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99 『初体験』

 そもそも、今日は業務内容の説明だけであるはずなのに、果たして移動する意味はあるのか。とても老体とは思えないしっかりとした足取りで進んでいくヘルガーの背を追いながら、ぼんやりと思う。


「……なぁ、俺何か悪いことしたかな」


 レイスは気の抜けた声で訊く。


「無断で部屋の中を色々見てたのは悪かったと思うけど……まあどっちにしろあんな感じだったと思うよ。ヘルガー先生の性格上、自分より遥かに歳下で学院の教員になってるレイスのことが気に入らないんだと思う。嫉妬とまではいかないけどね」


 ヘルガーは学院の教員になってから長い。それこそ、レイスが生きてきた時間より長くこの場所で教鞭をとっている。故に、生徒とそう変わらない年齢のレイスが教員という立場にあることに疑問を感じているのだ。


「つまりそれ俺は悪くないってことじゃん……」

「まあ、悪い人ではないから。あんまり気にしすぎなくていいよ。悪いようにはされないって」


 そう言ってみせるセスは、レイスの背を軽く叩く。釈然としない表情でそれを受け入れたレイスは、とりあえず流れに身を任せることに決めた。人生なるようになるのだ。開き直りとも言う。


 レイスがうんうんと頷いていると、前を歩いていたヘルガーが立ち止まる。と言っても、扉の前だとか部屋の中などではない。巨大な校舎の裏側にあるグラウンドだ。目の前に広がる広大なグラウンドを見て、レイスは小首を傾げる。


「ここで試験を受けてもらう」

「試験……? 俺が、ですか?」

「ほかに誰がいるんじゃ」


 レイスは予想外の言葉に困惑を露にする。まさか教員として学院に来て、自ら試験を受けることになるとは誰が思おうか。しかし、目の前の老人が冗談を言うような性格ではないことは、この少ない時間で理解していた。


「…………」


 レイスは冷たい視線をスッとセスに向けた。セスは流れるようにその視線から逃れ、レイスと顔を合わせようともしない。


 悪いようにされないという言葉はなんだったのか。そんな思いがふつふつと湧き出すが、当の本人は素知らぬ顔だ。


 ――あとで絶対に報復しよう。


 レイスはその場で心に固く誓った。


「試験って、何をするんですか?」

「ゴーレム作製じゃよ」

「ゴーレム、ですか」


 ゴーレムとは、魔石を核として魔力を原動力に動く自動人形のことを指す。人形といっても、素材に石などを用いれば、人間を簡単に押しつぶせるような凶悪な代物も出来上がる。まあ、そこまで自由に動き回れるゴーレムはそう簡単に作ることはできないのだが。


 それにしても、錬金術の試験でゴーレムを作るのは随分と珍しいことだ。普通はポーション作製や武具の加工、魔道具の作製などが多い。というのも、ゴーレムを作るのにまず必須となる魔石がそう大量に手に入るものではないからだ。


 それなりの数を揃えるには大量のお金が必要になってくるし、ましてやそんな魔石を試験で消費することなんて滅多にない。


 これが四大貴族の財力かと、レイスは内心で密かに感心する。


「そう規模のでかいもんはいらん。それなりに動けるゴーレムでいい」


 言いながら、ヘルガーは倉庫のような場所から小指ほどの大きさの魔石を取り出し、レイスへ手渡した。


 レイスは魔石の感触を手の平の中で確かめ――少し焦る。この試験には問題点が一つだけある。


 ただ、その問題点はレイスにとっては割と重大だった。


 ――作ったことがないのだ。


 レイスという錬金術師は、これまで一度たりともゴーレムを作ったことがない。もちろん、知識としてはゴーレムのことは知っている。ルリメスが作っているのを見たこともある。


 とはいえ、実際に作ったことがないものを作るのはさすがのレイスでも不安を覚えるというものだ。ヘルガーの言葉から察するに、そこまで完成度の高いものを求めていないことは分かるが。


 魔石を持って固まるレイスを見て、ヘルガーは眉を寄せた。


「何をしておる。グラウンドの土を使って作るんじゃ」


 だからわざわざここまで来たのか。


 レイスは納得しつつ、腹をくくる。成功を確信しているわけではないが、失敗に終わるつもりもない。


 深呼吸をし、意識を集中させる。


 ゴーレム作製に際して最も必要なものは、繊細さと想像力だ。錬金術において完成形を想像するというのは、基本工程であり非常に重要なことだが、ゴーレムに関してはその重要度は更に上がる。


 完成したあとの動く力は原動力である魔石に任せておけば大丈夫だが、動く身体を作るのは錬金術師だ。身体が不完全であれば、動作不良を起こし、動くどころかたちまちに崩れ去ってしまう。


