133話 ☆3『魔素の核の破壊』⑩(生還)
「ぅっ……ここは……」
目を開くと、青空が広がっている。周りを見渡すと、ワニゲーターの近くにギルド職員達や馬車が来ており、野次馬として十数人の冒険者が集まっていた。
「痛っ……」
意識が覚醒し始めると身体の痛みに気が付く、自分がどんな状態になっているか確認するため、起き上がろうとするが、激しい痛みにより起き上がることができない。
少し頭を上げることしかできずに、まともに動くことができなかった。ただ、その時チラッと見えた自分の足が布で縛られていて、その布は赤黒く染まっていた。横を向くと、俺の靴があり、片方の靴だけボロボロになっていて裂けていて、俺の血が付いて赤黒い色になっていた。
「ん、シン? みんな、シンが目を覚ましたっしょ!」
近くで休んでいたミートが、俺が目を覚ましたことに気が付き駆け寄ってくる。
「ミートさん……俺、ワニゲーターに食べられたんじゃ……どうやって俺を?」
「私たちはワニゲーターの口を開けてシンを引っ張り出しただけ。ワニゲーターを倒したのはシンっしょ!」
「……俺が倒した?」
ミートの言っている意味が分からなかった。俺は確かにワニゲーター食べられたはず。噛まれた痛みだって鮮明に覚えていて、そこから意識を無くした。俺が倒せるはずがない。
「倒したのはシンで間違いないわ」
「そうそう」
フィーシュとベジタがこちらに向かいながら俺が倒したという。
「これが証拠よ」
フィーシュが持っていたのは、赤く染まった折れた剣だ。
「これは……俺の剣?」
「ワニゲーターがシンを食べると、急に経験値を出したのよ。そして口を開けると、怪我したシンと、口の中からワニゲーターの頭に向かってシンの剣が刺さっていたの。皮膚は硬くても、口の中までは硬くなかったようね」
なんということだ、俺は食べられた時にたまたま頭を貫いたということみたいだ。
運が良かった。努力によって得た勝利ではないけれど、ワニゲーターに勝つことができたみたいだ。
「やった、これでこのクエストもクリアですね! でも俺の剣は折れちゃったんですよね……次のクエストやるまでには新しい武器を用意しなくちゃ……」
「シンはまだ戦うつもりなの、こんなに傷ついたのに!?」
フィーシュが驚いたように声を荒げる。ミートもベジタも目を見開いて固まっていた。
「え? このくらいの怪我なら加護で治るじゃないですか」
「だって今も痛いんでしょ?」
「痛いですけど、明日は無理でも、明後日以降なら痛みも引いて治るじゃないですか」
「「「…………」」」
3人とも顔面蒼白である。
「怖くないの? 私は怖かった。自分が死ぬかもしれないほど追い詰められて……シンは私と違って食べられもした。私よりも怖い思いをしているのに……」
俺の顔にフィーシュの涙がポタポタと落ちる。俺がフィーシュの手を握ると、震えていた。
「フィーシュさん……今回みたいに酷いことになったら戦うのが怖いって俺も思います。でも、それで俺が逃げたら、俺は助かっても他の冒険者が戦うことになる、その冒険者も逃げて誰も戦おうとしなかったら……いったい、誰が戦うことになるんでしょうか」
フィーシュの震えていた手が止まった。
「もちろん逃げたって全然良いと思います、僕より強い人はたくさんいますし、僕がいなくなってもギルドは明日もいつも通りに続くでしょう。だからこそ頑張りたいんです。『シンがいなくても大丈夫』から、『シンがいてくれたら助かる』って……今、思いました」
「シン…………」
「本当は『シンだけが最後の希望だ!』って言われたいですけどね」
「……そうね、私もそんな風になれるかしら」
俺が微笑みながらそう言うと、フィーシュも目に涙を溜めながら微笑んでくれた。
「話は済みましたね? シンさんが目を覚ましたのなら、ポーションを飲ませたいのですが……」
「あ、ごめんなさい、今どきます!」
俺らと一緒に『魔素の核の破壊』のクエストに同行していたギルド職員が、ポーションを持ってやってきた。
「怪我の状態を確認しますね」
「っっっ!!! 痛ったぁぁぁ!」
ギルド職員が足に巻かれた布を剥がすと、とてつもない痛みに襲われた。あまりの痛さに涙が出てくる。布を剥がした後のギルド職員は、俺の足を見ると顔を背けてしまう。
「うっ……失礼……出血は止まっているみたいですね」
俺は自分の足がどうなっているのか確認するため、痛いのを我慢しながら、頭を上げ、足を見ると、ジャ足の真ん中の少し前くらい肉が裂かれていた。
ここまで怪我を見てしまい、俺はショックを受けた。
「今からこのスーパーポーションを飲んでもらいます。これで裂かれた足はくっ付くはずです」
ギルド職員が俺の怪我の具合を見て、ポーションからスーパーポーションに変えた。蓋を開けると、俺の頭の後ろに手を回し、頭を少し浮かせて、口元にポーションを近づけて飲ませてくれる。
ゆっくりスーパーポーションを飲んでいると、痛みが和らいでいく。裂かれていた足もほとんどくっ付き、表面の皮膚が裂けている程度まで回復した。
「どうですか?」
「ありがとうございます、かなり回復しました」
「それは良かったです。もう1本飲めばもっと良くなりますよ」
