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95 『解決』

コミカライズの連載がマンガUP様にて始まりましたので、そちらの方もよろしくお願いします。

 数秒、機を窺うように沈黙が訪れる。

 一種の睨み合いが続く中、真っ先に動いたのは――


「うおおおお!!!」

「レイス!?」


 ルリメスやシルヴィアやラフィー、更にはローティアでもなく、レイスだった。彼は咆哮を上げながらローティアに向かって直進し、止まる様子はない。


 突然のレイスの行動に、その場にいる全員が戸惑う。誰もが予想できなかった展開だ。ローティアでさえ困惑が先行して、身体が硬直していた。なぜ、戦えもしないレイスが何の工夫もなくただ突っ込んでくるだけなのか。


「一体どういうつもりで……」


 ローティアは訝しみながらも、翼を広げて単純な回避行動を取る。そうするだけで、魔法を使えないレイスは空中にいる彼女に対して何も出来なくなってしまう。


 あとに残るのはただ叫びながら走る変な人だ。ただ、もちろんレイスは何の意味も無く走り出したわけじゃない。勝算はある。


 恐らく、ローティアはレイスのことをちょっとすごいポーションや魔道具を作ることができる錬金術師、くらいにしか思っていないだろう。しかし、その考えは間違っていると言わざるを得ない。


 確かに戦闘はできない。目を見張るような魔法なんてものも使えない。ラフィーのような身体能力があるわけでもない。


 ただ、甘く見られているのならば、その考えを覆すことは容易い。


 レイスはローティアには目もくれず、そのまま走り続ける。先にあるのは噴水だ。勢いを緩めないレイスは、段差を飛び越えて噴水の中へ侵入。


 水が跳ねて服が濡れるのも気にせずに真ん中へ。


「レイ君まさか……」


 ルリメスはその姿を見てレイスが何をしようとしているのかに気付いたのか、信じられないといった表情。ローティアも遅れながらも察しがついたのか、初めて表情を引きつらせた。


「『圧縮』」


 レイスは噴水に片手をつくと、静かに呟く。同時に、石材が軋む嫌な音が周囲へ響き渡った。噴水を囲う石でできた段差にビキリと亀裂が走る。


「流石にこれは……!」


 これから起こり得る事態を想像してか、ローティアは一目散にこの場から離れようとする。


「ラフィー!!」


 レイスの声と同時に、ラフィーが空中へ躍り出た。


 ローティアは伸びてきたラフィーの腕を潜り抜けるために霧化を使い、実体化した瞬間に翼による全力飛行で広場から逃亡を図る。その先には、ルリメスとシルヴィア。


「何でもいい! この広場を覆うように壁を作ってくれ!!」


 叫ぶレイス。


 その瞬間、噴水を囲う段差どころか、地面にまでもビキビキと限界を訴えかけるように亀裂が走っていく。これ以上はもう保たないだろう。


 ルリメスとシルヴィアは、レイスの言葉を聞いた瞬間に魔法を発動。要望通り、広場を覆うようにして石の壁が組み上がっていく。


 広場から出るためには、石の壁を破壊するしかない。ローティアが魔法を準備する、その前に。


「お前を噴水に落とすより、こっちをぶつけた方が早いよな?」


 レイスはニヤリと笑う。

『圧縮』を強めると、すでに限界を迎えていた石の段差や地面が盛大な音を立てて割れた。


 錬金術によって封じ込められていた水が一気に勢いを取り戻し、割れた地面の隙間から勢い良く噴き出す。瞬く間に空高く舞い上がった水滴は、やがて物理法則に従って落下を開始する。


 大量の水滴を避けるのは、霧化の能力を以てしても不可能。雨のように降り注ぐ水を全身に受け、ローティアの背に生えていた翼は幻のように消えた。真っ赤な瞳は理知的な紺色の瞳へ戻る。


 同時に、魔法によって出来た壁が崩壊した。


 空中にいたローティアは、自然と地面へ向かって垂直に落下。すでに着地していたラフィーが駆け寄り、落ちてくるローティアを受け止めた。


「大丈夫か?」


 下から上までびしょ濡れのレイスはラフィーの方へ近付く。幸い夏なのであまり寒さは感じないが、このままでは風邪をひく可能性もある。


 ただ、そんなことよりも。

 レイスはすぐに、ラフィーたちに近付いたのを後悔した。


 あれだけ広範囲に降り注いだ水滴だ。ローティアはもちろんのこと、ラフィーも当然全身に水滴を受けている。すると、張り付いた浴衣によって身体のラインがひどく強調されていた。ローティアも同じ状態で、ピタリと服が張り付いている。


