87 『デート』
明日、MFブックスより3巻が発売されます。よろしくお願いします。
ラフィーとシルヴィアがレイスの店を訪れてからちょうど一週間。ラフィーとレイスの二人は約束通り、デートのために集まっていた。
ちなみにレイスの店は完全に仕事に慣れたローティアに任せられている。彼女は面倒そうな表情で嫌そうにしていたが、残念ながら断る権利はない。
そんなことよりも、レイスの意識は目の前の存在へと集中されていた。
ラフィーはいつもの鎧姿ではなく、ネイビーのロングスカートに白のレーストップを羽織った女性らしい服装になっていた。髪型もポニーテールへ変わっており、右手には黒のハンドバッグを持っている。
いつもは鎧に隠れて見えないラフィーの女性らしい部分が、少し強調されていた。慣れないラフィーの姿に、レイスは思わず言葉を失って見蕩れてしまう。
「その、あまり見ないでくれ……恥ずかしい」
「わ、悪い」
レイスは自分の頬が熱くなるのを感じながら、慌てて視線を逸らす。罪悪感が湧いてくるのは何故なのだろうか。そんなことを考えることで、どうにか心を落ち着ける。
ちなみに、今回の服装のコーデはシルヴィアが担当した。ラフィーは自分でやると言ったのだが、妹には聞き入れられなかったのだ。
「じゃあ、行くか」
「そうだな」
今回のデートはあくまでもデートをしたという事実を得るためのものだ。だからというわけではないが、特に行く場所などは決めていなかった。
こういうときは男性がリードすべきなのだろうが、生憎とレイスにデートスポットの知識など欠片も存在しない。そもそも王都自体もいつも行く場所は大体決まっているので、その他の場所についてはサッパリだ。
デートと意識すると何故か焦って言葉も出てこず、心臓が速まるばかりである。ただ、それはラフィーも同じで、歩き始めてからずっと頬をほんのりと赤くしていた。慣れない服装ということもあるのだろうが、何よりデートという言葉が過度な緊張を与えている。
不器用な二人、どちらも言葉を発することができず、何とも言えない空間が形成されていた。シルヴィアあたりがこの光景を見れば、こめかみを押さえてやれやれとため息をつくことだろう。
――ただ、そんな二人を見ているのはシルヴィアではない。レイスとラフィーが歩く少し後ろ。一定の距離を保って歩いているのは、金髪の男。夏だというのに口元まで隠れる服装で、更には眼鏡をつけている。
「ママー、あの人何やってるのー」
「見ちゃいけません」
不審者全開の格好だが、そこはかとなく溢れるイケメンっぽさによって何とか周囲の人間の通報からは免れていた。とはいえ、やっていることはただのストーカーなのでどちらにせよ不審者であることには変わりないのだが。
幸いにも緊張でそれどころではないレイスとラフィーの二人は背後のエリアルの存在には気づいておらず、相変わらず黙ったままロボットのように歩いていた。
「その、店が繁盛してるみたいで良かったな」
このまま一生気まずい沈黙の状態が続くかと思われたが、ラフィーからの言葉によって何とかその状況は打破される。話題さえあれば、会話は辛うじて繋げられる。
「知ってたのか?」
「冒険者をやっているなら勝手に耳に入ってくるぞ。レイスの店の商品は、魔物と戦う私たちにとっては重要なものだしな」
「なるほどな。やっぱり口コミで広がっていってるのか」
デイジーに相談したときに話に出てきた広まり方と同じだろう。多少の客さえ確保できれば、商品の規格外の性能を実感した客たちが勝手に広めてくれるというわけだ。
そうなると、レイスがわざわざ多額のお金を使って宣伝をしなくてもよくなる。それに、ローティアやミミの効果もやはり大きい。
特にミミは目に見えて客を集めるのに役立っていた。女性、男性問わず人気なのだ。まあ三つの尾を持った喋る狐なんて、何も知らなかったらレイスだって見てみたいと思う。
そうした色んな要素が重なって、あの客の集まり様になったわけだ。
「この勢いが続いてくれるといいんだけどな」
「ふふ、そうそう落ち着くことはないと思うぞ」
余程のことがない限り今の勢いは落ちないだろう。商品の性能はまず間違いなく王都でもトップだ。放っておかれるわけがない。だからこそ、今の状態を続かせるように努力しなければ。
そう考えると、出かける前に見たローティアの表情が思い浮かんでくる。
「あいつ、大丈夫かなぁ……」
「ん? 誰のことだ?」
「一週間前に店に来たときに会った、うちの店の従業員。今日は俺がいないからさ」
「ああ、彼女か。不思議な人だったな」
レイスから見てもローティアは不思議な人物だ。滅多に表情は変わらず、口数も少ない。しかし、表情に出ないだけで感情は豊富そうなのである。嫌なことをするときだけは如実に表情に出るが。
「どういう経緯で知り合ったんだ?」
「んー、俺とラフィーと似たような感じかな? 行き倒れてたところを助けた」