「飲みたいですけど、もうお腹が苦しくて、これ以上飲めないです」
「そうですか、分かりました。では、そろそろ街に帰りましょうか。私たちの準備もできたみたいですし」
ギルド職員がワニゲーターの方を見ると、適度な大きさに切られたワニゲーターが、馬車に詰められていくのが見えた。
「シンさんを街まで運ぶのは大変でしょう、みなさんも馬車に乗って行ってください」
「やったっしょ!」
「うれしいわ」
「あらあら、助かりますわ」
「じゃあシンを運ぶっしょ、よいしょ!」
「あいたた! ミートさん優しく運んでくださいよ」
「ごめんごめん」
ミートは笑いながら俺のことをお姫様抱っこで馬車まで運んでくれた。馬車の中にはワニゲーターの顔が載せられていて、俺とフィーシュが驚いたりしていた。そうして俺たちは全員同じ馬車に乗り込む。
「全員乗りましたね、では私が馬車を動かして街まで向かいます」
ギルド職員が馬車を動かすと、それに続いて他の馬車も一緒に付いてきた。野次馬として見に来ていた冒険者は、一部だけ護衛として付いてきて、残りは自分たちが今やっているクエストを続けるために残るのであった。
■
「ギルドに到着しました、私はワニゲーターを運ぶので、みなさんはクエストの報告に行ってきてください。今日はありがとうございました」
「「「「こちらこそありがとうございます!」」」」
ギルド職員さんたちは馬車と共に行ってしまった。俺はミートたちの肩を借りながらギルドに入っていく。
ギルドに入ってから1人で歩こうとするが、傷ついた足が地面に付くと痛みが出るので、ギルド内でもミートたちに肩を借りることになった。
美女2人に肩を貸してもらって羨ましそうに鼻を伸ばしている冒険者もいれば、俺の足を見て口元に手を当て、青ざめた顔の冒険者もいた。
そんな冒険者たちの視線を無視して、受付にいるハンナさんにクエストクリアの報告をする。
「クエストお疲れ様でした。ミートさんたちの活躍はギルド職員から確認済みです。少々お待ちください」
ハンナさんは受付から離れると、横の扉から出てきた。
「みなさんには会議室で報酬の受け渡しをしますので、私に付いてきてください」
俺たちはハンナさんの後に付いて行き、会議室まで向かった。
会議室の前に着くと、コンコンとハンナさんが扉をノックして「ハンナです」と言うと、中から「どうぞ」と声が返ってくる。ハンナさんは扉を開け中に入り、俺たちも会議室に入る。
「待っていました、さぁ座ってください」
ドラコニスさんに言われて俺たちはイスに座る。
「まず君たちに感謝します、ありがとう。これで魔王軍の一部の計画は潰せたはずです。ただ、君たちの行動を見ていた冒険者がたくさんいまして、魔王軍が近くまで来ていたという噂が下位冒険者の間で流れ始めました。それが真実であるということは近いうちにバレるでしょう。これによりしばらくは下位冒険者が積極的にクエストには参加しなくなると予想されます」
会議室が重い空気になる、俺たちも一生懸命やったが、ワニゲーターが想像以上の強敵で、隠し通すのが無理だった。
「まぁいずれはバレることでした、それがこのタイミングだっただけのことです。あなたたちを責めるつもりはありません。では、これから報酬の話に行きます。ハンナ」
「はい、こちらが報酬金となります」
俺たちはそれぞれ500G入った袋を受け取り、ギルドカードには3000GPが追加された。
ハンナさんが報酬を渡すとドラコニスさんが口を開く。
「ミートさん、フィーシュさん、ベジタさん、あなたたちは今回のクエストクリアで☆4の上位冒険者として活動することを許可します」
ドラコニスさんは豪華になったギルドカードを3人に渡していった。
「これが上位冒険者のギルドカード! カッコイイっしょ!」
「ほんと、綺麗ね」
「うんうん、キラキラしているわ」
「気に入っていただけて嬉しいですよ」
ミートたちは、新しいギルドカードを貰って喜んでいた。
「あなたたち3人は今から上位冒険者です、しっかりその自覚を持って行動してください。それと、これからはギルドの2階へ行くことを許可します。クエストを受ける際も、2階の掲示板にあるクエストを2階の受付で受注してください」
「「「分かりました!」」」
ミートたちはビシッと背筋を伸ばして返事をした。
「以上で終わり……と、いきたいところですが、実はまだあなたたちに言わなければならないことがあります」
ドラコニスさんの目つきが鋭くなった、俺たちは何かやってしまったのかと思い震えていると、テーブルの上にドンッと大きな袋が4つ置かれた。
それをハンナさんが俺たちの前に運んでくれる。俺はビビりながらこれが何か聞いてみた。
「ドラコニスさん、これは?」
「中を見てください」
恐る恐る袋を開けて中を見ると、大量のGが袋の中に入っていた。ミートたちの袋も中身が同じで、口を開けたまま固まっている。
「その袋1つ1つには3000G入っています」
「3000G!?」
「何で私たちにそんな大金が!」
「どきどき、ここの部屋には今1万G以上もあるのね!」
ミートたちは驚いて大きな声を出しているが、俺は驚きすぎて声が出なかった。
(3000……俺が今までクエストで稼いできたGも同じくらいなかったか?)
