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92 『合流と正体』

「さーて、なんか雲行きが怪しくなってきたねー」

「どういうことですかこれ……」


 視界いっぱいに広がる霧を見つめて、ルリメスとシルヴィアは目を細める。その隣では、意識を失って倒れているデイジーとニコラの姿があった。苦しげな表情のデイジーに、幸せそうなニコラが抱きついている形だ。


「どうやら魔法みたいだけど……すごいね、これ。発動している魔導師、相当な実力だよー」

「王都を覆うほどですから、まあそうですよね」


 同じ魔導師である二人には、この霧の魔法を展開している人物の実力がよく分かる。まず間違いなく、侮っていい相手ではないと。レイスたちは気付いていなかったが、この霧の魔法には耐性のない人間を眠らせる効果以外にももう一つ効果が存在しているのだ。


「魔力の妨害、ね。器用なことをするもんだよ」


 近いものを挙げるとするなら、少し前にレイスたちが行ったウルル火山だろうか。あの場所は精霊であるサラマンダーの力によって、魔法をまったく使えない空間になっていた。それとまったく同じとは言わないが、同種の力がこの霧の中でも働いている。


 発動自体はできるものの、魔法の力がある程度制限されているのだ。


「さて、術者の位置を探るのもそうだけど、まずはレイ君たちを探そうかー」

「そうですね、レイスさんや姉さんは意識があるでしょうし」


 王都で意識を保っている人物がどれほど存在するかは定かではないが、少なくともこの二人は大丈夫だろうという確信が二人にはあった。何が起きるかも分からないので、合流を優先することにする。


「視界がまともに使えない以上、魔力で探るのが一番なんだけど……鬱陶しいなぁ、この妨害」

「把握し辛いですね……」


 霧の妨害により、中々上手く魔力の位置が把握できない。レイスの魔力など長年一緒に過ごしてきたルリメスにとって見つけるのは容易いことなのだが、今に限っては苦戦していると言わざるを得ない。それでも諦めずに意識を集中させていくと。


「いた……かなり乱れてるけど、多分これかな。レイ君の近くの魔力反応は二つ……一つはラフィーちゃんだろうけどもう一つは……」

「あー、多分、エリアルさんですね。あの二人の近くにいて尚且つこの霧の中で意識を保てそうな人物はそれくらいしか思いつきません」

「ラフィーちゃんに惚れてるっていう冒険者ねー、了解」


 ルリメスは何とかレイスたちの位置を補足。三人が大きく動き出す前に、移動の準備を整えることにする。距離がそこそこ離れているため、霧の影響も合わせて考えると徒歩では時間がかかりすぎるだろう。


「シルヴィアちゃん、この中で魔法は安定させられる?」

「はい、よほど難しい魔法でもない限り、安定させるだけなら大丈夫かと」

「いいね、頼もしい限りだよー。それじゃ、ボクたちは空から行こうか」

「……なるほど、そういうことですか」


 普段なら危険も多いので使わない手段だが、今は緊急事態だ。形振り構ってはいられない。


「ま、霧の影響であんまり高度は出せないけど……」


 言いながら、ルリメスの身体は地面から離れてふわりと浮く。その隣ではシルヴィアも同じように浮いており、地上から四メートルほど離れると静止する。


「じゃあ行こうか、一応、速度には気をつけてね」

「はい!」


 ルリメスとシルヴィアは、そのまま風魔法によって加速。つい先ほどまでレイスへちょっかいを出すためだけに使われていた魔法の技術を遺憾なく発揮。


 宙を飛ぶというのは、見た目に反してそう簡単なことではない。全身にかかる負荷、風の向き、強さ、すべてを把握しながら正しい制御をし続けなければならない。一歩間違えれば、空中から勢い良く落下する未来が待っている。


 そんな魔法を魔力妨害がある空間の中で安定させる天才二人は、徒歩よりも遥かに速いスピードで進んでいく。空中なら地上と違って誰かが倒れているという心配もない。視界が悪いので最高速度は出せないが、それでも徒歩を相手に追いつくには十分だ。


 着々とレイスたちとの距離を縮めていく二人。しかし、途中で妙な魔力の反応を捉える。

 ルリメスは眉をひそめ、思わず空中で静止する。


「この魔力は……」


 ルリメスが感じた魔力反応は、彼女にも負けない速度で移動している。それも、迷いなくこちらに。まず徒歩ではないことは確かだ。


 となると――


「一応警戒しといて、シルヴィアちゃん」

「はい」


 二人はいつでも動けるように身構え、接近してくる魔力を待つ。数秒もすると、魔力はほんのすぐそこというところまでに。止まることを知らないその魔力は、そのままルリメスたちの前に姿を現した。ルリメスとシルヴィアはその姿を見た瞬間、思わず目を丸くする。