 故に、細部まで粗なく作り上げる繊細さと、問題なく動く身体を思い描く想像力が重要になってくるのだ。


「『圧縮』」


 レイスは目を瞑ると、地面に置いた魔石の真上に手をかざし、錬金術を発動。すると、魔石の周囲にグラウンドの土が集まっていく。まるで魔石が引力を持っているかのようにどんどん土が吸い寄せられ、やがて球体の形をとった。


「おい……レイス」


 セスの引きつった声がレイスの名を呼ぶが、目を瞑って集中している当人にはまったく届いていない。そうしている間にも、魔石の周囲に集まる土の量は増えていく。


 最終的にレイスの腰の高さ程までの大きさとなった土の球体。レイスは、仕上げに入る。


「『変形』」


 ただの土の球体が、波打ち、形を変えていく。


 まずしなやかな四足が形作られ、付随するようにきめ細かい毛並みを持った胴体も現れる。長すぎない尾が地面に向かって垂れ、鋭い牙を剥き出しにした一匹の狼がセスとヘルガーの前に誕生した。


 ――なんじゃ、これは。


 ヘルガーは、その光景に声も出せずに目を見開いていた。


 あまりに、工程が美しすぎる。


 ここまでよどみない形状変化は、何十年の時を生きてきたヘルガーでさえ初めて見るものだった。


 ゴーレムを作る際は、細かな形状を再現するのが難しいため、簡単な形をとることが一般的だ。しかし、今目の前でレイスが作り上げてみせた狼は、毛並みや瞳、牙などが完璧に再現されている。


 生きていると言われても違和感一つ覚えない完成度だ。自然と、ヘルガーの手が狼へと伸びる。しかし、その直前、ヘルガーと狼の距離が開いた。


 不動だった狼が、走り出したのだ。グラウンドの土を蹴り、凄まじい速度で駆け回る。崩れる様子はなく、グラウンドを一周してみせた狼は再びレイスの元へと戻った。形状通りの機動性に、作製した本人であるレイスは満足気に頷く。


 ヘルガーは、目の当たりにした光景にゆっくりと首を横に振った。


「ありえん……」


 掠れた声でヘルガーの口からようやく出てきた言葉は、呆れるほどありふれたものだった。思考する余裕すらないほどの驚嘆が、ヘルガーの胸の内を占める。


 ――これと同じものを作れと言われて、果たして今の自分にできるだろうか。


 分かりきった疑問が浮かび上がり、ヘルガーは空笑いする。


 規格外の錬金術師だと、噂には聞いていた。それでも、予想を超えるほどの実力だ。


「ふぅ……初めて作るにしては上手くいったな」


 一仕事終えたような心地良さを感じているレイスは、穏やかな表情で汗を拭う。ただ、その言葉にセスとヘルガーの表情が凍りつく。


 まだ夏だというのに、背筋が凍る思いだった。


「初めて……?」

「ん、ああ、初めてだぞ」

「待て、待ってくれ……それはつまりあれか、狼を作るのが初めてとか、そういうことなのか?」


 セスは頭痛を堪えるようにこめかみに指を当てる。目の前の友人が規格外であることは知っているが、それでも今聞いた言葉はにわかには信じがたいことだった。


 レイスは不思議そうにパチパチと目を瞬かせる。


「いや、ゴーレムを作るのがこれで初めてだぞ」


 分かってはいたが、レイスでなければ信じられないことを言ってのける。


「初めて作るゴーレムがこんなに精緻で、しかも崩れる様子すらないのは、世界広しと言えどもお前一人だけだよ……」

「お、おう……?」


 セスから項垂れるようにそう言われ、反応に困るレイス。とはいえ、とりあえず試験として言い渡されたゴーレムの作製は達成したのだ。


 何かしらの反応はあるだろうと、ヘルガーを見る。


 すると、ヘルガーは一言も発さずにレイスのことをじっと見ていた。愕然とした表情をしており、口元がふるふると震えている。


「あのー……」


 ヘルガーの予想だにしない反応に、レイスは困惑気味の声を出した。すると、突然ガバッと身を乗り出したヘルガーは、レイスの肩を掴む。レイスは咄嗟のことに距離を置こうとするが、肩にがっしりと掴まれた手は外れない。


 老体のどこにそんな力があるのか。疑問に思う程だった。


「ありえん……ありえん! このゴーレムが初めてじゃと……そんなことがあるか!?」

「えっと……そう言われても、初めてなものは初めてなので……」

「いいか、今お前が作ったのは、秀才程度では一生をかけても作れん代物じゃ! 普通の人間では、人生を費やしても絶対に届かん! それが、初めてじゃと!?」


 ゼェゼェと息を荒くし、あらん限りの声を張り上げる。そうでもしないと、収まりがつかなかった。


 一体どれだけの才があれば、ここまでの領域に踏み込めるのだろうか。目の前で苦笑しているレイスを見て、ヘルガーは末恐ろしくなった。

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