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97 『魔法学院』

1月11日にコミックの1巻が発売となっております。

よろしくお願いします!

 王立魔法学院とは王国において最も有名な最高学府である。


 貴族の血統を継いだ才ある人材が多く集い、この学院を卒業した者は将来を約束されたも同然と言われるほど。当然のことながら入学試験も厳しい。また、そんな試験を突破してきた生徒達へ授業を行う教員にも相応の実力が求められる。


 生徒に劣る教員など必要とされない。実際、過去には優秀すぎる生徒を目の当たりにした教員が辞職したこともあった。


 そんな教員になるべく、レイスは現在セスと共に学院へと向かっていた。と言っても、レイスの場合は教員というよりも補佐役としての役割が強いが。


「はえー……」


 数字が並んだとある用紙を持って、感心するように息を漏らすのはレイス。彼が持つ用紙に書かれているのは、年度毎の魔法学院の入学試験の倍率だ。


 レイス自身は学院に通った経験はないが、それでも用紙に記された倍率が高いことは一目で分かる。入学試験が厳しいと言われるのにも納得の数字だ。


 他にも学院の教育方針、学科、教員、設備情報などが書かれた用紙にも目を通す。中でも目につくのは、でかでかと載っている学院の理事長であるウィルス。


 澄ました笑みのウィルスを見て、レイスは見るからに表情を曇らせた。


 どうにも、ウィルスに対する苦手意識が拭えない。彼と相対していると、腹の底まで見透かされているような気がしてならないのだ。


 とはいえ、今から会いに行くのがそのウィルスなのだから、そんなことは言っていられないのだが。


「浮かない顔だね」


 隣を歩くセスは、苦笑しながら言葉をかける。抜けるような青空とは対照的に、憂鬱そうなレイスの表情を見ればそう言いたくもなるだろう。


 レイスはぼんやりと頷くことで反応を示す。


「取って食われるわけじゃないし、そんなに嫌がらなくてもいいんじゃないか?」

「そう言ってもなぁ」


 肩を落として歩くレイスは、ため息をつく。

 果たして自分に補佐役とはいえ教師が務まるのかという不安と、雇用主に対する苦手意識もあって気分が晴れることはない。


 そうしてうじうじとしているうちに、目の前に大きな建物が見えてくる。貴族の屋敷よりもさらに巨大なその建物は、間違いなくレイスたちが目指していた場所。守衛らしき男にセスが会釈をすると、慌てて男は門を開く。


 そのまま学園の敷地に踏み入れたレイスは、落ち着かない心を自覚しながらキョロキョロと辺りを見渡す。シミ一つない真っ白な校舎に、適度に置かれた花や植物や銅像。貴族が多く通うだけあって、華々しい雰囲気で包まれている。庶民のレイスには肌が合わないのも当然だ。


 セスに先導され、子供のようにそのあとをついていく。校内は見た目通りに広大で、迷わないか心配になるほどだ。


「今日は生徒はいないんだな」


 レイスは教室の中をチラチラと眺めながら言う。


「生徒は、まだ夏季休暇を堪能しているだろうさ。といっても、もう終わりは近いけどね」

「急な教員の補充にはちょうどいい時期だったってことか」

「そういうことだね……っと、ここだ」


 セスが立ち止まったのは、理事長室と書かれたプレートがある扉の前。レイスは多少の緊張感からか、息を吐いて乾いた唇を湿らせた。


 目線で準備が整ったことを示す。


 頷くセスは名を告げながら、扉をノックした。聞き覚えのある声が入室を許可し、部屋の中へ。


「やあ、よく来たね」


 そう言ってレイスたちを出迎えたのは、ニコリと笑みを浮かべる金髪の男。どことなく居心地の悪さを覚える笑みを受けたレイスは、口を開くことをきらい、ぺこりと頭を下げて無難な対応に努める。


「お久しぶりです、ウィルスさん」

「ああ、そうだね。壮健そうで何よりだよ、セス君」


 同じ四大貴族であり、以前から面識がある二人。レイスが進んで会話をする気がないことを理解しているセスは、率先してウィルスの言葉に応じた。


 微笑みを絶やさないウィルスはそのままセスと形式的な挨拶の言葉を数回交わし、おもむろに視線をレイスへ。


「こうして顔を合わせるのは、あの依頼のとき以来かな」

「まあ……そうですね」

「とはいえ、君の噂は色々と耳に届いているよ」


 レイスは苦い表情で目を泳がせる。


 つい最近、盛大に王都の噴水を破壊したばかりなのだ。ルリメスによって情報は伏せられているので、誰がやったかはウィルスでさえ知らないはずだが、それでもうちに湧く罪悪感は抑えようもなかった。