「あれ、どうしてこんなところに……」


 ルリメスの目の前に現れたのは、白い三つの尻尾を持ち、首には青いスカーフを巻いた狐。つまり、ミミだ。しかし、ミミの契約者であるローティアの姿は見当たらない。


「やっと意識のある人間が見つかった……!」


 ミミは疲れた様子で息を吐く。発言の通り、ずっと意識のある人間を探して霧の中を彷徨っていたのだ。


「喜んでいるところ悪いんだけど、今急いでるんだー。レイ君たちと合流したくてね」

「なんだい、まだ意識がある人間がいるのか。なら、早いところ案内してくれるかな。僕も急いでる」

「おおぅ、さすが精霊ー……」


 傲慢な物言いに苦笑しながらも、ルリメスとシルヴィアは再び空中で加速する。急いでいるのはお互い様なのだ。


「そういえば、ローティアちゃんはどこに行ったのー? 眠っちゃってる?」

「まあ、眠ってると言えば眠ってるのかな……とにかく、合流してから話すよ」


 ミミは意味ありげな発言のあと、口を閉じて先を急ぐ。ルリメスもレイスたちの位置だけに集中。


「そろそろだよ」


 ルリメスがそう言うと、前方に三つの人影が見えてくる。ルリメスとシルヴィアは人影を上から追い越すと、その前方へ着地した。


「師匠にシルヴィア、やっぱり意識があったのか!」

「やあやあレイ君、無事合流できて良かったよー」


 ルリメスは喜びを露にするレイスへひらひらと手を振ってみせる。普段はアレだが、こういうときは頼りになる師匠なのだ。


「やっぱり、レイスさんと姉さんとエリアルさんでしたか」


 シルヴィアの予想は大当たり。とりあえず五人は合流できたことを喜び合う。

 そんな彼らの中心に、ミミが割り込んでいく。


「喜ぶのもいいけど、話を聞いてもらえるかな」

「そういえば、合流してから何か話すって言ってたねー」

「何のことだ? というか、何でミミが一人でここにいるんだよ」

「それも含めて今から説明するよ」


 くるりと尻尾を丸めたミミは、ため息をつく。

 どことなく面倒そうなのは気のせいだろうか。


「どこから話すべきかな……まあとりあえずこの霧を作ってるのはローティアだ」

「……は?」


 突如ブッコまれた真実にレイスの目は点になる。それはルリメスやシルヴィアも同じだ。


「ローティアがこれを……?」

「まあ、そうだね。と言っても、君たちが知っているローティアではないけどね」

「俺たちが知っている?」


 妙な言い回しに訝しげな表情のレイス。ミミは怜悧な瞳を向け、素っ気無く頷いた。


「あの無表情で、面倒くさがりで、口数の少ないローティアだよ」

「まあ確かにそれが俺が知ってるローティアだけど……」

「そう、それがいわば『表』のローティア。今、この魔法を使っているのは『裏』のローティアだ」


 レイスはついにはミミが何を言っているのか分からなくなり、首を傾げた。助けを求めるようにルリメスたちを見るが、彼女たちも左右に首を振る。最後にまたミミへ説明を求めるように視線が戻る。


「簡単に説明するよ。まず、ローティアは吸血鬼と人間のハーフだ」

「吸血鬼ってあの吸血鬼か? 血を吸ったりする」

「それで合ってるよ。まあハーフだからそんなに血は飲まないけどね」


 吸血鬼とは千年以上前に存在したと言われている魔族のうちの一種だ。夜の王と呼ばれ、血を吸うことで有名な種族でもある。身体能力、魔力共に秀でた種族であり、かつてはその絶対的な力によって栄華を極めていた。


 しかし繁殖力に難があり、徐々に数を減らしていった歴史を持つ種族だ。


「随分と珍しい種族の名前が出てきたもんだねー。とっくの昔に滅びてると思ってたよ」

「まあ、ほぼ滅びていると言っても過言じゃないだろうね。今となっては吸血鬼としての血も薄れていってしまっているし」


 ただ、その中でも比較的珍しく血が濃いのがハーフであるローティアというわけだ。


「それで、ローティアが吸血鬼のハーフであることと今の状況に何の関係があるんだ」

「ローティアは吸血鬼のハーフと言っても、その力を自分の意志で完全に操れるわけじゃないんだ。血が不足したり酒に酔ったりすると、人格がガラリと変化する」


 イマイチピンと来ていない表情のレイスを見て、ミミは呆れた表情。


「簡単に言うと、暴走だよ。わざわざ『裏』のローティアなんて呼び方をしたのもそのせいだ。普段の無表情なローティアとは比べ物にならないくらい表情豊かだし、口数も多くなる。で、この霧を生み出しているのも、ローティアがお酒に酔って出てきた『裏』のローティア。まあ『表』が人間として『裏』が吸血鬼としてのローティアだと思ってくれていい」