 青少年には少々刺激の強い光景だ。


「あまり見るな……!」

「す、すまん!」


 バッと両腕で胸を隠したラフィーからお叱りを受ける。レイスは慌てて身体の向きを反転させた。


「あははー、ラッキーだねー、レイ君」

「あんまり見ちゃダメですよー!」


 そこに近付いてくるのは、ルリメスとシルヴィアの二人。二人も水滴を受けたはずなのだが、どこも濡れた様子はない。不思議に思っていると、目の前でルリメスがパチンと指を弾いた。


 すると、突然レイスの全身が乾く。


「はい、これで大丈夫ー」

「おおー、やっぱり魔法便利だな」


 背後では同じようにシルヴィアによってラフィーとローティアの全身が乾かされた。これでわざわざ目を逸らさなくて済む。


「さてさて……いやぁ、それにしても派手にやったねー、レイ君」


 ルリメスが見つめる先には、半壊している噴水とその周辺の地面がある。ローティアを止めるためとはいえ、王都のものを勝手に壊してしまったのは流石にまずいだろう。


 どちらにせよ、すでに王都全体に迷惑はかけているのだが。


「まあ、やってしまったことは仕方ない。過去は振り返らないようにしてる」

「随分と都合がいいな……」


 ラフィーが呆れる中、王都を包んでいた霧がどんどん晴れていった。ローティアが吸血鬼の状態から元に戻ったお陰だろう。


 レイスは地面にペたりと座り込んでいるローティアを見る。どうやら意識はちゃんとあるようで、いつもの無表情な彼女がそこにいた。


 ただ、どことなく気まずそうな雰囲気が感じられる。


「それで、ローティアにはどれくらい記憶があるんだ」

「……全部」

「一応、覚えてはいるのか……」


 自分の言動を思い返してか、ローティアは珍しく顔を赤くした。普段の彼女とは真逆のような性格だったのだ。恥ずかしくもなるだろう。


「ごめん、なさい……」


 消え入りそうな声で謝るローティア。その姿に苦笑していると、ふわふわと飛んできたミミがローティアの頭の上に乗る。


「よくやってくれたよ」

「相変わらず偉そうだな……というか、どこにいたんだ」

「ずっと観察させてもらってたよ」

「さいですか……」


 ともかく、これで騒動は終わりだ。あとからどれ程の責任を問われるか気がかりではあるが、今は気にしないことにする。


 とりあえず眠っている人たちを起こすのが先決だ。



 ***



 眠っている王都の住人は、魔法の効果が切れると自然と目を覚ましていった。ローティアが元に戻って十分後くらいには、王都は一応元通りになったと言えるだろう。


「これで本当に終わりか……」


 疲労から自然とため息が漏れ、思わず空を見上げる。すでに夜遅く、雲に半分隠された月だけがひっそりと輝いていた。月を眺めていると、今日あったことが嘘なんじゃないかと思えてくるから不思議だ。


 ただの現実逃避ではあるが。そう願わずにはいられない。


「おーい!」


 レイスがぼーっとしていると、どこからか間延びした声が聞こえてくる。特に考えもなくそちらを見ると、眠った人々の安全確認をしていたエリアルの姿が。


「ラフィー、どうやら上手くいったようだな」

「ああ、エリアルもありがとう」

「なに、気にすることはない」


 フッと笑い、髪を撫でる。

 エリアルはそのままラフィーと会話を続ける――のではなく、レイスの方へ向き直った。


「レイス、俺は最近、本当に君とラフィーが付き合っているのかどうか、調べさせてもらっていた」

「え? ……あ、ああ、その話ね」


 ローティアを何とかするのに夢中で、祭りの本来の目的を完全に忘れていた。そもそも、ラフィーとの恋人の振りのために二人で祭りを回っていたのだ。


 ここ最近ということは、前回のデートの分も含めて言っているのだろう。ようやく理解が追いついたレイスは、何を言われるのだろうかとエリアルの言葉を待つ。


「確かに、君とラフィーは付き合っているように見えた……」

「そ、そうですか」


 正直なところ不安の方が大きかったため、レイスはホッと一息つく。エリアルも変わったところがあるので、判定も少し一般人よりはズレた感じなのだ。


 ともかく、これで本来の目的も達成したことになる。


「……晴れて公認ですね!」

「……余計なことは言わなくてよろしい」


 ニヤニヤしながら小声で伝えてくるシルヴィアに、半目になって言葉を返す。


「しかし、君がラフィーに愛想を尽かされたそのときは、俺は再び愛を伝えに来よう!」


 いつもの如くフッと微笑を浮かべ、エリアルは背を向けた。遠くなっていく後ろ姿を見ながら、レイスはポツリと。


「面倒くさい……」


 レイスの心の底からの言葉に、ラフィーも同意するように苦笑した。

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