それくらいの大金がなぜ俺たちに、そう思っているとドラコニスさんが説明してくれる。
「ワニゲーターの身体に埋め込まれていた魔素の核、それが質の高い魔石になっていて、強力な武器や防具、そして魔道具の素材として使えそうなんです。ですのでそれは特別報酬ということですよ。好きに使ってください」
笑顔で俺たちにそう言った。
それを聞いたミートたちは大喜びである。
「これで美味しいもん食べに行くっしょ! 肉肉肉ぅ!」
「私は魚が食べたいわ!」
「あらあら、野菜も食べなきゃダメよ」
もうミートたちは何に使うかで盛り上がっているようだ。俺もこのGを何に使うか考えていると、ドラコニスさんが話かけてくる。
「シンくん、明日からのクエストはどうしますか」
「明日からですか。そうですね、しばらくはこの足が治った後と、新しい武器を手に入れてからクエストを受けるつもりです」
「そうですよね、身体も装備も万全になるまでは控えますよね。分かりました、武器についてはこちらで根回ししておきます。鍛冶屋にシンくんのことを話て、装備を作ってもらえるように頼んでみます」
「え!? 良いんですか!」
「はい。ただ、今は魔王軍に対抗するために上位冒険者たちの装備品を作ってもらっているので、完成までに時間がかかるかもしれませんが……」
「全然良いですよ、どうせ足が治るまで戦いにいけませんから……あ痛っ!」
パンパンと軽くたたいてアピールすると、振動で痛みが走り悶絶する。
「分かりました、歩けるようになったらギルドへ来てください、鍛冶屋までギルド職員が案内します」
「ありがとうございます!」
思わぬところで新しい装備を手に入れることができて嬉しかった。
「では、そろそろ解散といたしましょう。みなさん今日はありがとうございました。では失礼します」
ドラコニスさんはそう言って部屋を出て行ってしまった。
「シンの宿はどこだ? 私たちがそこまで送ってあげるっしょ!」
「そうね、その足じゃ1人で帰れないものね」
「うんうん、お姉さんに甘えて良いんですよ」
「じゃあ……お願いします」
俺はまたミートたちに肩を借りて会議室から出た。ハンナさんは最後に出て、会議室を閉める。そして俺たちの方を向いた。
「改めて、みなさんクエストお疲れ様でした」
ハンナさんは深々と頭を下げると、俺たちを外へと誘導した。
■■
「ここがシンの住んでいる所だな、懐かしいっしょ」
「ミートさんみんな見ているから早く入りましょう!」
周りからの視線を気にして、俺の住んでいる宿屋に入る。俺の部屋まで連れて行ってもらい中に入れてもらう。
「!? スライムっしょ!」
「ほんとだわ! なぜこんな所に魔物が!」
「あらあら」
「みんな待ってください! あれは魔物じゃなくてぬいぐるみです!」
「ぬいぐるみ?」
以前買ったスライムのぬいぐるみをミートさんたちは魔物と勘違いしてしまった。
そんな一騒ぎがあったが、誤解を解くことができ、布団まで敷いてもらった。
「んじゃ私たちはそろそろ行くっしょ。上位冒険者になったから、今度こそ次会うのは当分先になりそうだけど、その時はよろしくっしょ」
「また会いましょうねシン」
「うんうん、またね」
「こちらこそ、俺が上位冒険者になったらまたよろしくお願いします!」
ミートたちは手を振りながら扉を閉めた。そして遠ざかっていく足音を布団で横になりながら聞いている。
その音が聞こえなくなると、俺は目を閉じ、ゆっくりと眠るのであった。
ワニゲーターに俺の剣が口から頭に刺さり倒すことができた。だけど、俺は剣が折れ、足が裂けるほどの大怪我をした。
俺たちのことを冒険者が見ていて、魔王軍がアルンの街近くまで来ていたことが噂になってしまった。これはそのうち真実だとバレるとドラコニスさんは言う。
ミート、フィーシュ、ベジタは☆4の上位冒険者となった。
俺はドラコニスさんから鍛冶屋に装備を作ってもらえるように根回ししてくれるそうだ。
帰りはミートたちに肩を借りながら部屋まで送ってもらい、眠りについた。




