第11話 魔王誕生
時が経つのは早い、とは言えないが、ボルサード帝国の女皇帝は70年たった今も健在だ。
彼女が正式に皇帝になってから、すぐに人事を一新した。
さらに税収などを見直し、ボルサード帝国を一から立て直していったのだ。
彼女が正式に皇帝になるまでの2年間は、帝国にとって暗黒の時代だっただろう。
だが、彼女は我慢してお飾りの皇帝を演じ続け、正式に皇帝になると今までの鬱憤を晴らすように宰相や貴族たちの企みを、そして帝国にはびこる闇の部分を明らかにして裁いていった。
これにより、ボルサード帝国は徐々にではあるが繁栄をしていった。
齢90を超えているにもかかわらず、今も現役の皇帝とは恐れ入る。
また、次期皇帝もちゃんと育っているようだしもうボルサード帝国を見守っていくことはないかな……。
それに、今はボルサード帝国よりも気になることが進行している。
それは、魔王の誕生がもうすぐということだ。
魔王は魔族の中から生まれる。
これは人々が信じてきた常識、だからこそ、魔族は封印されたのだ。
だが、これが覆ろうとしていた。
▽ ▽ ▽ ▽
ここは『グリフィード大陸』の隣にある『グローリー大陸』だ。
80年ほど前、ようやく人類が発見した大陸で人々が住み始めた地でもある。
始めは何もない大陸だったが、移民が始まり人々が住み始めると、どうしても争いが起きてしまう。
そして、ここにいる男もそんな争いから逃げて来た1人だ。
彼の名前は、テッド。
こんな洞窟に住み、食うのもやっとな生活。
着るものも今着ている服しか持っていなくて、何年も変えていない。
服や体は近くの川で洗っているが、それでも人と会うこともなく一人で生活していた。
そんな彼だが、50年前にこの大陸へ来たばかりの頃は貴族だったのだ。
それが、人に騙され貶められ、今のようになってしまった。
この洞窟で生活しているのも、人を信用していないためでもある。
そんな彼が今、最後に手元に残った本を使い自分をこんな目に合わせた者たちに復讐しようとしていた。
彼の手元に残った本は、彼がこの大陸に渡る前に手に入れたもので、ある帝国の皇帝を亡き者にするために用意した呪いの本なのだ。
その皇帝こそ、ボルサード帝国の現女皇帝その人であり、彼に国外追放を命じた本人でもあった。
彼の企みをいち早く知った女皇帝は、彼を断罪しようとしたが彼の家の者たちの減刑を望む声もあり国外追放ということにしたそうだ。
彼は帝国を追放され、大陸を渡り、一旗揚げようとしたところで騙され、本以外すべてを失った。
最初は生きていくのに必死で、何も考えていなかったが、年を取り体の自由がきかなくなると、自分の置かれた状況を逆恨みするようになった。
こんな生活を強いられているのは誰のせいか?
こんな大陸に来ることになったのは誰のせいか?
などなど。
『……呪ってやる、私をこんな目に合わせたあの女を……』
画面越しではあるが、俺の目の前で男は本を開き呪文の詠唱に入った。
「……クロエ、創造神に連絡入れた方がいいよね?」
「連絡は大事」
俺はすぐに椅子に備え付いている赤い受話器を取ると、創造神に連絡する。
『はい、もしもし』
「もしもし、創造神? 俺コージだけど」
『コージ様、昨日はありがとうございました。
それで、今日はどのようなことで?』
「実はね、今画面越しに『魔王』の誕生を見ているんだけど……」
『はあっ?!!』
「……声が大きいよ?」
『それどころじゃありませんよ! 何、のんきに電話しているんですか!!』
「いや、魔王の誕生は避けられないものでしょ?
それに、どうやって『魔王』が誕生するのか知りたかったんだよ」
『だとしてもですね……』
「それに、本当に魔族が原因で『魔王』が誕生するのかも知りたかったんだよね」
『………』
『それで、どこで『魔王』が誕生しようとしているんですか?』
「グローリー大陸の中央の森の中、近くに川がある洞窟だよ」
『すぐに対処できるように、各神殿に警告を……』
ビィーーー、ビィーーー、ビィーーー。
〈警告、魔王が誕生しました! 警告、魔王が誕生しました!〉
「……魔王は魔族から生まれるものではない。 しかと、確認した」
『………コージ様、こちら神界も大騒ぎになっています。
それと、魔王の件に関しては後程お願いをするかもしれませんが……』
「ああ、今回の魔王の件には俺も力を貸すよ」
『よろしくお願いします』
そう言って創造神は、俺との通話を切った。
おそらく、神界にいる信仰の神々と今後どう魔王に対処するのか話し合うのだろう。
しかし、今の俺の関心はそこにはなかった。
「クロエ、記録したかい?」
「ばっちり」
魔王の誕生、それは呪詛から生まれていた。
男が詠唱した呪文で、男の目の前に黒い、真っ黒な影が現れ男を飲み込む。
すると、影がボコボコと形を変えていき、そのまま人型に変わると魔王が現れた。
誕生した魔王は、そのまま転移したのか姿を消した。
クロエに転移先を探してもらったが、ダンジョンに潜られたようでわからなかった。
「ダンジョンは生物の類だから、俺たちでも見えないんだよな~」
「申し訳ない」
「クロエの所為じゃないよ。
でも、魔王は魔族から生まれるものではない。
すべての種族から生まれることができるようだな……」
「あの男が持っていた本も謎」
「う~ん、魔王に関してはまだまだ謎が多いね~」
▽ ▽ ▽ ▽
魔王が誕生し、姿を消してから世界は変わっていく。
まず変わったのは、魔物の脅威だ。
人が多く暮らしている場所では、魔物による被害が多く出始め、国が動き出した。
さらに、各神殿で啓示があり正式に『魔王の復活』が宣言された。
そのため、翌年には南の『ロビス帝国』で勇者召喚がおこなわれ六人の勇者が召喚された。
その勇者たちが謁見の間に案内され、皇帝と話をしている時、俺のもとに創造神から電話で連絡が来た。
『コージ様、あの時言ったお願い事を持ってきました』
「わかった。 それで、俺は何をすればいいの?」
『実は、今回召喚した勇者たちのすぐ側で見守ってほしいんです』
『……すぐ側って、俺が勇者に加わるの?』
『いえ、仮初の肉体はこちらで用意しました。
ただ、人としてではなく『猫』として勇者たちを見守ってほしいんです』
「……何か訳ありみたいだね?」
『はい、実は勇者の1人を適性の強さにできなかったのです。
本来ならば、勇者の称号を持つだけで自動的に適性の強さになるのですが、その勇者は称号を持つにもかかわらず、強くならなかったのです。
そのため、他の勇者たちや意地の悪い貴族連中から虐められるのではという危惧が上がりまして、そこでコージ様に陰ながらその勇者を見守ってもらおうかと……』
「なるほどね……。
ところで、クロエもいっしょに行くのか?」
『生憎、仮初の身体は一つしか用意していませんので……』
「そうか、わかった。 では、地上にはいつ行くことになるんだ?」
『仮初の肉体はすでに用意できてあります。
そちらに送りますので、3日以内に勇者のもとへお願いします』
「了解」
そう返事をして、受話器を置いた。
俺はすぐにクロエに、地上での注意事項や、クロエとの通信のやり方などを確認していると俺の使う仮初の肉体が部屋に転送される。
第11話が完成しました。
読んでくれてありがとうございます、次回もよろしく。