 ウィルスは動揺を表に出すレイスを見て、「ふむ」と物知り顔でひとつ頷く。 その動作だけで、レイスの不安を煽るには十分だった。


 心の中を土足で踏み荒らされているかのような感覚に、自然と目を合わせることを避ける。


「まあ、まさか君がうちの学院に来るとは思ってもみなかったが……」


 ウィルスの微笑みが初めて苦笑へと変わる。色々と話題になっているとはいえ、一介の錬金術師でしかないレイスが魔法学院の教員募集に訪れたのだ。


 それも、四大貴族であるセスの紹介によって。


 ウィルスとしてもレイスという人物の人脈がどうなっているのか、気になるところではあった。


「ちなみに、どうしてこの学院に来ようと思ったんだい?」

「え、あー……」


 お金のため、とバカ正直に口にするのはさすがのレイスでも躊躇われた。かといって上手い言い訳がすぐさま思い浮かぶはずもなく、開きかけた口からは言葉にならない空気だけが微かに漏れ出す。


 取り繕うにも既に遅く、セスは狼狽するレイスを見て軽く眉間を押さえた。


「……まあ理由がどうであれ、君ほどの錬金術師が来てくれるのならこちらとしても大歓迎だ」


 追及することはせず、意味深に笑みを深めてみせるウィルス。レイスは緊張感から解放され、安堵から深く息を吐き出した。


「さて、事前に渡した資料には目を通してくれたかな?」

「はい、一通りは」


 ここまでの道程で眺めていた資料を思い浮かべる。あの中にはレイスの雇用条件などが仔細に書かれている資料も含まれていた。


 実際のところ、魔法学院の報酬は破格だ。


 教員に求められる能力を考慮すれば当然なのかもしれないが、今のレイスにとっては天から降ってきた幸運に等しい。


 それこそ、あれほど苦手に思っているウィルスと顔を合わせることを許容する程には。


「資料にも書いていた通り、君の役割は錬金術の授業の補佐役だ。基本的には授業を仕切る教員の言葉に従ってほしい。ただ、君から見て何か意見できることがあれば、もちろん遠慮なくしてもらって構わない」


 レイスはあくまでも授業の補佐役。


 いくら規格外の能力を持ち合わせていようと、多人数――それも飛び切り優秀な生徒に物事を教えるのはそう簡単なことではない。


 ただ、ウィルスもレイスという才有る錬金術師を腐らせるつもりなど毛頭ない。賃金を払って雇う以上、生徒たちにしっかりと影響を与えてもらうつもりだ。


「ああ、そういえば君が補佐をする相手をまだ伝えていなかったね」

「一人だけなんですか?」

「もちろん錬金術の教員は一人じゃないが、君が補佐をするのは一人だけだ。高等部の授業を受け持つヘルガーという名の教員だ」


 ウィルスがヘルガーの名を口にするなり、セスの表情がぴくりと強張る。ウィルスの手前かすぐにその表情は消したが、レイスはその小さな変化を見逃さなかった。目敏いウィルスがレイスが気づくような変化に気づかないはずもなく、視線をセスへ飛ばす。


「そういえば、セス君が在籍していた頃の担当はヘルガーだったか」

「……ええ、そうです」


 セスは苦笑しながらも素直に頷く。あまり良い思い出を持っていないことは明らかだった。

 これから補佐を務めるレイスとしても、その反応には不安が募るばかり。希望を言うなら、優しい人でお願いしたいものなのだ。


「……ちなみに、どんな人なんですか?」


 知らずに会うよりも、知っていた方がいいに決まっている。不安を飲み込み、意を決して尋ねた。

 ウィルスははぐらかすように笑みを浮かべ、答える。


「優秀な教員だよ」


 レイスが聞きたかったのは能力的な評価ではなく、人柄についてだったのだが。ウィルスの笑みを見る限り、わざとレイスの意図を無視した返答を用意したのだろう。意地が悪いとしか言いようがない。


 ――やっぱり苦手だ。というか嫌いだ。


 確信を得たレイスは小さく「そうですか」と返す。これまでは声音にはなるべく感情を乗せないでいたが、このときばかりはわずかに棘が感じられる声だった。それでも愉快そうに笑っているウィルスにとっては、想定の内にしか過ぎないのだろうが。


 本来なら不敬と受け取られてもおかしくないことを考えると、ある意味この寛大な対応は幸運なのかもしれない。とはいえ、レイスがウィルスに感謝することは絶対にないだろう。


「さて、このあとは軽くヘルガーと顔を合わせてきてくれ。授業の詳細な内容や、君への指示が伝えられるはずだ」

「分かりました」


 ようやくこの場から離れることができる。

 そう思うだけで心も軽くなるというものだ。浮足立ちそうになるのを抑え、内心で深いため息をつく。


「それじゃあ、これからよろしく頼むよ」

「……はい、失礼しました」

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