「つまり、今は吸血鬼モードのローティアがこの霧で王都を覆ってるってわけか」

「そういうことだね」


 いまいち釈然とはしないものの、とりあえず説明は呑み込んだ。というのも、あのローティアが表情豊かに喋る様子なんて想像もつかない。接客が面倒くさいと言いながら錬金術をやっているイメージがどうしてもある。


「その吸血鬼モードはいつ終わるんだ?」

「分からない。長ければこのまま一日以上続くだろうし、短ければ半日程度で済むかもしれない」

「短くても半日も続くのか……」

「そりゃ、ハーフと言っても吸血鬼だ。今のローティアの実力は並大抵のものじゃないよ」


 霧の規模と効力を見ればそんなことは分かりきっていることだが、改めて聞かされると嫌になってくる。


「原因が分かったんだ。なら、ローティアを止めればいい。幸い、ここには過剰なほど戦力が集まっている」


 S級冒険者三人に、この世界で五指に入るほどの魔導師、それに規格外の錬金術師だ。相手が吸血鬼といえど、遅れを取るということはまずないだろう。


「というか、俺たちのところに来る前にミミが止めれば良かったんじゃないか」


 ミミは馬鹿を見るような目でレイスを見ると、わざとらしくため息。


「それができたらとっくにやってるさ。今のあの子はまず人の話を聞かないし、それに僕はあの子の契約精霊だ。ローティアに対して魔法を放つことはできないのさ」

「それで私たちを頼ってきたと、そういうわけですね」


 ひとまず、これで目的はハッキリとした。暴走しているローティアを止め、この霧を解除させること。

 そうすれば、とりあえずこの事態は収まるだろう。まあ、あとで何かしらのお怒りを受けることは間違いないだろうが。


「ん……そういや、何でローティアは酔っ払ってんだ? あいつ、飲める年齢だっけ」

「まあ祭りということもあってローティアもテンションが上がっていたのか、間違って飲んでしまったのさ」

「なんじゃそりゃ……」


 果たしてどんな間違いがあったら未成年が酒を飲む事態になるのだろうか。おまけに、そのせいでこんなことにまでなっているのだ。


「さて、とりあえず事情は分かったわけだけど……どうする?」

「まあローティアちゃんを止めに行くのは確定だねー」

「あとは怪我人とかいないかが心配ですけど……」

「それは俺に任せたまえ」


 髪を撫で、エリアルは自信ありげな笑みを浮かべる。


「え、いやそれなら俺が行った方がいいんじゃ……」

「君だと足が遅いし、怪我の有無くらいなら俺にでも分かる。ポーションを持って俺が走った方が効率が良い」

「……確かに」

「じゃあ、決まりだな」


 眠っている人の中に怪我人がいないか確認するのがエリアル。その他の面々はローティアを止めに行く。

 レイスは言われたとおり幾つかのポーションをエリアルに手渡し、彼を送り出す。


「よーし、ボクたちはローティアちゃんを探そうか」

「ですね」


 位置の把握はルリメスとシルヴィアの領分だ。二人はレイスたちを探したときと同じように目を瞑って意識を集中させる。レイスとラフィー、ミミが見守る中、ゆっくりと二人の目が開かれた。


「……いた。魔力が大きいからレイ君より分かりやすいねー」

「このまま真っ直ぐ。ちょうど王都の中心辺りにいますね。位置的にも範囲魔法を発動しすいでしょうし、間違いなさそうです」


 二人はローティアの位置を発見。彼女は今、王都の中心で魔法を行使している。


「歩きは遅くなるから、上から行こうか。レイ君は私が引っ張るから、シルヴィアちゃんはラフィーちゃんをお願いできる?」

「分かりました!」


 そう言って、二人の身体は宙に浮く。

 それを見たレイスはルリメスの口から飛び出た「引っ張る」という言葉にどうしようもなく嫌な予感を覚えた。


「さ、二人とも手をこっちに」


 渋々レイスがルリメスへ手を差し出すと、彼女はその手をがっしりと掴んだ。すると、レイスの身体もルリメスと同じように浮かび上がる。


「おおっ……!」


 魔法を使えないレイスはちょっとした感動を覚え、忙しなく地面と空中の間で視線を彷徨わせた。ラフィーもレイスと同じように、シルヴィアと手を繋いで宙へ浮かんでいる。


「それじゃ、行こうかー」


 ルリメスの声を合図に、四人は王都の中心へ向かって加速した。

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