りを見せる。
その怒りはオウマに向けられているのに、洞窟の入口で隠れている俺たちを震えさせるほどだった。
「キサマッ! 俺様を馬鹿にしているのかっ!」
「馬鹿にはしていないよ、事実を言っているだけだから」
「後悔させてやるっ! ガウッッッ!」
ドン・ウルフは地面を蹴り、土埃を舞わせながら、凄い速度でオウマの出した右腕に噛み付いた。
噛み付かれたオウマの腕からは血が流れ、ドン・ウルフの口から垂れてきていた。
「オウマ!」
俺は思わず叫んだが、何事もなかったかのように平気な顔をしながら、オウマは俺の方を向く。
「血は出ているけど心配いらないよ、もう勝負はつく」
「ふん、腕を噛まれてまだそのようなことをほざくか。それとも、自分の敗北を理解したのか?」
ドン・ウルフはオウマの腕を嚙み続けながらそう言った。
「負けるのは君だよ、わざわざ僕が攻撃しやすいように近づいてくれてありがとう。もう逃がさないよ」
「逃がさないか、こんな腕すぐにでも噛み千切り、俺様の糧としてやろう」
ドン・ウルフは、噛む力を強めて、腕を噛み千切ろうとしたが、血が流れるだけで噛み千切ることが出来なかった。
「なかなか頑丈な身体をしているようだな、だが時間の問題だ。右腕だけで戦うのは諦めたらどうだ?」
「ふふふ、ご忠告ありがとう。でもやっぱり右腕だけで十分だったよ」
オウマは右腕に力を込めると、ドン・ウルフの口の中が光り始める。
「口の中に攻撃するつもりか!? だが口を離せば問題ない……んっ!? 外れん!」
オウマが何かをしようとしていると気が付いたドン・ウルフは、噛むのを辞めて口を離そうとしたが、オウマの腕に歯が食い込んでいて口をこれ以上開けることが出来なかった。
「じゃあね」
「ガァ……」
ドン・ウルフの口の中の光が強くなると、ドン・ウルフの身体が一瞬だけ膨らみ、口から大量の血を出して地面に倒れる。
倒れてもオウマの腕に噛み付いていたが、ドン・ウルフの身体からは大量の経験値を吐き出されていた。死んでもオウマに噛み付いたままだったようだ。
吐き出された経験値はしばらく空中に留まると、行き場所がないのかどこかに飛んで行って消えた。
それを見届けたオウマは、左手を使いドン・ウルフを自分の腕から剥がす。そして右腕を思いっきり地面に向かって振ることで、付いた血を飛ばした。腕に残った血は、オウマが噛まれて穴を開けられた部分だけだ。
「終わったよ」
オウマは笑みを浮かべながら俺たちの所へ帰って来る。
「オウマくん怪我しているよ! 僕が今治すからね」
アオはオウマに駆け寄ると、オウマの腕に『ヒール』を唱えて傷を癒す。
「もう傷は治ったから大丈夫だよ。これでシンたちの邪魔になりそうな魔物はいなくなったね、洞窟に帰って休もうか」
オウマはそう言って洞窟に入ろうとすると、どこからか声が聴こえてきた。
「おいおい、人間と仲良くしているなんてなんの冗談だ? 俺たちとは仲良くしてくれないのによ」
聞き覚えのある声が森の方から聞こえてくる、でも場所が特定できない。
「誰だい?」
「いつも送る使い魔をボコボコにされちゃ困るんで、今回は俺たちが来たんだよ。だが、行ってみたら、もぬけの殻になっていて、おかげで俺はとんぼ返りさ」
「ああ、君たちか。父さんは君たちのせいでかなり不機嫌になっていてね、いい加減諦めてくれないかな。父さんは邪魔をしないと言っているんだ、それが分かっただけで十分だろう」
「そういうわけにもいかないんだよ、そうだろベルゼ」
「その通りです、あなたたちは魔王様に指名されているのです、これはとても名誉なことなのです」
声の主は、木の幹から生えてくるように現れた。そいつは忘れもしない、小麦色の肌で、ツーブロックショートの茶髪の男。
それともう1人見たことのない男がいる。そいつは蝿のような目と口を顔の上半分にしているが、顔の下半分は人間のような鼻と口があり、背中には虫の羽が付いていて、無音で飛んでいる。
「まさか犬を遠目で見ていたら、こんな大物を釣り上げるとは思わなかった」
「魔王幹部のブランチ!」
俺たちの前に現れたのは、以前アオたちとの買い物途中で、たまたまゲームの中に入ったときに出会った、魔王幹部のブランチだ。
「それともう1人は……」
「私は魔王幹部のベルゼと申します」
ベルゼは一礼をして自己紹介をした。
