1-1 猪、ベーコン編
皆さんこんにちは。とあるゲームのNPCを仰せつかっております、カンテラと申します。
長かった冬も開け、草木も萌出し私の住む山の動物たちも活動を始め、賑やかな春の訪れを感じます。さて、私はといいますとに方々を駆け回り、畑を耕し、預けておいた乳牛を連れて戻し、鶏を何羽か買って山小屋での暮らしの準備をしておりました。今日は山に狩りにでておりまして、その帰りと言うわけでございます。本日の取れ高は猪を二匹、いずれも雄でございました。
此方はゲームの世界ということもございまして、幾分皆様のお住いになっている現実とは差異がございます。この猪など良い例でございまして、現実の猪は豚の祖先種で、いわゆる獣臭さの強い肉となっております。此方の猪はどうやら現実の豚に近い味にプログラムされているようでして、癖のない非常に淡白な食べやすいお味となっております。それでも農村で育てられている豚に比べれば幾分風味が強いと感じます。
現実との差異と申しますと、魔法の存在も挙げられます。この世界ではいわゆる魔法が一般に広まっておりまして、使える方も少なくはありません。かくいう私も物を動かす魔法とランプに温度を保存する魔法を使うことが出来るのです。すごいでしょう?いずれの魔法も便利なものでして、前者は今のように重いものを持って山を登るのに大活躍ですし、ランプの魔法は冬の間の私の収入源となってくれているのです。まあ、其れについてはまたいずれお話いたしましょう。それでは今回の挨拶はこれぐらいにいたしましょう。皆様ごきげんよう。
肉の処理は時間との勝負である。猪に矢を放ち仕留めてすぐに残雪で身を冷やしてやる。温かいと悪くなるのが速い。次いで素早く内蔵を取り出し捨てておく、内臓は痛みやすいからな、私が去ればすぐにワシなんかがやってきて平らげてしまうだろう。そうやって処理した猪を小屋に持ち帰り皮をはぎ、半身に分ける。何年か前このために街で大きな包丁を鍛造してもらったが切れ味が良いので気に入っている。これで半枝が4本、これを少し熟成させる。死後硬直が解け食べごろになるのを待ってから何を作るか決めよう。
街の馴染みの料理屋に半枝まんまのベーコンを頼まれていたことを思い出す。冬の間世話になったし、春一番の報告として1つ持っていってやろう。それと自分用のベーコン、これはバラ肉だけを使った正真正銘のベーコンを2つ。もも肉のハムを2つと…それと残りの肉は生肉として卸せる部位は卸して、卸せない所はソーセージにしてしまおう。
よし、そうと決まったらベーコンから作り始めるか!
ベーコンにしろ、ハムにしろ、ソーセージにしろ、いちばん重要なのは塩につけて乾燥加熱燻煙して保存性を高めるってのが一番重要になってくる。特に塩につけることを塩漬といって、最も重要な工程になる。
ベーコンの場合は直接肉に塩をすり込む乾塩法と呼ばれる方法を用いる。使う塩は岩塩、これに含まれている成分が肉の色を引き出し、美味しそうな色に仕上げてくれる。肉の重さに対して3分ほどの岩塩と粒の黒胡椒、肉荳蒄を挽いたものを混ぜ、擦り込む。これでもかと、親の敵ほどに擦り込む。これにより肉に味が染み、余分な水分が流れ落ち、保存性も高まる。塩をすり込んだら樽の上に簀子をしきその上に肉を乗せ氷室に一日放置しておく。半枝の方は仕方がないので吊るしておいてその下に樽を置いておいた。塩漬が終わると次は塩抜きを行う。これをやらないと塩辛すぎて食えたものではなくなる。程よく塩抜きをしたところで表面の水分をふきとり、氷室で一日乾燥させる。
次の過程はいよいよ燻煙だ。燻煙により水分を更に飛ばし、煙で殺菌を行い、独特の色と風味を持たせる。燻煙に用いる材料、燻煙材には広葉樹が向いている。幸いこの間樗の木を切ってきたのでそれを燻煙材にするとしよう。この猪の行動範囲内にあった木だから、おそらくこいつの実も食べてきているだろう。獲物の食べたもので獲物を燻すとはなかなか乙なような気がする。燻製小屋も母屋の横に作ってある。温度調節は得意分野なのでめったに失敗することもない…。ゆっくり時間をかけて温度をあげてゆき、大体60℃前後になったら燻煙を開始して2時間。これでベーコンの完成である。
ベーコンを作ってる間の待ち時間でソーセージとドライソーセージ、ハムも作ってしまったがその話はまた今度にしよう。
それではお待ちかね、試食タイムである。
まずは製造者のお楽しみ、ベーコンを薄く、ごくごく薄く切ってそのまま頂く。うむ、強めに塩をしたからこれくらいの薄さでちょうどいい。脂の香りもいいし、何より肉の旨味がいい。燻製の具合もちょうどよかったらしい。成功だ。
私が思うにベーコンの美味しさは、脂にこそあると思う。バラ肉を使うからそもそも脂が多い。この山の猪の脂は融点が低く香りがいいから、これを存分に楽しまない手はないだろう。そこでおすすめしたいのがオムレツ。そう、オムレツである。ベーコンと卵の相性は御存知の通り、それを一纏めにしてオムレツにしようもんならこれ以上の美味はない。
作り方はいたって簡単、フライパンをよく熱し、薄く油をひいてからベーコンの脂身を入れじっくり脂を溶かしてやる、脂が焦げ付く前にベーコンの肉の部分を細かく切って入れ炒める。溶いた卵を入れ塩と胡椒で味付けをし、程よくかき混ぜオムレツの形にしてやる。出来なかったら炒り卵になっても十分美味しくいただける。ポイントは火を強くしすぎないこと。ベーコンと一緒に玉葱を炒めてやっても美味しい。
というか、ベーコンと玉葱は炒めて湯を入れ味付けするだけで十分に美味しいほどに立派な出汁になりうる。そこにブイヨンを入れれば実に高級な料理になる。ベーコンはえらい、偉大である。
ベーコンの美味しさは脂身にあるなどとのたまった私でもベーコンの美味しさは赤身にあると言わざるを得ない。個人的には単純に焼いただけでおいしい。肉肉しいベーコンの美味しさは言葉に表せない。あの噛みごたえ、噛むほどにあふれる旨味、塩辛すぎるくらいだがそこに酒や馬鈴薯、パンなど食べると幸せの一言に尽きる。チーズができたら一緒に食べよう。ピザなど焼きたいものだ、パスタもいいだろう、寒くなってきたらポトフも作ろう。
ベーコンはえらい、私の楽しみがこんなにも増えるのだから。
※本作品のベーコンの作り方は一部詳細を省いております。また、食肉加工は食中毒のリスクと隣り合わせですので挑戦なさる際は十分な事前勉強と衛生管理のもとお臨みください。
感想や評価をいただけると幸いです!