自主的な救助かどうかは微妙なところではあるが、助けた事実は変わらない。
「行き倒れてたのか……」
「有り金騙し取られてその日の宿さえ困ってたんだよ」
「確かに似ているな」
出会った当初のことを思い返し、ラフィーは苦笑。レイスもまるで今日あったことのように思い出せる。そうして出会ったときから今までのことなどを話していると、自然と緊張からは解放されていた。
心臓の速さもいつも通りで、周囲の状況を確認できる程度の余裕は取り戻す。
故に、気付く。
「サラマンダーのときは……って、どうしたんだ、ラフィー」
「……気づかれないように後ろを見てみろ」
「……?」
やけに小声でそう言ってくるものだからだから、レイスは言われた通り首を少しだけ動かして背後を確認。そして、ラフィーの言わんとすることを察した。
「なんかいるんだけど……」
「はぁ……相変わらずだな、エリアルは」
気付かれないと思っているのか、変装にもなっていない変装をしたエリアルが尾行している。レイスたちが進む度に律儀に建物や物陰に隠れ、ひっそりと顔だけを覗かせる。
しかし、思いっきり周囲の人間の目線が突き刺さっているのでむしろ目立っていた。びっくりするほど目立っていた。アレに気付かないほど緊張していたことを思うと、少し恥ずかしくなってくる。
「あいつ、本当にS級冒険者なのか……?」
「まあ、S級冒険者と言っても暗殺者でもないしな……実力は本物だ。それに――」
ラフィーが一度言葉を切ってチラリと後ろを見る。つられてレイスもバレないように後ろを確認した。
「ひっぐ……お母さん……」
「迷子か? ほら、泣くんじゃない、一緒にお母さんを探してやる」
そこには、隠していた口元を露わにし、眼鏡も外して泣いている迷子の少女に声をかけるエリアルの姿が。
「やだ、通報した方がいいんじゃ……」
一応善意からの行動をしているのに、周囲の人間からはヒソヒソとそんなことを囁かれてはいるが。
「見ての通りそこまで悪いやつでもない。ただ、面倒くさい」
「随分と分かりやすい説明だな……」
エリアルという人間の情報がすべて詰まった説明だった。レイスが空笑いを浮かべていると。
「ええい、俺は不審者ではない!」
後ろからそんな声が聞こえてくる。思わずそちらを見ると、衛兵に取り囲まれるエリアルの姿があった。誰かが通報したのだろう。
迷子を助けようとした結果なので少し可哀想とは思うが、関わりたくはない。
「……うん、行くか」
「そうだな……」
二人は振り返ることなく歩き出す。
「というか、あの調子だと諦めそうにないよなぁ」
「まあそうだろうな」
恐らくは今回もレイスとラフィーのデートの様子を観察して本当に付き合っているのかどうか判断しようとしていたのだろう。まあ何故か一人で失敗に終わっているが。
ただ、失敗に終わっているが故にこの観察がまだ続くのは想像に難くない。エリアルを手っ取り早く諦めさせるには、恋人だと言い張れる決定的な『何か』が必要になる。
例えば手を握るだとか――キス、だとか。
そこまで考えて、ラフィーの顔を見て思わず顔を赤くしてしまうレイス。
「どうした?」
「いや、何でもない」
これでも一応、レイスもお年頃の男なのだ。異性とのそういった触れ合いには多少なりとも興味はある。ただ、そんなことをラフィーに言うわけにもいかず、とりあえず一人で気を落ち着かせる。
「そうだ、なあレイス」
「ん?」
「王都で毎年開かれる祭りの話は知ってるだろ?」
「あぁ、竜車見に行ったときにシルヴィアが言ってたな」
毎年恒例の大規模な祭りがあるので一緒に行こう、と約束した覚えがあった。
「それなんだが、シルヴィアが私とお前の二人で行ってこいとうるさくてな……」
「……マジ?」
ただのデートでさえも最初は喋ることすらままならなかったのに、祭りの中を二人でデートというのはレイスには中々レベルが高い。
いや、屋台などで時間が潰せる分、もしかしたら楽なのかもしれないが。
こうなるように仕向けたシルヴィアが笑顔で応援してくる姿が目に見えてくるようだ。
「それで、どうする?」
「まあ確かに祭りなんて定番のデートイベントだもんな」
もしシルヴィアたちと一緒に祭りを回っていれば、エリアルの疑念は消えることはないだろう。そう考えると、シルヴィアの選択は正しい。……正しいのだが、感謝するかどうかはまた別の話だ。
「……俺はいいけど、ラフィーはどうなんだ?」
「私もレイスが構わないなら……」
どちらともハッキリとした言葉は使わない。ただ、口にはしないだけで状況的にはオーケーということだ。
「じゃあ、祭り……一緒に行こう」
「うん……」
二人は無事に祭りに行く約束を交わす。再び気まずい空間が訪れようとするが、ふとレイスがあることに気付いた。
「……というか、エリアル本人が捕まったらここからのデートの意味がないんじゃあ」
「確かに……」
特に恋人の振りを続ける必要性はない。
その後、肩の荷を下ろした二人は普通に休暇を満喫した。