90 『見守り(ちょっかい)』
「ん、この肉うまいな」
「和の国のものらしいぞ」
「へぇ……」
和の国といえばローティアが思い浮かぶ。店を出る前に訊いたところ彼女も祭りには参加しているらしいのだが、レイスにはどこにいるのかは分からない。おおかた、屋台で色々なものを食べて回っているのだろうが。
とりあえず店を休めることに喜んでいたことだけは印象的だ。
そう考えると、ルリメスがどこにいるのかも分からない。レイスとしては今日ばかりは大人しく家で酒でも飲んでいてくれるとありがたいのだが。気まぐれな己の師匠の行動など到底予測できない。
串に刺さっている最後の肉を頬張り、レイスは飲食系の店が立ち並んでいるエリアを超える。シルヴィアが立てたプラン通りなら、次は遊戯系の屋台があるエリアだ。
――そんなとき、目の前に四人の男が立ち塞がった。全員年齢はレイスよりも少し上といった感じで、装いを見るに、恐らくは他国の人間。チンピラという言葉がまさに適切な集団だ。
「よ、よう兄ちゃん。可愛い子連れてるじゃねぇか」
「ど、どうだ、そっちの美人さん、俺たちと遊ばない?」
チンピラ、なのだが。
レイスにはどうにも目の前の男たちの態度がよそよそしく見えた。とてもナンパをするような雰囲気ではない。むしろ、どことなく怯えのようなものが混じっているような気がするのだ。チラチラ背後を確認し、そう、まるで誰かに脅されているような……。
違和感を覚え、思わず眉をひそめる。
が、そう感じたのはレイスだけだったのか、鋭い視線のラフィーが一歩前に出る。
「悪いが、私がお前たちについていくことは絶対にない」
流石S級冒険者と言うべきか。剣も持っていないにも関わらず、凄い威圧感である。レイスもエリアルの威圧を真っ向から受けたことがあるが、中々に緊張感を与えてくるものだった。
四人の男たちは表情を引きつらせると。
「すんませんでしたぁぁぁ!!」
謝罪の言葉を残し、あっという間に走り去っていく。見る見るうちに後姿が遠ざかり、やがて見えなくなる。脱兎の如くという言葉がよく似合う逃げっぷりだ。いくらラフィーの威圧感と言えども、流石に大げさではないかと思ってしまう。
それに、ナンパもどきのことをしてきたのはあちら側だ。
「何だったんだ……?」
「さぁ……?」
謎の四人組に、二人揃って首を傾げるのであった。
***
「あぁぁ、そうじゃないんですよ姉さん! いや、対処法としては合ってはいるんですけど今は違うんです!」
「シルヴィアちゃんもそうだけど、勇ましいよねー」
一方、レイスとラフィーの様子を見ていたシルヴィアたち。レイスたちに四人組を差し向けた張本人であるシルヴィアは、望みどおりの結果が得られず悶えていた。
ナンパへの対応の仕方がまったくシルヴィアと同じだ。
理想的な流れはチンピラ四人組からレイスがラフィーを庇い、そのまま良い雰囲気を作るというものだったが、チンピラ相手に怯えるはずもないラフィーではそう上手くはいかない。むしろレイスより早く前に出て追い払う程だ。
「流石姉さん、手強いですね……」
シルヴィアは唇を噛み、本気で悔しがる。
シルヴィアからは何が何でもこの『王竜祭』の間に何か起こしてやろうという気概が見られた。そうなると、先程のようにラフィーに対して何か小細工を仕掛けようとすると駄目だ。大抵のことは上手く対処されてしまう。
「こうなれば、レイスさんに何か仕掛けないと……!」
「いいねいいねー、ボクも協力するよー!」
乗り気なルリメスの同意を得て、レイスに対する陰謀が密かに進む。四人組に水を差されたが、まだ二人の熱は消えていない。それどころか、やる気は増すばかりだ。
その後ろでは、相も変わらずニコラがデイジーに抱き着いていた。ただ、その密着度は最初より上がっている。