「お! ゲームで会ったことのある冒険者じゃん。君たちが俺らの情報撒いたんだろ? それのせいで侵攻が遅れていてさ、なかなか上手く魔王軍の陣地を増やせなくて魔王様がお怒りなんだよ。その矛先を俺らに向けられてさ、並みの魔物だと魔王様の魔力に当てられただけで潰れちまうのよ」
「魔王様に潰されるのなら本望、なぜ魔王様は私にお怒りの矛先を向けてくれないのか。私ならこの身全てで受け止めるというのに……」
「ベルゼのそういうところが気持ち悪いからだろ?」
「どうして……」
ベルゼは頭を抱えて落ち込んでいる。ブランチはやれやれといった表情と仕草をしながらこちらに向かってゆっくり歩み寄る。ベルゼはブランチの後をつけるように近づき、横に並ぶ。
「んで、俺含めた幹部連中が魔王様のご機嫌取りで忙しいんだ。そのせいで余計侵攻が遅れているのによ。魔王様が直々に戦場に出れば、冒険者を蹴散らし、アルンなんて楽に手に入れられるのにな。だが、それが出来たら苦労しないよな、そう思うだろ?」
ブランチは魔力を開放して俺たちに圧をかけてくる。
「うっ!」「……っ!」「くあっ!」
「きゃっ!」「うぁっ!」
俺とハクとアオ、ユカリとキャリーはブランチの魔力を当てられて、押しつぶされるような感覚に襲われる。
「へぇ、前の時は立っていられなかったのに、今回はちゃんと立っていられるくらいに成長しているんだ。面白いね。なら、これはどうかな」
ブランチは手の平に魔力を集め、立っているので精一杯な俺たちを攻撃しようとする。だが、ブランチに闇の炎が飛ばされる。ブランチはそれをサッと避けた。
「おっと! なんだよ、邪魔しないんじゃなかったのか?」
「それは僕たちの目の届かない範囲での話だよ。シンたちは父さんの所に戻って、さすがに魔王幹部なだけあって、こいつ相手だと守りながら戦うことは出来ない」
「うん、と言いたいけど、ブランチの魔力のせいで、俺たちはここから動けそうにないんだ……」
ハクやアオたちもブランチの魔力に当てられて、顔を歪ませている。
「魔王軍に入るなら、魔力の開放を止めて逃げられるようにしても良いよ」
「そんな要求を呑むわけないよ、それに僕たちが魔王軍に入ったって、人間を襲うつもりはないから役に立たないよ」
「おいおい、知らないわけじゃないよな。魔王軍の敵は人間だけじゃない、魔王軍に所属していない魔物も敵だ。俺たちが戦場に出ている間に魔王城に攻めてくる、それを守っているのが魔王様だ。ただ魔王城の玉座でふんぞり返っているわけじゃない。あんたらが魔王城にいるだけでも、抑止力になるんだよ」
「それでも僕たちは魔王軍に入るつもりはないよ」
オウマの意思は固く、魔王軍に入らないと決めていた。
「『よく言ったぞオウマ、それでこそ我の息子だ。我らは誰の下にもつかぬ』」
「父さん!」
洞窟の奥からオウマの父親の念話が聞こえ、洞窟の外に歩いてやって来る。すると、さっきまでブランチの魔力で押し潰されそうになっていた身体が、元に戻った。
「あんたが魔王様の欲しがっていたブラホスだな。確かに強い力を感じるが、人型じゃないのはどういうことだ? それほどの力を宿しながら、俺たちと同じように突然変異種じゃないってのかよ。だがまぁ、人型になれないなら、その程度の実力ってこ…………」
ドゴーンッという大きな音と破裂音が響き渡り、目に強い光が差し込む。
俺たちは視覚と聴覚を一時的に失い、目の前が真っ白で無音の世界に放り込まれた気分になった。数秒すると、視覚も聴覚も徐々に回復して状況を理解できるようになる。
俺たちの目の前には、地面が抉れて焼け、その中心に黒焦げの何かがそこにあった。
「あれ、ブランチは? それとさっきの虫の男もいない」
そこでブランチとベルゼの姿が無くなっていることに気が付く、そしてブランチたちがさっきまでいた位置を思い出し、そこを見ると、先ほど見た黒焦げの何かがある。
そうだ、ブランチが喋っている間に、黒い雷が直撃し、ブランチたちを黒焦げの灰にしてしまったのだ。
ブランチとベルゼだった何かは、そのまま崩れ去り風に飛ばされて消えていった。
「『その程度で死ぬような者が幹部になれるわけがない、姿を現せ』」
「なんだ、バレていたのか」
「なかなか感の鋭いお方だ」
ブランチは、森にある木の幹から姿を現し、傷一つない状態で戻って来た。ベルゼは、小さな蝿が集まり、元通りの姿に戻ろうとしている。
「そんな! さっき黒い雷に打たれて灰になったじゃないか!?」
