96 『募集中』
騒動から約一週間後。
結局、騒動のあとも祭りはある程度続行された。と言っても、目玉である花火を打ち上げて速攻終了というある意味当然の進行ではあったが。
まだ花火を見れただけ儲けものといったところだろう。レイスもラフィーたちと花火を見たが、苦労した甲斐があったと思うほど綺麗な光景だった。
是非ともまた来年に今度は何事もなく落ち着いて見たいものである。
さて、祭りの結末はそうなったわけだが。では、レイスたちはどうなったかというと――
「いつまでそうしているんだ、レイス」
「ローティアちゃんもー」
テーブルの上で何の感情も存在しない虚無の表情を見せるレイスとローティアの二人。生気というものが感じられず、ラフィーとルリメスが声をかけても何も反応がない。
「レイスさん、ローティアさん!」
シルヴィアが身体を揺さぶっても、二人の身体は抵抗もなくグラグラと動く。まさに生ける屍といった状態だ。
それもそのはずで、彼らはつい先程、とある言葉を受けたのだ。
「いい加減受け入れなよ、レイス」
その言葉を伝えた本人であるセスは、呆れた様子でため息をつく。一向に現実を受け入れようとしない二人に対してのため息だ。
「噴水、及び街路の破壊。更に王都全体に対しての魔法行使による迷惑行為。そりゃ賠償金も請求される」
レイスの心配は的中し、彼はローティアを止めるために取った手段で賠償金の請求をされていた。こればかりは自分でやったことなので仕方がない。そして、ローティアに対してももちろん請求はある。罪状は祭りの進行の妨害、及び王都全体に対する悪質な迷惑行為。
こちらもまあ、自業自得と言えるだろう。
「お金……ない」
そう呟くローティアの顔は不気味なほど真っ白だ。
致命的なことに、彼女は賠償金を支払えるだけのお金を持っていない。そもそも行き倒れていたのだから当たり前なのだが。この場合、どうなるのか。
当然、払えませんじゃ済まされない。
「どうしよう……」
「と、言われてもね……」
大した関係もないセスにはどうすることもできない。
仕方なく、レイスの方へ視線を向ける。レイスは、ここ最近の店の売り上げもあって自分の賠償金自体は払えるのだ。ただ、ローティアの分もとなると、売り上げのほとんどは消し飛ぶだろう。
「……仕方ない。全部俺が払うよ」
「いいの……?」
「当然、タダじゃないぞ。これからしっかりと店で働いてもらって返してもらう」
「ありがとう……頑張る」
相当な出費ではあるが、致し方ない。弟子にするとまで約束した相手を見捨てるのは心苦しい。一応、店で働いてもらうことで返してもらえるので、決断に至ったわけだ。
「まあ、レイスがそれでいいなら僕は構わないけど」
「正直言うと、資金は空っぽになるけどな」
痛い出費になることは変わりない。これからどうしていくか上手く考えなければ。
レイスがあれこれ頭を悩ませていると、突然セスがとある用紙をレイスへ手渡してくる。
「これは?」
「王立魔法学院の臨時の教員募集。と言っても、表には出回らないものだけど」
「魔法学院……?」
レイスはパッとローティアを見る。彼女が魔法学院に通っていたと言っていたからだ。
貴族が多く集まる場所で、ローティアもお嬢様なのではと疑惑が上がっていた。
「それで、どうしてこれを俺に?」
「いや、お金に困っているならやらないかなと。給料はかなり良いし、今ちょうど錬金術の教員が募集されてるよ」
「……いや、どう考えても無理じゃね?」
人に教えた経験なんてまだ大した数ではない。いきなり教員になって授業をしろなんて言われても無茶振りとしか思えない。自分が大勢の生徒を前に堂々と授業をする姿なんてまったく想像できなかった。そもそも魔法学院の教員など、なろうと思ってなれるものではないのだが。
「ああ、補佐役でいいらしいよ。毎日行かなくてもいいらしいし。それならレイスにでもできるかなと思って」
「えぇ……」
それでも渋るレイス。
王立魔法学院と言えば、王国の最高学府だ。