「ごめんねデイジーちゃん、私がいながら!」
「気にしてないから別にいいわよ……それより、もう少し離れなさい……!」
「もう離さないからね、デイジーちゃん。えへへへ……」
身長差によってニコラに包み込まれるデイジー。この季節にそれだけ密着すれば、抱きつかれる方は窒息感と暑さでそれはもう酷いものだ。
しかし、シルヴィアとルリメスはレイスたちにちょっかいを出すのに夢中で助けてはくれない。
「ルリメスさん、こうなれば物理的にレイスさんと姉さんの距離を縮めましょう!」
「おっ、いいねー。方法はどうするー?」
「バレない程度の風魔法でレイスさんの身体を姉さんの方に押しましょう。姉さんならまず受け止められますから」
「ふむふむ、それじゃあ威力を調節してやってみよー!」
軽い調子でまさかの行動を起こそうとする二人。
ルリメスとシルヴィアは一切の躊躇なくレイスの身体に狙いを定め、慎重に魔力を練る。威力はそこまで必要ではなく、軽く身体を押す程度でいい。あとはバレなければ問題ないのだ。
二人は足並みを揃え、同時に魔法を発動。
熟練の魔導師による真剣な魔法操作により、遠方から風魔法がレイスへ直撃する。途端、謎の衝撃に見舞われたレイスの身体は体勢を崩した。
ちょうどラフィーの方へ倒れ込んだレイスは、受け止めようとしてくれた彼女の胸へと顔面からダイブする。
「おぉぉぉ、これは……っ!」
「わぁーお。レイ君大胆だねー!」
首謀者の二人は予想以上の結果に大興奮。
被害者であるレイスは今までにないほど顔を真っ赤にし、凄まじい速度でラフィーから離れた。ラフィーの顔も熟れたリンゴのような色をしているが、レイスは謝るのに必死で気づいていないだろう。
ラフィーもレイスの性格からしてわざとではないことを理解しているのか、あまり責めようとはしない。
「これですよこれ! やっぱりこういうことが起きないと……!」
「祭りって感じがするねー!」
人為的に引き起こしたことは忘れ、二人は目を輝かせる。なまじバレずにそれだけのことをできる腕前があるのが厄介なところだ。
レイス自身も魔法による操作を受けたとは知らず、何かに躓いて倒れた程度にしか思っていないだろう。技の使いどころが間違っている上に犯罪的としか言いようがない。
「今みたいな感じで、ちょくちょく手を出していきましょう」
「おー」
一度成功しているのにも関わらず、まだ手を出し続けるつもりである。何も知らないレイスにこれを止める術はない。
「おっ、次は輪投げでもするみたいですよ」
何とか普通の空気を取り戻したレイスとラフィーは、輪投げの屋台へ立ち寄る。魔法によって自動で動く標的に輪を命中させる遊びだ。商品も用意されているが、祭りの遊びなので大したものはない。
「よしっ、任せてくださいレイスさん。私たちが手伝います」
輪投げが開始されると、何故かレイスが投げるものだけは百発百中になる。時々変な軌道を描くこともあるが、本人に不正はない。……第三者による不正はあるが。
レイスは眉をひそめて自分の手を見つめている。流石に物理的に怪しい軌道を目にしてしまえば怪しみもする。
「やり過ぎるのも駄目ですね……」
シルヴィアが反省している間に、レイスたちは次の屋台へ。腕輪や指輪など、小物などが売られている中から、レイスは髪飾りを選択する。流石に二人とも慣れてきたのか、特に恥ずかしがることもない。笑顔で談笑し、何事もなく再び歩き出す。
「くー、もうそろそろあれくらいじゃ動揺しませんね……」
「もう無理そうだねー」
二人も諦めムードに突入し、肩を落として揃ってため息。
「……私たちも普通に祭りを楽しみますか」
「そうだねー」
こうして、レイスは何とか二人の魔の手から逃れることに成功したのだった。