「ふふふ、確かに灰になったさ。ただ、あれは枝の1つに過ぎない。枝をいくら間引こうと、何度でも蘇る」
あれだけの魔力を放っていた存在が枝の1つ、つまり本体ではなかったということだ。
「それにしても驚いたよ、まさか枝とはいえ無言詠唱でやられるほど弱くはないはずなんだけどな。これは確かに魔王様が欲しがるわけだ」
「『その魔王とやらは我のことを知っているようだが、何者だ』」
「魔王様の名を知らぬ者がいるとは!?」
元の姿に戻ったベルゼが声を荒げる。
「名前を知らないのか、なら教えてやる。俺が従っている魔王様の名は『スラルン』様だ」
「スラルンだって!? スライムのスラルンのことだよね!」
「ああそうだ」
「魔王様を呼び捨てにするとは、何たる不敬な!」
魔王スラルン、それがこの魔王軍を動かしている張本人。スライムが魔王をやるって、どれだけ強いスライムなのだろうか。
「『スラルンか、あの小娘が魔王になっていたか』」
「魔王様を小娘呼ばわりとは……」
「なんだその口ぶりは、まるで魔王様を下に見るような言い方じゃないか」
ベルゼはショックで意識が朦朧としていて、ブランチはオウマの父ブラホスを睨みつける。
「『当然だ、スラルンは我が魔王の時の手下の1人だった者だ。幹部ではなかったが、オウマの遊び相手をしていたのでよく覚えている』」
「えっ? オウマのお父さんって元魔王なの!?」
「『100年以上前の話だ』」
「なるほど、魔王様があんたらにこだわる理由が分かったよ。だが改めて聞く、魔王軍に入る気はないか?」
俺たちの視線は、オウマの父ブラホスに集まる。魔王が元々手下にいて、息子のオウマの遊び相手だったのだ、魔王軍の仲間になってもおかしくはなかった。しかし、オウマの父ブラホスは首を横に振る。
「『断る。我の素性を知っているならスラルンが直接来いと伝えろ』」
「そんなこと言って魔王様が来ると思うか?」
「『来ないならこれ以上我らに関わるな、さもなければ……』」
空がゴロゴロと鳴り出し、いつでも雷が撃てるように準備されている。
「まいったな、まあ何も進展がないよりは良しとしよう。帰るぞベルゼ」
「はっ!? 私はいったい何を……」
「おいベルゼ、あのドン・ウルフにあれを仕込め」
「仕方がありませんね」
ベルゼは身体の一部を小さな蝿に変え、ドン・ウルフの周りに蝿が集まる。するとドン・ウルフが動き始めた。
「グルルルゥ……」
「ドン・ウルフがゾンビになって動き始めたぞ!」
「……こんな短時間にゾンビがいたのは、この虫の男のせいか!」
「うわぁぁぁ! あんなに虫がぁ!」
「私は無理ですわ! 戦えませんわ!」
ドン・ウルフだったものが立ち上がる。
「またどこかで会おう、バイバイ」
ブランチはそう言い残すと、木の幹に潜り消えていった。ベルゼは俺たちに一礼すると、全身が小さい蝿に変わり四散して消えた。
残るは、ゾンビとなったドン・ウルフだ。
オウマはドン・ウルフの口の中で闇の炎を使い、一撃でドン・ウルフを倒した。
その後、魔王幹部のブランチと、同じく魔王幹部のベルゼが現れた。オウマたちを魔王軍に勧誘するが断られる。
オウマの父ブラホスが無言詠唱でブランチとベルゼを黒焦げの灰にするが、ブランチは木の幹から生えて、ベルゼは小さい蝿が集まり傷一つなかった。
魔王軍の魔王の名前はスラルンというスライムだ。
そして、オウマの父ブラホスは100年以上前は魔王で、その当時のスラルンはオウマの遊び相手だった小娘のようだ。
オウマの父ブラホスは、魔王軍に誘いたいならスラルンが直接来るように、ブランチに伝える。
ベルゼは、倒れているドン・ウルフに蝿を集め、ゾンビに変えてしまった。
ブランチとベルゼはこの場から消え、ドン・ウルフのゾンビが残った。
キャラ紹介
・ブランチ
小麦色の肌で、ツーブロックショートの茶髪の男。
魔王幹部の1人である。
新キャラ紹介
・ベルゼ
蝿のような目と口を顔の上半分にしているが、顔の下半分は人間のような鼻と口があり、背中には虫の羽が付いていて、無音で飛んでいる男。
蝿の突然変異種で、魔王にはかなり心酔しているようだが、魔王からは避けられているようだ。
魔王幹部の1人である。
・スラルン
魔王軍のボスをやっている魔王で、スライムの突然変異種。
元魔王ブラホスの手下で、ブラホスの息子のオウマと遊び相手だった小娘。