生徒のほとんどが貴族であり、厳しい入学試験を通過した最高峰の実力を持つ者たちが集まる。この魔法学院に入学を果たせば、人生の成功が約束されると言われるほどだ。
事実、魔法学院を卒業した者は国の重役を担うことが多い。
セスも魔法学院の卒業者であり、現在は当主筆頭。レイスの目の前に良い例がある。
「ちなみに僕の妹も魔法学院だ」
「何の情報だよそれ……」
「いや、もしこの話を受けるなら妹に会うだろうからさ」
「すでに一度会ってるけどな」
変な芝居をしていたせいで第一印象はどう考えても良い方向には転んでいないだろうが。
レイスは顎に手を当て、考える。確かに用紙に書かれている報酬は中々の額だ。これからのことを考えると、労働時間的に見ても引き受けておいて損はない。
「いいじゃん、やってみたらー」
「人の気も知らないで軽く言ってくれるなぁ……」
「大丈夫だって」
「ほんとか? 絶対生徒と俺の歳近いだろ、反発とかされそうなんだけど」
錬金術の実力的にはまず問題ないだろうが、威厳はまったくないレイス。生徒たちにボロクソに言われた日には、帰って枕を涙で濡らす自信がある。精神的ダメージには弱いのだ。
「レイスさんが教師って、少し面白そうですけどね」
「そうか?」
「はい、私が生徒ならレイスさんの授業とか受けてみたいです」
「それ、ただシルヴィアが優しいだけという説がある」
別にレイスじゃなくてもシルヴィアはこう言っているという確信があった。
「まあ、実力は問題ないだろうし、レイスの好きにすればいいんじゃないか」
「うーむ……」
用紙と睨みっこをし、色々情報を確かめてみる。そこで、ふと見覚えのある名前を見つけた。
「ウィルス・レディウムって……」
金髪碧眼の若い男。セスと同じ四大貴族のうちの一つの家の当主だ。随分と前にポーションを売ってくれと頼んできたことを思い出す。
用紙には、理事長として名前が書かれていた。
「あの人、学院の理事長もやってたのか……」
「なんだ、レイス。まさかウィルスさんと知り合いなのか」
「まあ、一応な」
「どういう縁を持っているんだお前は……」
「これに関しては俺から望んだ縁でもないけどな」
指名依頼で強制的に呼び出されたようなものだし。それに、心の中を探るようなことをしてくるので、レイスはウィルスに対して苦手意識を持っているのだ。話しているとどっと疲れるので、できれば会いたくはない。
「まあでも、知っているなら学院にも行きやすいんじゃないか」
「どっちかと言うと、むしろ行き難くなったぞ。どうしてくれる」
「お前、ウィルスさんをどう思っているんだ……というか、そんなこと外で絶対言うなよ。あの人本人なら笑って許してくれるだろうが、他の人に聞かれると面倒だぞ」
「大丈夫だって、流石に分かってる」
本当に分かっているのか、随分と気楽に答えるレイス。いつかやらかしそうな雰囲気を漂わせている。
「それで、どうするんだ」
「んー……じゃあまあ、やってみようかな。困ったときはセスの妹を頼ろう」
「まあいいけど、レイスより年下だぞ」
「俺は気にしない。相手が年下だろうが、間違いなく俺よりしっかりしてるだろうから」
言ってて虚しくならないのか、レイスは親指を立てながら断言した。
「うん……まあ、頑張れ。とりあえず僕が準備を進めておくから、また何かあったら言いに来るよ」
「了解。色々ありがとな」
「お互い様さ」
今日、忙しい中セスがわざわざこの場に来たのもレイスにこの話を伝えるため。持つべきものは友とはよく言ったものだ。
「レイスさん、お手伝いとはいえ先生になるんですねー。なんて呼ばれるんでしょう」
「確かにな。レイスの歳だと、同じ歳の生徒なんて山ほどいるだろうし」
「まあ、俺は何でもいいけどさ」
話を聞いていたローティアはレイスの顔を見つめ、一言。
「レイス先生……」
「…………これ、思ったより恥ずかしいな」
レイスは顔に手を当て、目を逸らす。先行きが思いやられる行動だった。